第22話「救済の毒と、姉妹の思い出」
「やっほ~マリナ姉! な~にしてんの?」
上空から日傘を差して降りて来たのは、マリナの妹であるベラだ。
警戒するように鋭い視線を向けるマリナに、ベラは困ったように笑みを浮かべた。
「も~そんなに怖い顔しないでよ~。ちょっと見に来ただけだからさ」
マリナはふぅ、と1つため息をついて尋ねる。
「ベラ、まだこの辺にいましたのね。わたくしに何の用かしら?」
「だから怖いってばマリナ姉。……その人、仲間?」
その視線が未だ鋭いことに、ベラはまたしても苦笑する。
「……ええ。少し前までわたくしと旅をしていた勇者のファブリスさんですわ……って……。ベラの能力なら……い、いえ……でも……」
ベラに寄生虫を取り除く方法を相談しようとして、マリナは思い留まる。
「ん~? なぁに?」
キョトンとするベラの瞳は紅く輝いている。
「いえ……この人のことは放っておきなさい? わたくしがなんとかしますわ……」
マリナは毅然とした態度を取るが、ベラはニヤニヤと笑っていた。
「マリナ姉……この人を助けるために、あーしの毒使いたいんでしょ?」
ドクン、とマリナの心臓が大きく脈を打つ。
「そ、それは……」
図星を突かれて思わずどもってしまう。
ベラはクスクスと笑うと、こう告げたのだった。
「いいよ~? 毒使うね?」
そう言いながら日傘をクルクルと回してみせる。
「なぜ……? ベラ、なぜ兄弟姉妹の中であなたはわたくしたちを……助けようとするの?」
マリナがそう尋ねるとベラはニッと笑う。
「あーし、マリナ姉のこと好きだから。ずっと優しかったじゃん? だから、ね」
ベラはそう言うと、伸びているネイルを構える。
「じゃあ行くよ? マリナ姉……」
「……え…ええ、お、お願い……」
ベラはネイルに何かを塗ると、そのままファブリスの血管に爪を突き刺すのだった。
「毒っていっても相手を殺すためだけのものじゃないんだよね~! こうやって神経を侵食する毒なら、人間にとってほぼ無害な量でも……」
すると、先ほどまで苦しそうにしていたファブリスの顔色が落ち着きを取り戻していく。
そして……。
彼の口から寄生体と思われる小さな虫が、出てきた。
「宿主の体を居心地の悪い状態にしてやれば、寄生虫は新たな寄生先を探そうと、苦しくなって体外に飛び出す☆」
ベラは飛び出してきたその小さな虫を見下ろしている。
「えい!」
説明を終えた彼女は、ヒールの踵で虫を踏み潰した。
「これでもう大丈夫だよ~マリナ姉」
ベラはそう言うと、日傘をクルリと回してニコッと笑うのだった。
マリナも彼女の笑顔に、かつての妹としての彼女の姿思い浮かび、微笑むのだった。
「ありがとうベラ」
「ううん、気にしないで~。それより、アツいね~!」
彼女は日傘をクルクルと回しながら、手で顔を仰ぐ。
ファブリスは次第に普通の呼吸をするようになるのだった。
次第に落ち着いていくのを見て、マリナは安堵の吐息を漏らした。
「……よかった、本当に……」
視線を横に向けると、ベラは相変わらず日傘をくるくると回しながら、どこか飄々とした様子を崩さない。
ふと、マリナの脳裏に在りし日の光景がよみがえる。
「マリナねえ、みてみて! こうやってかさをまわすとね、もようがクルクルしてきれいなんだよ!」
「まぁほんとね。ベラの綺麗な髪とよく似合ってるわよ?」
「えへへ、マリナねえもやって見て!」
すると……。
「ねぇマリナ姉。覚えてる? 昔さ、城の庭園でよく一緒に遊んだじゃん。そん時にさ、よくマリナ姉に傘クルクル回して見せてたよね」
「……え?」
どうやらベラも、マリナと同じことを思い出していたようだ。
眩しい太陽の下、幼いベラがマリナを追いかけながら笑っていた光景。
「そう、ね……わたくしたち、あの頃は仲のいい姉妹でしたわね……」
マリナの口元にわずかな微笑が浮かぶ。それを見たベラもまた、少しだけ真剣な声音を混ぜた。
「だからさ、お世話になった姉を1回か2回助けるくらい普通でしょ。……お父様には内緒だけどね~☆」
そう言ってウインクしたベラの瞳は、どこか切なさを帯びていた。
彼女の本心がどこにあるのか、マリナには分からなかった。それでも今だけは、その笑顔が救いに思えた。
「ま、そこのお兄さんも、そんだけ呼吸が整えばもう大丈夫っしょ。マリナ姉、あーし帰るね~」
「え、ええ……。本当に助かりましたわ……ベラ」
マリナは素直に頭を下げた。
「本当にありがとう」」
マリナが礼を言うと、彼女はニカッと笑う。
「い~ってことよ! じゃあね~また遊びに来るから!」
ベラはそう言い残すと、上空へ飛び上がりそのままどこかへ飛んで行ったのだった。
「あ、待ってベラ! ……ふぅ……行ってしまったわ」
その背を見送りながら、マリナの瞳が揺れる。
(……やはり、あなたはただの敵とは思えませんわ)
マリナは安堵した様子でそう呟くと、地面に倒れていたファブリスの方を見る。
「マリナ様~! マリナ様ぁ~!」
宿にマリナがいなことを心配して、エマが探してやって来た。
「はぁ……はぁ……マリナ様ったらどこ探してもいないんですもの。心配したんですよ……?」
「ごめんなさいエマ。実は魔族の寄生虫に操られた勇者、ファブリスさんと出会って……」
マリナが事情を説明すると、エマは横たわっているファブリスに視線を向ける。
「ファブリスさん……やはりあの後も旅を……」
「ええ、彼は……勇者としての責任を感じているようでしたわ。エマ、運ぶの手伝ってくれる?」
「はい! もちろんです!」
エマはそう言うと、ファブリスを宿に運ぶのだった。
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