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第21話「操られし勇者 ~涙の剣、苦悩の戦い~」

 それから数日後のことだった。

 マリナは幼い1人の少女に、突如声を掛けられ、お兄ちゃんを助けて欲しいと頼まれる。

 エマは買い出しに行き、ルルは通信魔法で次のイベントのスタッフと打ち合わせをしているため、マリナ1人だった。

 小さい子供が大好きなマリナだが、彼女からは強い違和感を感じた。

 放置すれば町の人たちに危害が及びかねないほどの、邪気をその幼い少女から感じたからだ。

「あなたは……一体……?」

 マリナが尋ねると、少女は走り出す。

「こっちこっち! 早くお兄ちゃんを助けて!」

 罠だとわかっていたが、マリナは少女を追いかける。

 少女は町の外れの砂浜まで走っていくと、そこで立ち止まる。

「助けて……お兄ちゃんを……」

 少女が呟くと、彼女の後ろから見覚えのある男性が現れた。



「あなたは……ファブリス……さん……」

 それは、少しの間だがマリナとエマと共に、パーティーメンバーとして旅をしていた勇者ファブリスだった。

 彼は魔博士(まはくし)ベルフェゴールの実験で、増殖するネズミとの戦闘で命を落としかけたことで、マリナが旅を止めるようにと説得した相手だ。

「ファブリスさん、どうして……」

 マリナが尋ねると、ファブリスは答える。

「……お、お……俺は……マ、マリ……ナ……お前の……言う通り……だ……。俺は……弱……」

 ファブリスはまるで操り人形のような口調で、途切れ途切れに言葉を発する。

 その瞳には涙が浮かんでおり、表情は苦しそうだ。

 だが次の瞬間——。

「うあああああああああっ!! マ、マリナァ! お前を……お前を殺すッ!」

 突然ファブリスの表情が豹変し、マリナに向かって叫んだ。

 冷静に状況を見極めようとする彼女の目の前で、先ほどの少女の姿が掻き消えた。

 やはり幻影か何かだったらしい。

 それと同時にファブリスの背後から、見覚えのある黒いローブを身に纏った老人が姿を現した。


「ベルフェゴール……」

 マリナは魔博士ベルフェゴールを睨みつける。

「フフフ、ごきげんようマリナ」

 ベルフェゴールは彼女の視線を意に介さず、愉快そうに挨拶をしてみせる。

「……ファブリスさんを操ったのはあなたですわね? 一体彼に何を?」

 マリナが尋ねると、ベルフェゴールは笑みを浮かべる。

「少し体にいたずらしてやったのだ……魔族の寄生虫を埋め込んだのだよ! フハハハハハ!」

 不気味な笑い声が響き渡る。

「寄生虫……? ファブリスさんを実験に使ったということですわね?」

「いかにも! だが実験は失敗だ……。ファブリスの体で、新たな魔族が誕生することはなかった……」

 残念そうに首を振るベルフェゴール。

「コイツはもはや役立たず。ならばマリナよ……お前の戦闘データを少しでも取るために、意味のある死を与えてやろうと思ったのだよ」

 ベルフェゴールはそう言うと、ファブリスに命令を下す。

「さぁ役立たずの虫けらめ! せめて最後くらい役に立ってみせるのだ」

「……うあああっ!! マリナァ! こ、殺してや……るゥッ!!」

 ファブリスは目を血走らせながら剣を構えると、マリナに向かって突進してくる。

「この外道! ファブリスさんを元に……くっ! 目を覚ましなさいファブリスさん!」

 マリナはファブリスの攻撃を避けながら、彼を元に戻そうと説得を試みるが聞く耳を持たない。

「無駄だ……すでにコイツは魔族の寄生虫に操られている。ただの操り人形に過ぎん。さて、ワタシは研究室に戻って新しい実験に取り掛かるとしよう、フフフフフフ」

 ベルフェゴールは笑いながらそう告げると、転移魔法でその場から消えたのだった。


「待ちなさいっ! ……くっ……」

 ベルフェゴールに向けて手を翳すマリナだったが、ファブリスの剣が彼女に迫る。

「うう……! ああーっ!」

 唸りながら襲いかかってくるファブリスは、動きが徐々に洗練されていく。

(速い……)

 ファブリスの剣を躱しながら、尚も説得を試みるマリナ。

(倒してしまうのは難しくない……。でも彼を元に戻さなければ!)

 刃が頬をかすめ、髪が数本切り落とされる。


 このまま戦闘が長引けば、帝国軍の兵士たちが駆け付けるだろう。

 彼らはファブリスを止められるだろうか?

 いくら操られているとはいえ、もしも帝国軍の兵士を複数人殺傷したとなれば、ファブリスに待っているのは非常に重い刑だ。

 それだけは何としても避けなければならない。

 マリナがそんなことを考えている間も、ファブリスの攻撃は止まらない。

「マリナァ! マリナァ! お前……お前が……!」

 叫びながら襲いかかってくるファブリス。

「……して……殺して……くれ……」

「え?」

 ファブリスの声が震え、自分を殺すように言っている。

 そしてその瞳には再び、涙が浮かんでいる。

 やはり完全に自我を失ったわけではなさそうだ。


「もう……殺し……てくれ……」

 ファブリスの声が震え、涙で滲む瞳がマリナを見つめた。

「何を言っているんですの? わたくしに勇者殺害の汚名を着せたいのかしら」

 挑発めいた響きの奥に、マリナの静かな優しさがあった。

 操られながらもファブリスには、その声音で彼女の言いたいことがわかってしまった。

「マリナ……」

 一瞬だけ、瞳の奥に本来の彼の色が宿る。

 それは助けを乞う光ではなく、自分の弱さを突きつけられた男の苦渋だった。

 剣を振るう腕は震え、涙が頬を伝う。

「もう……い……やなんだ……。俺は……弱い……」

 嗚咽混じりの叫びと共に、なおも剣を振るうファブリス。

 その刃は鋭いはずなのに、僅かに震えているのをマリナは見逃さなかった。

(彼は……完全に自我を失ったわけではない。弱さを恥じ、苦しんでいる……。わたくしも同じ。だからこそ、救わなければ!)


「助けますわ。必ず」

 マリナは距離を取り、人差し指を突きつける。

「少しの間手足の動きを封じますわ。……きっと痛いから覚悟してくださいませ」

 マリナはそう言うと同時に、向かってくるファブリスの両手両足に向けて指先から衝撃波を放った。

 放たれた衝撃波がファブリスの両手両足に命中し、乾いた破裂音が砂浜に響いた。

「ぐああっ! あ、がっ……!」

 ファブリスは地面に崩れ落ち、のたうち回っている。

「ごめんなさい……。両手両足の骨を砕きましたわ」

「う、うう……あ……」

 マリナは苦悶の声を聞きながら、唇を噛みしめる。


 物理的に動きを封じたことで寄生虫が動かそうとしても、骨が砕けているために動かすことが出来ない。

「……これでしばらくは大丈夫だけど……。どうやって寄生虫を取り除けばいいのかしら……わたくしの衝撃波でしらみつぶしに体の内部を攻撃しつつ、エマに回復してもらって死なないようにする……? でもそれじゃあファブリスさんが死ぬよりも苦しい思いをしてしまう……」

 彼女の瞳には、戦士の決意と、一人の人間としての迷いが交錯していた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!

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