第19話「フォスター家の王女たち ~光と影~」
「こんな失態……お父様が知ったら……くっ……私たちは……」
アンは気を失っているチェルシーを見る。
その言葉に不穏なものを感じるルル。
2人の話では、マリナは国を追放されたとのことだった。グレイトバースという国は、どうやら身内にも相当容赦のない国のようだ。
「あなたたちもマリナちゃんも……みんなが仲良く幸せになれればいいのに……」
ルルは思わずつぶやいていた。
「……! 何をバカなことを……! 言ってん……のよっ!」
アンは怒りの形相でルルを睨むが、そこに先ほどまでの覇気はない。
ルルが彼女に歩み寄ろうとした時だった。
「あーーもう。マシューだけじゃなくて、あんたらもやられちゃったわけ~? しかもどこの馬の骨とも分からない子に一方的にさ~」
上空から声を掛けたのはマリナの妹であり、アンとチェルシーにとっては姉であるベラ・デルタ・フォスターだ。
「ベラ……お姉様……」
顔を上げてベラを見るアンの表情には焦り、恐怖のようなものが浮かんでいた。
「2人揃って前回はマリナ姉に、そして今回はそこの子に……。こんな短期間に2度も敗北したことを知ったら、お父様はどう思うかなぁ~?」
ベラはクスクスと笑いながらアンを見る。
「っ……!」
その言葉に、アンは俯いてしまう。
「……します」
だが頭を下げて、彼女は何かつぶやいた。
「んん? どしたのアン?」
ベラは聞こえないと言ったように、手を自分の耳にあてる。
「……お願いします……お願いします! 前回も今回も油断していました……。次は絶対に負けません! だからどうかもう一度だけチャンスをください! ベラお姉様!」
これまでの余裕が嘘のようなアン。
彼女は目に涙を浮かべ、何度も頭を下げる。
「へぇ~……ずいぶんと必死じゃない」
そんなアンを、ベラは興味深そうに見ている。そしてニヤリと笑う。
「でもごめん無理☆ きゃははは☆」
「え?……そ、そんな……!」
ベラの言葉に絶望の表情を浮かべるアン。
そんな2人のやり取りに割って入ろうとするルルだったが、エマが制止する。
「ルルちゃん、ダメです。ここはもう少し様子を見ましょう」
エマは真剣な表情でルルに言う。
「え……? エマちゃん……でも……」
ルルは妹たちに対して厳しい態度を取るベラに、思うところがあるのか戸惑ってしまう。
それにアンの怯えようも尋常ではないため、このままではアンとチェルシーが危険なのではないかとも思った。
まだ幼いであろう2人。
敵であるものの、そんな少女たちのことをルルは心の底から心配していたのだ。
「可愛い妹の頼みだから聞いてあげたいところだけどさ、それはあーしじゃなくてお父様が決めることだしぃ~」
絶望するアンに、ベラは事実を口にする。
自分に決定権はない、2人の処遇を決めるのは父である、と。
「お父様が2人をどう評価するかなんて、あーしにはわかんないよ。少なくとも失望はするだろうけどねー」
その言葉はアンの心を折るのに十分だった。
彼女の脳裏に父の厳しい声が響く。
『フォスター家に弱者はいらぬ。弱者は処断する』
アンは拳を握り、悔しそうに地面を叩く。
「嘘……嘘よ……。私たちは試練に成功した……! 失敗作なんかじゃないっ! 負けたのだって……」
しかし、そこから先の言葉が続かない。
そしてついに、彼女の心は完全に折れてしまった。
「うぅ……いや……いやだ……お父様に見捨てられたくない……」
子供のように泣きじゃくるアン。
そんな彼女を見てベラは慌てて降りてくると、困ったような表情を浮かべる。
「あ~……ちょっと厳しくしすぎたかなー。……ほらアン、泣いたってしょうがないでしょ? あーしたち姉妹は死にたくなきゃ強くならないと。今回のあんたたちとマシューの件は、あーしからもお父様に口をきいてあげるからさ」
そう言って手を翳して回復魔法を使い、アンが動ける程度まで治すベラ。
「ほら、動けるようになったっしょ? チェルシーと一緒に先帰って休んでなよ。あーしもすぐ帰るからさ~」
口調や態度こそ先ほどまでと同様に軽いものだが、その声色や表情はどこか優しげなものだった。
「ぐすっ……ありがとう……ございます……」
アンは涙を拭うと、チェルシーを抱きかかえてその場を後にする。
2人が去ったのを確認すると、ベラはルルたちの方に視線を向ける。
「……へぇ~、あんたがあの2人をね……。ビックリなんですけど」
彼女はルルを見て、意外そうに言う。
「あ、あの……ごめんなさい!」
ルルは頭を下げる。
「ん? 何が?」
と不思議そうにするベラに、ルルは続ける。
「ルルがもっと強ければ、あの2人を怪我させずに済みました。妹さんたちを傷つけて、ごめんなさい」
「え~? いや、別に謝られても困るっていうかさぁ……」
困惑するベラだが、すぐに笑いだす。
「きゃはは! なるほどなるほど~。ずいぶんと優しいんだね、あんた♪ でもあんたの理想、夢、こんな残酷な世界じゃ叶えるのは難しいと思うけどなぁ~。夢や希望なんて、この世界じゃ持っていても意味ないし」
そう語る彼女の瞳が一瞬だけ曇った気がするルル。
「ベラちゃん……だったよね? 2人は大丈夫なの……?」
そんなベラにルルは尋ねる。2人のことが気になっていたのだ。
「ん~? まあ大怪我ってわけでもないから、ほんの少し休めば元通りになるでしょ」
そう言って彼女は笑うが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「……でもお父様がどう判断するかなぁ~。うちのお父様、世界一厳しいからさぁ。そのへん、マリナ姉から聞いてないの? 仲間なら、知ってると思ったんだけど」
そのベラの言葉に答えたのは、ルルではなくエマだった。
「ルルちゃんは、つい先ほど仲間になったばかりなのです。彼女は、グレイトバースの厳しい制度を知りません」
そう言ってルルの後ろから姿を見せたエマに、手を振るベラ。
「お、エマっちじゃ~ん。おっひさ~☆ 元気してた?」
「お久しぶりです、ベラ様……」
エマはどこか気まずそうな表情だ。そんなエマを見てベラは笑う。
「あはは、別に怒ってないって~! むしろ感謝してるくらいだよ~。マリナ姉をあの国から連れ出してくれてさ。あのまま、あの国にいたらお父様はマリナ姉を処刑しただろうからね~」
ルルはもちろんだが、その反応はエマにとっても意外だったようだ。
ベラはフォスター家の中でも気さくでフレンドリーな方だが、それでも国を捨てた以上、他の兄弟たちと同様にマリナとその付き人であるエマのことを敵視していると思っていたからだ。
「あ! あんまり話してるとグレイ兄に説教されそうだし、そろそろ帰ろっかなぁっと☆久しぶりにマリナ姉にもエマっちにも会えたし! ルルちゃんだっけか? あんたの夢、叶わないと思うけどせいぜい頑張ってね~。ばいば~い☆」
そう言うと彼女は、ひらひらと手を振って立ち去って行った。
「ベラちゃん……」
ルルは去っていくベラの後ろ姿を黙って見つめていた。
(たしかに叶わない夢なのかもしれない……。それでもわたしは……!)
自らの胸に抱いた理想を強く想うルル。そんな彼女の手をエマは優しく握った。
「ルルちゃん、無事でよかった……」
「うん、エマちゃんもね……」
2人はやっと戦闘の緊張から解放されたのか、安堵の表情を浮かべる。
そしてチェルシーを抱きかかえているアンとベラが去って行った方向を見つめるのだった。
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