第15話「マシューの歪んだ愛」
その頃、アンとチェルシーは、エマとルルの前に立ち塞がっていた。
「アン、チェルシー!?」
エマは2人の姿を見つけると、足を止める。
「あら? お姉様の奴隷ごときがいつから私たちを呼び捨てにできるほど偉くなったのかしら?」
チェルシーは嫌味を言いながら、手に光弾を出現させる。
「エマちゃん、この子たちは?」
「……彼女たちもマリナ様の妹達です。マリナ様がいない時に出くわすなんて……」
ルルの質問に、エマが答える。
「お姉様は、きっと今頃マシューお兄様に捕まったところじゃないかしら?」
アンも手に光弾を集めながら、そう口にする。
「そうそう、マシューお兄様ってシスコンで、お姉様のこと好きすぎなんだよね~。ほんと、気持ち悪いくらいにさぁ」
チェルシーがそう言うと、アンとチェルシーは顔を見合わせクスクスと笑う。
「マリナ様——!!」
「マリナちゃん!!」
エマとルルは強い不安を胸に、マリナがいるであろう方向に向かって叫ぶ。
「人の心配してる場合?」
アンの言葉と共に、彼女とチェルシーの手から無数の光弾が2人に向かって放たれるのだった。
マリナは爆破能力なしで戦っていたが、能力を自在に操るマシューに苦戦を強いられていた。
(一瞬だけでも火を起こせれば……!)
そう考えたマリナだったが、マシューはその考えを見透かすかのようにニヤリと微笑む。
次の瞬間には大雨が降り出す。とてもではないが、火など起こせそうにないほどの豪雨だ。
「ボクの能力は、空気中の水蒸気を自在に操る。姉さんにはもう打つ手がないんだよ? さぁ諦めて、敗北を認めてよ」
マシューの言葉に、マリナは苦虫を嚙み潰したような表情をする。
「いい表情だね、マリナ姉さん。ボクは姉さんの笑顔が一番好きだけど、そういう顔も素敵だよ」
マシューは余裕の表情を浮かべ、マリナにそう声をかける。
「しばらく会わないうちに、気色の悪いことを言うようになったわね、マシュー。誰に教わったのやら」
マリナがキッと睨みつけながらそう言うと、マシューは両手を広げる。
「気色悪いだなんて傷つくなぁ。姉さんを思ってのことなのに。さぁ敗北を認めて国に戻って来なよ。無断で出奔だなんて、普通なら死刑が確定してるけど、ボクなら助けてあげられる」
マシューの甘言にマリナは鼻で笑う。
「お父様が許すと思っているなんて、まだまだお子様ですわね」
「もちろん、普通には許してもらえないだろうね。でもね、ボクにはある考えがあるんだ」
マシューはそう言うと、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、雨が一瞬で集まり凄まじい水流を形成しマリナの体にぶつかる。
「くっ……!!?」
水圧によるダメージと、呼吸ができないほどの水流に苦しむマリナ。
「かはっ! ゲホッゲホッ!!」
やがて水流が止まり、その場にうずくまるマリナ。
「すごいでしょう? こんなこともできるんだ。……さぁ姉さん、そろそろ強情張るのは勘弁してよ」
マシューはそう言いながら、ゆっくりとマリナに近づいてくる。
膝を着きながらも、マシューを睨みつけるマリナ。
マシューは彼女の前でしゃがむと顎をクイッと持ち上げる。
まだ少年と呼ぶべき年齢の弟に、そんなことをされ屈辱を感じるマリナだが、疲弊して言葉を発する気力もないようだ。
「さっきの話の続きだけどね、マリナ姉さん。姉さんが国に戻って来て助かる方法が1つあるよ」
マリナはまだ話せる余裕がなく、肩で息をしている。
そんな姉の様子を面白そうに眺めながら、マシューは続きを口にする。
「ボクと結婚するんだよ、マリナ姉さん」
「……え?」
マリナは一瞬聞き間違いかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「結婚するんだ、姉さんとボクで。"フォスター家に弱者はいらない"。これは代々フォスター家が守って来たこと。故にグレイトバースは、ずっと最強国家なんだよね。姉さんみたいに試練に失敗した弱者はすべからく国を追われるか、殺された……。でもね、家系図を見ると近親者と結婚し、子を残すことで生き残った者たちもいたようだよ?」
マシューは笑顔でそう言うと、マリナの頬を撫でる。
「ふ、ふざけないで! 誰が結婚なんかっ……」
反論しようとするマリナだが、呼吸を整えるのが精いっぱいで言葉が続かない。
「フフフ、あんなに優しくして凛としていたマリナ姉さんが、今じゃボクに手も足も出ないなんだ。ボクが助けてあげる。だからボクのモノになってよ、マリナ姉さん」
マシューは、執拗にマリナの頬を撫でる。
「あなたのモノなんかに……!」
マリナはマシューを睨むが、彼は全く気にした様子もない。
「可愛いなぁ、マリナ姉さん。ボクだけのモノになって欲しいよ」
「……っ! いや!!」
マリナが拒絶の言葉を口にした次の瞬間、マシューはマリナの頬を平手打ちする。
パァン!と乾いた音が辺りに響き渡る。
「……っ!」
「ボクの方が強いってこと、忘れないでよね?」
叩かれた頬を押さえ、言葉を失うマリナ。
何事もなかったかのように、彼女に再び微笑むマシュー。
「本当は辛くて悲しくて寂しかったんでしょ? だからお父様たちを見返してやろうと思った……。でももう楽になりなよ。ボクなら姉さんの身も心も潤してあげられる。ボクが姉さんを癒し、支えてあげるから」
「……いつから? いつからわたくしにそんな感情を?」
マリナがそう問いかけると、マシューは首をかしげる。
「いつから? んー……物心ついた時からかな? ボクは姉さんにずっと憧れてた。強くて優しくて、ボクの大好きな姉さんに」
「……」
マシューは、過去を懐かしむような表情を浮かべる。
「でももう我慢の限界だよ。ボクだけのものになってよ、マリナ姉さん」
マシューはそう言いながら、マリナの頬を撫でている手を動かしていく。
頬から首に……首から肩に……肩から鎖骨に……。
ゾワッと鳥肌が立つが、体に力が入らない。
「やっ……! や、やめてっ!!」
「フフフ、姉さんのそんなに可愛い声を聞いたのは初めてだよ。もっと聞かせて?」
マシューはマリナの耳元でそう囁く。
「マ、マシュー、や、やめなさいっ!! お願いだからっ!」
「あぁ、ずっと夢に見ていたんだ。姉さんをボクのものにできる日を。やっぱり姉さんはボクと結ばれる運命なんだよ」
マシューのその言葉に、背筋に冷たいものを感じるマリナ。
(なんとかしないと……!)
「あぁ……いい匂いがするよマリナ姉さん」
マリナが何か打開策を考えようにも、マシューの吐息に心を乱される。
「結婚するまで我慢するつもりだったけど……。姉さんのこともっと知りたくなっちゃった……。見せてよ、姉さんの全てを」
「え?」
マシューはそう言うと、マリナの服に手を伸ばす。
その瞬間マリナはキッと睨みつけながらマシューの手を払いのけようとするが、その手を抑えられ、逆に再び顔に平手打ちを喰らってしまう。
パァン!!と乾いた音が響き渡る。
「ボクの言うことを聞きなよ、姉さん。……ボクたちは結ばれる運命なんだよ。……さぁ、ボクに見せて」
マシューはゆっくりとマリナに唇を近づけていく。
「姉さんはボクだけのモノだ」
瞳を閉じキスをしようと迫るマシュー。だが……。
「……まったく、まるでケダモノですわね」
いつも通りの凛としたマリナの声に目を開けるマシューだったが、次の瞬間には衝撃波を受けて後方に吹き飛ばされていた。
「くっ、油断したよ。さすがは姉さん。……だけど!! "大雨流"!!」
一瞬で大雨が降り、再び凄まじい水流を形成してマリナに襲い掛かる。
水流がマリナに直撃し、マシューは不敵な笑みを浮かべていた。
しかし、よく見ると水流はマリナの周りを避けるようにして流れていく。
「ど、どういう……!?」
マシューが驚くのも束の間、マリナは全身からこれまでよりも強い威力の衝撃波を放出する。
衝撃が放たれ、水も雨も周りの木々も全てを弾き飛ばしていく。
「マシュー。目を閉じるだなんて油断しましたわね」
マリナの言葉を受けながら、なんとか吹き飛ばされないように自らの体に水流を纏って耐えるマシュー。
「わたくしの本来の能力は衝撃。爆破は衝撃の能力を磨き上げ、炎能力と組み合わせたもの。わたくしの最も得意で好みとする戦法ではありますが、あくまでも応用技ですわ」
「……くっ、ボクの能力は姉さんに対して有利だと思ったんだけどな……」
マシューは、笑顔を崩して初めて悔しそうな表情を浮かべる。
「ごめんね、マシュー。これで終わりですわ。あなたの水、利用させていただきますわね?」
マリナの言葉にマシューが眉をひそめた、次の瞬間。
マリナは衝撃波で雨を撥ね退け、自分とマシューの間に雨が入り込まない空間を作り、その僅かな時間で手から火球を放った。
火球はまっすぐに、マシューの元へと飛んで来る。
そしてマシューが纏っている水にぶつかると同時に、高温の火球によって水が一気に蒸発し水蒸気爆発を引き起こした。
「ぐあぁぁぁ!!」
水蒸気爆発がマシューを襲い、彼は全身に火傷を負いながら吹き飛ばされていく。
左腕が吹き飛び、口からは血を吐いているがマシューはまだ息をしているようだ。
マシューが倒れると共に雨が止んでいく。
「あぁ、マシュー……」
マリナは身を守るためとはいえ、弟を傷つけたことに心を痛めていた。
マシューはなんとか立ち上がるも、すでに戦う力は残っていないようだった。
「姉さん……強いね、やっぱり。フフ……姉さんは失敗作じゃない……。ボクは姉さんを連れ戻す……。ボクは諦めないからね?」
マシューは苦笑いすると、そのまま意識を失うのだった。
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