第14話「姉弟の遊び マシューの能力」
エマたちが去ったほんの少し後、マシューがやって来る。
「マリナ姉さん。ようやくボクと遊んでくれる気になったの? 嬉しいなぁ」
マシューは柔和な笑みを浮かべ、マリナに問う。
「あなたは幼い頃、そんなに遊ぶのが好きではなかったと思うのだけど?」
マリナの言葉にマシューは肩をすくめる。
「やっぱりそう思われてたんだね。ボクにとってはマリナ姉さんと遊ぶ時間が、何よりも楽しかったんだよ」
マシューは笑顔のまま、マリナにゆっくりと歩み寄っていく。
「だからね、姉さんが突然いなくなって……。ボクは本当にショックだったんだ。でも今は違う。ボクはもう姉さんよりも強い。ボクの方が姉さんより強いんだ」
マシューはマリナのすぐ目の前までやって来ると、笑顔のまま彼女に左手を伸ばす。
「あきらめて降参しなよ、姉さん。そうしたら無駄に痛めつけなくて済むからさ」
マシューは相変わらず笑っているが、その目は笑っていない。
「お断りしますわ、マシュー。確かにわたくしは試練に失敗した。……だけど、必ず証明してみせる。わたくしこそがフォスター家で最強の存在だということを」
マシューは手を引っ込めると、はぁとため息を漏らす。
そして困ったような顔をして、マリナに視線を戻す。
「マリナ姉さんは戦闘力では試練に失敗したけど、頭は悪くないはずでしょ? 本当はわかってるんじゃないの、自分はフォスター家の中で一番弱いんだって……」
「お黙りなさい! そんなの認めない、認めるものですか!」
マシューの言葉を受け、マリナは怒りで肩を震わせながら叫ぶ。
「早く認めた方がいいと思うよ、お姉様♪」
「そうそう、失敗作のお・ね・え・さ・ま♪」
背後からその言葉が聞こえると同時に、マリナとマシューはその場から飛び退く。
直後、無数の光弾が2人のいた場所を通り過ぎる。
(まずいですわね……。マシューに加えて、この2人を同時に相手しないといけないだなんて……)
マリナの視線の先には、アンとチェルシーの姿があった。
マリナが分身体を爆発させて負わせた先日の傷は、綺麗さっぱり治っている。
「アン、チェルシー……。傷の方はもういいんですの?」
挑発するようにマリナが問うと、2人の顔から笑顔が消え去った。
「ええ、おかげさまで」
アンは冷たい声でそう答え、チェルシーも頷く。
「この間はよくもやってくれたよね、お姉様」
2人とも無表情だが、そうとう怒っているようだ。
「アン、チェルシー……お前たちは1回負けたんだから、次はボクの番だ。引っ込んでなよ」
マシューが2人にそう言うと、アンは怒りをあらわにする。
「何ですって!? 私たちはお父様の命令で来ているの。お兄様こそ、勝手な真似しないでくれる?」
アンに続き、チェルシーもマシューに食って掛かる。
「そうよそうよ! それに私たちは負けてない! ちょっと遊びすぎちゃっただけよ!」
2人の言葉を受け、マシューが首を横に振る。
「フォスター家の家訓を忘れたのかな? "年上の兄弟の言うことには基本的に従うこと"」
アンとチェルシーは続けて文句を言おうとしていたようだが、その言葉を受けて言い淀む。
そう、フォスター家では、2人にとって兄であるマシューの判断の方が優先されるのだ。
「くっ……」
「…………」
押し黙る2人を少しの間、にらみつけていたマシューだったが、笑顔に戻ると彼女たちに告げる。
「じゃあマリナ姉さんの相手はボクに任せて、どこかに行っててよ。気が散るからさ」
2人はマリナとマシューを交互に見た後、チェルシーが口を開く。
「なによなによなによッ! 偉そうにぃ!!」
地団太を踏むチェルシーの肩に手を乗せ、首を横に振るアン。
「チェルシー、落ち着いて。……じゃあ、ここはお兄様に任せるわ。調子に乗って無様にやられないよう気を付けてね、マシューお兄様?」
そう言うと2人は、すぐにその場から消えるように姿を消した。
「さぁ、邪魔者はいなくなったよ、姉さん」
「それで? "お兄様"の方はどうなさいますの?」
マリナが挑発的な態度で言うと、マシューも口元に笑みを浮かべる。
「やっと2人きりだ。……じゃあさっそく遊ぼうよ……姉さん♪」
2人は互いに睨み合ったまま、動かないでいる。
一方、その頃。
「マリナちゃん1人で大丈夫かな?」
マリナの指示で、避難場所の町に向かって走っているルルは心配そうにつぶやく。
「マリナ様はお強いお方です。……心配ですが、マリナ様はエマに嘘をついたことはないから」
エマはルルを安心させるように、落ち着いた口調でそう答えた。
マリナが無事に帰ってくることを信じて、2人は町に向かって走り続けるのだった。
マシューに半ば強制的に追い返されたアンとチェルシー。
2人は空中を飛び、自分たちの戦艦に戻ろうとしているところだったが、チェルシーはどうにも腹の虫が収まらないようだ。
「あぁ、もうムカつくムカつく~!! お姉様もお兄様も全員ムカつく~!! イライラするぅ~!!」
「ちょっとチェルシー! うるさいから静かにしてよ」
アンがいさめるのも聞かず、チェルシーは喚き散らしている。
ふと空中から、走って逃げるマルクの街の住民たちが目についたチェルシー。
「なんでもいいから憂さ晴らしにあいつらをぶっ殺そう!」
チェルシーはそう言うと、逃げている人々に向かって手から光弾を放とうとするが、その手をアンに掴まれる。
「ダメよチェルシー。勝手なことをしたら、あとでお父様に怒られるわ」
「あ~もう、わかったわよ! ……って、あれ? あそこにいるのって、お姉様の奴隷じゃない?」
不服そうにしていたチェルシーだったが、逃げ惑う人々とは別に2人の人影を見つける。
それは避難場所へと向かっているエマとルルであった。
「あら、本当だわ。もう1人の方は知らないけど、あいつは間違いなくお姉様の奴隷ね。……ちょうどいいじゃない。お姉様の代わりにあいつらで遊びましょうよ」
「それって最高だよ、アン。最高に遊びがいがありそう! アハハ!」
2人は悪だくみをする子供のように顔を見合わせると、逃げる人々をスルーしてエマとルルの方へ飛んでいくのだった。
一方その頃。マリナとマシューはにらみ合ったままだが、互いに動きだす様子はなかった。
(マシューの能力は、"霧"。広範囲に霧を放って視界を悪くし、相手の隙を突く戦い方を得意としている……。迂闊に近づいて見失うのは、避けたいところですわね)
マリナがそう考えていると、フッと笑うマシュー。
「姉さんのことだからいろいろと考えているんだろうね。でも無駄だよ。ボクはもう、あの頃のボクとは違う。姉さんに勝つのはボクなんだ」
マシューがそう宣言した直後、彼の身体から霧が放出された。
その量は凄まじく、辺り一帯を瞬く間に包み込んでしまう。
(一瞬でこの量の霧を!?)
マリナは驚愕する。以前のマシューとは比較にならないほど、大量の霧が発生しているのだから当然だろう。
「さぁ、どう出る? 姉さん」
マシューの声が近くと遠くの両方から聞こえて来る。さらには四方八方から聞こえるため、どこから攻撃が飛んでくるのか見当がつかない。
「……随分と成長したのね、マシュー」
マリナがそう呟くと同時に、霧の中から光弾が飛んでくる。
とっさに爆発能力で相殺するマリナだが、間髪入れずに次の攻撃が飛んで来るため防戦一方である。
「戻って来なよ、マリナ姉さん。ボクがお父様に頼んであげるからさ」
光弾を相殺し続けるマリナに、マシューはそう声をかける。
「フッ、そんなのお断りですわ。……霧の散布量も、散布スピードも以前とは段違い。けど、所詮は霧。わたくしの爆破で全て吹き飛ばして差し上げますわ!」
マリナはそう言うと、両手から爆発を巻き起こし、自身を中心とした周りの全てを吹き飛ばす。
爆風と共に霧が晴れ、マシューの姿が露になる。
「さすがだね、マリナ姉さん。ボクに対する戦法は織り込み済みってことかな」
「ええ。何度こうやって遊んであげたと思ってますの?」
マリナはそう答え、両手を前にかざす。
「殺しはしない……。ただ、少し足止めさせてもらいますわね」
マリナの両手が赤く光る。
そしてその直後、マリナの両手から爆発が巻き起こる……はずだったのだが、黒い煙が立ち上るばかりである。
(これは……!?)
何度も爆破攻撃を放とうとするも、何故か発動することができない。
マリナは目を見開く。こんなことは、彼女自身初めてのことである。
(一体どういうことですの!?)
困惑するマリナは何度も能力を発動しようとするが、やはり一向に発動する気配がない。
そんな様子を見ていたマシューは、クスッと笑う。
「姉さんはもう爆破能力を使えないよ。だって、ボクが使えなくしたからね」
「なんですって……!?」
マリナはマシューの言葉に驚愕する。
「姉さんに教えてあげるよ、ボクの本当の能力。ボクはね、霧を操るんじゃなくて、水分を操ることができるんだ」
マシューが説明をするも、マリナは理解しきれていないようだ。
「ま、いきなりそんなことを言われてもわからないか。つまり、空気中の水分量なんかも操れるんだ。霧は能力の1つに過ぎない……。姉さんはまんまとボクの罠にかかったってことだよ」
「くっ……」
マリナは悔しそうに歯噛みする。
「そう……つまり姉さんが爆破を試みる瞬間に、ボク能力で不発にさせることができるんだよ。爆発は湿気に弱いからね。これがどういうことか、姉さんならわかるよね?つまり、姉さんは最も得意とする能力なしで戦わなきゃいけない」
マシューの指摘は的確で、マリナは言い返すことができない。
「アンとチェルシーの劣化版みたいな光弾、それと格闘術、剣術だけで、能力が強化されたボクに勝てると思う?」
マシューは笑顔で両手を広げ、マリナを挑発する。
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