第13話「開戦 新たなる刺客」
「それじゃあ、ルルとワカヤ・ウシカタとの関係、そしてわたくしたちについて、話し合いますわよ。これから共に行動する者同士、隠し事は無しですわ」
ルルが仲間になったことで、今持っている情報を全て交換しようということになったのだ。だが、まさにその瞬間——。
町全体に大きな鐘が鳴り響く。その激しい鳴らし方から、明らかに緊急事態を告げるものだ。
「な、なんでしょう!? この鐘の音!?」
あわてて窓の外を覗くエマ。マリナとルルも一緒に覗き込む。3人は一瞬言葉を失った……。
宿の窓から見える水平線の向こうから、頭部だけでも小さな山ほどもある、巨大な蛇のような生物が町に向かってきているのだ。
「シーサーペント……にしては大きすぎますわね」
マリナの言葉に、2人も頷く。あれだけの大きさとなると、緊急の鐘を鳴らすのも当然のことだろう。だが、ここは帝国の本拠地であるアルセィーマ地方。
いくら首都から遠く離れた港町といえども、周囲の帝国軍が迅速に対応するだろう。
そう考えていたマリナたちだったが、帝国軍は反響魔法を使用して町人たちに、今すぐ内陸部の方へと避難するようにと伝える。帝国軍の兵士が海岸備え付けの大砲や魔法で攻撃しているものの、巨大な生物には全くといっていいほど効いていないように見える。
どうやらこの町にある帝国軍の戦力だけでは、撃退することはおろか、町を守りながら戦うことすら難しいようだ。次第に巨大な生物は、町へと近づいて来る。町の人々は恐怖に駆られ、いよいよ避難を始める。
「さぁ、わたくしたちも避難しますわよ!」
マリナは窓から離れると、2人に呼びかける。
「え? で、でも帝国軍の人たちと一緒に戦った方が……。ルルたちだって戦えるよ?」
ルルは帝国軍に加勢すべきだと考えたようだが、マリナは首を横に振る。
「まだきちんと話しておりませんが、わたくしたちはこの地であまり目立つ訳にはいかないんですの」
「そ、それは……。そうなのかもしれないけど……」
マリナの言葉を聞き、窓の外に視線を戻すルル。帝国軍の兵士たちが懸命に攻撃を続けている。その強大な敵と、それに立ち向かおうとしている帝国軍の兵士たち。そんな光景を見てはいてもたってもいられないのだろう。
加勢したいという思いがマリナにもないわけではない。しかし、あれだけ大きな敵との戦いではあまりに目立ちすぎる。帝国軍の前で目立つのも問題だが、近くで待ち伏せしており、こちらに対する攻撃の機会を窺っているであろう、アンとチェルシーに見つかる方が厄介だ。
「ルルちゃん。気持ちはわかるけど、ここは逃げましょう。あなたの旅の目的は、ワカヤ・ウシカタを見つけることなんでしょ?」
エマがルルの肩に手を当てて諭すように言う。
「……うん」
ルルは小さくうなずいたものの、窓の外で戦う兵士たちを見つめ続けるのだった。そんな彼女の心中は察するに余りある。
と、その時だった。
あとわずかで町に上陸しようとしていた巨大な生物に、複数の砲弾が放たれる。それは港からの攻撃ではなく、海上から放たれたものだった。
砲弾が発射された方角を見てみると、複数の大きな船が近づいて来ている。どうやら、帝国軍の艦隊が援軍に駆け付けたようだ。船から放たれた砲弾の威力は、港に設置されたものよりも強力だったようで、巨大な生物も体勢を崩し、うめき声を上げている。
そしてすぐに反響魔法で、町中に声が響き渡る。
「遅くなって済まない。市民のみなさんは、兵士の指示に従って一時避難を。大丈夫……。皆さんの大事なこの町は、必ず守り抜く。このワシ、ルーガ・ピウス率いる帝国軍海兵隊第一部隊が来たからには、もう安心だ!」
その声に町の人たち、そして帝国兵士たちからも大きな歓声が上がる。
「話しているのは帝国軍海兵隊第一部隊の隊長? ビブルスさんが第二部隊の副隊長でしたわね……。ということは……」
マリナの言葉にエマが頷く。
「ええ、海兵隊のトップが自ら指揮を執っているみたいですね」
留まることのない大歓声。いかに彼が慕われているのかがよくわかる。
「さ、あの方の言う通り、ここは彼らに任せて避難しますわよ?」
先ほどのルーガの声を聞いて、ルルも彼らなら大丈夫だと感じていた。
「うん! 行こう!」
こうして3人は宿を出る。
町中で帝国軍の兵士たちが、避難誘導や逃げ遅れた人がいないかの確認を行っている。
「そこの3名のお嬢さんたち! こちらです! 誘導に従って避難してください!」
帝国軍兵士の1人が3人を避難誘導する。
「この道をまっすぐ進んでください。すぐに他の避難者たちに追い付けるはずです」
「わかりましたわ、親切にありがとう」
3人は彼の言う通り、その道を進み木々が生い茂る場所までたどり着いた。
歩き続ける3人だったが……。
マリナが強力な気配を感じると同時に、3人がいた場所に光弾の雨が降り注ぐ。
間一髪でエマとルルの腕を掴んだマリナが高速移動していたため、3人とも無傷であった。
「……な、なに? どうしの?」
ルルが突然のことに驚きながらそう漏らす。
「アンとチェルシーに見つかった!?」
エマが上空を見て叫ぶが、マリナの頭の中には彼女の想像とは別の人物が浮かんでいた。
「この気配……そんな……。……まさか、マシュー?」
マリナがそう呟くと、近くの木の上から拍手が聞こえてきた。
「ご名答……。さすがマリナ姉さん。素晴らしい直観だね」
木の上にいたのは美しい顔立ちの少年だった。
マリナは少年としばらくの間、視線をぶつけ合っていた。が、マリナの方が先に口を開いた。
「お父様は、アンとチェルシーだけじゃ荷が重いと思って、あなたまで送って来たのかしら?」
マリナの言葉に、少年は笑顔のまま首を横に振る。
「違うよ。別にお父様の命令じゃない。ボクが、久しぶりにマリナ姉さんに会いたかっただけだよ」
少年は嘘偽りの無さそうな、屈託の無い笑みを浮かべてマリナを見つめている。一方のマリナの表情は一切変わることなく、鋭い視線を少年に向け続けていた。
「マリナ姉さんって……もしかして……?」
ルルが疑問を口にすると、エマがそれに答える。
「ええ。あの少年の名前は、マシュー・フォスター。最強国家グレイトバースを牛耳るフォスター家の王子であり、マリナ様の弟君なの」
「えぇ!? あ、あの少年がマリナちゃんの!?」
ルルはマシューとマリナを交互に見比べる。確かに顔立ちや雰囲気はよく似ており、2人とも息を呑むほどの美貌を持っている。だがマリナと異なり、少年の瞳には冷徹なものが宿っているように見えた。
「ねぇ、マリナ姉さん。久しぶりにボクと遊んでよ」
そう言ってマシューはマリナに左手を差し出す。
「あなたの遊びに付き合っている暇はありませんわ、マシュー。わたくしも忙しいんですの…… "インパクト"!」
マリナは手から衝撃波を放つと同時に、ルルの手を引いてその場から凄まじいスピードで移動する。エマも少し遅れてではあるが、素早いスピードでマリナたちの後を追う。
(逃げ切ることは不可能……。でもせめて、もう少し開けた場所まで移動して時間稼がないと……。ルルを巻き込んでしまいますわ)
そう考えたマリナは、エマとルルを両脇に抱えた。
「え!? マリナちゃん、何してるの!?」
ルルが驚きの声をあげる。そんな彼女にマリナは笑顔を向けた。
「ご安心を。2人ともしっかり掴まっていてくださいませ」
爆発能力を利用して一気にスピードをあげ、マシューが簡単には追って来られない場所まで移動した。
「ふぅ……。ここまで来れば一旦は安心ですわ。ルル、まだちゃんと説明もしていないうちに、あなたを巻き込んでしまいましたわね……」
マリナが疲れた様子でルルに謝罪する。だが彼女は首を横に振った。
「もう仲間なんだから、気にしないで? ……ルルの方こそ、突然のことにビックリしちゃって……。何もできなくて、ごめんね……」
そして、彼女はマリナとエマの手を取り、ギュッと握った。
「マリナちゃん、エマちゃん! 色々聞きたいことはあるけど……。でも今はとにかく逃げよう!」
ルルの言葉に頷くエマ。しかし、マリナは立ち上がると2人に背を向けた。
「わたくしはここでマシューを迎え撃ちますわ。2人は先に近くの町に避難を」
エマはその言葉を聞き、辛そうな表情をして俯く。
一方のルルは、マリナの予想外の言葉に、思わず彼女の服を掴む。
「ダ、ダメだよ! マシューって子は……マリナちゃんの弟なんでしょ!? マリナちゃんは弟と戦うつもりなの!?」
ルルの言葉を受けて、マリナは真剣な眼差しを向ける。
「ルルが驚くのも無理はありませんわね。でもそうしないと、わたくしたちが殺されるだけ……。フォスター家は、わたくしの抹殺を最優先に命令されておりますの。例え、それが兄弟姉妹であっても容赦は一切してこない」
「マリナちゃん……」
ルルは、マリナの服から手を離す。
「エマ、後のことはお願いできますわね。ルルを頼みましたわよ?」
エマは小さくお辞儀をして、
「かしこまりました。マリナ様のお邪魔はいたしません。どうかご無事で……」
とだけ告げ、ルルと共に走り去っていった。
マリナはその背中を見送った後、マシューがやって来るのを待つのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。