第12話「日頃の感謝と新たな仲間と」
翌日、待ち合わせ場所にエマの使い魔の1体である猫を待機させて待っていたが、ルルは現れなかった。
「今日はダメ、か……。まぁ、数日は様子を見た方がいいかもしれませんわね」
とマリナは言いながら、部屋のテーブルに皿を並べてディナーの準備を始める。
「さ、エマ。ゆっくりお風呂に入って来なさい?今日はわたくしがディナーを振る舞いますわ♪」
「え!? そんな~……。マリナ様にそんなお手間を……」
恐縮するエマだったが、マリナは首を横に振る。
「いいの。わたくしが休んで欲しいのだから」
とエマの肩に手を置き、肩の凝りをほぐすように優しくもみほぐす。
「エマ、一緒にいてくれてありがとう」
エマはマリナのその言葉に、思わず涙ぐみそうになりながらも、笑顔で返事をした。
「マリナ様……ありがとうございます!!それではお言葉に甘えて、お風呂に行ってきますね!」
ルンルン気分で浴室へと向かうエマ。エマの後ろ姿を微笑ましそうに見ていたマリナは、ディナーの準備を再開する。
マリナがディナーを作り終えて30分ほど経った頃、エマは浴室から出て来る。
「マリナ様~!!お先でした~♪」
湯気を立ち上らせながら上機嫌で部屋に入ってくるエマだったが、テーブルの上に料理が並んでいるのを見て一瞬固まる。
「……え?」
テーブルには食器とカトラリーが綺麗に並べられている。
「あら、エマ。そんなところに突っ立っていないで、座りなさいな?」
マリナは微笑みながら言うと、椅子を引いてエマに座るように促す。
「あ、あの……。これは……?」
「いいからいいから。今日は、エマの好きなシーフードのグラタンにお豆のスープ、アップルパイですわ」
エマが恐る恐る椅子に腰掛けると、マリナはニコリと微笑み、椅子の背もたれの後ろに立つ。
「あ、あの……マリナ様……? ……今日って何かの記念日でしたっけ?」
戸惑うようにマリナを見上げるエマ。そんな彼女の頭を優しく撫でるとマリナは言う。
「別にそうじゃないですわ。でも今日はなんだかエマにゆっくりして欲しかったの」
エマは、マリナが作ってくれた料理を口に運ぶ。
一口食べた瞬間、彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
「美味しい……。とっても美味しいです、マリナ様……!」
エマが涙をこぼしながらも幸せそうに料理を食べているのを見ながら、微笑むマリナ。
「そんなに急いで食べなくても料理は逃げませんわよ」
数十分後、エマは料理を食べ終え、満足感に浸っていた。
「ごちそうさまでした! マリナ様! お料理とっても美味しかったです!!」
満面の笑顔で言うエマ。マリナは優しい笑顔のまま見つめると椅子から立ち上がり、彼女の後ろに立つ。そして……。
「……っ!?」
突然背後から優しく抱きしめられたエマは、思わず息を飲む。
「え? あ、あの……マリナ様……?」
「エマ、一緒にいてくれてありがとう」
とマリナは、さらに強く彼女を抱きしめるのだった。
翌日、マリナは朝日が昇ってきた外の景色を見ながら呟く。
「さて、今日は待ち合わせ場所に来てくれるといいんですけど……」
「そうですね。……あぁ、それにしても昨日のマリナ様の料理と優しい心配り……。エマは幸せでした……」
とエマはうっとりとした表情で、昨日のことを振り返る。
「もう、大げさですわ。でも、定期的にああいう日を設けましょうね」
そんなエマに苦笑しながらも、マリナは身だしなみを整える。
昨日同様に、偵察としてエマの使い魔を待ち合わせ場所に向かわせる。
指定した時間が近づいても一向に来る気配がなく、マリナたちが半ば諦めかけていたその時だった。
2人の耳に使い魔を通して、足音と声が聞こえてきた。
「あ、あの~? 握手会で指定してもらった待ち合わせ場所ってここですよね? あの~?」
間違いない、ルルの声だ。マリナとエマは顔を見合わせる。エマはマリナの手を取ると、
「指定座標へ誘え、"ファステーション"」
と小さく唱える。
すると次元に吸い込まれるように、宿から2人の姿が消え、待ち合わせ場所である町中の小さな廃屋へと一瞬で転移する。
エマの使い魔を座標にし、彼女が転移魔法を使用したのだ。
「うわぁ~っ!! びっくりしたぁ~!」
突然パッと現れたマリナとエマを見て、ルルは驚きの声を上げる。
「お待たせした上に、驚かせてしまってごめんなさいね。あらためまして、わたくしがマリナ、そしてこちらがエマですわ」
マリナの自己紹介に続けてルルも挨拶を返す。
「マリナさん、エマさん! 一昨日は、ルルのイベントに来てくれてありがとう!もっと2人のことも聞きたいけど、まずは情報交換が先だよね」
ルルがそう言って、握手を求める。マリナとエマもそれに応えると、彼女は話を始めた。
「牛方若矢……。マリナさんたちは、彼についてどこまで知っているの?」
ルルの言葉に、2人は顔を見合わせる。
「わたくしたちは、ワカヤと旅をしていたという勇者ファブリス一行と行動を共にしていたことがありますわ」
「勇者ファブリスと会ったことがあるなんて! で、でも……。噂によると牛方若矢は、ファブリスさんたちと船で移動している時に……」
話の途中で言葉に詰まるルル。
彼女の代わりにマリナが続けた。
「謎の赤い光が降り注いで、最後には物凄い爆発が起きた。そしてワカヤは行方不明になった」
ルルはゆっくりとうなずく。
「私とマリナ様は実際に近くの港でその様子を目撃しています。いえ、目撃というにはあまりに凄まじいものでした……」
エマの言葉に驚いたように、目を見開くルル。
噂になっている隕石落下事件の現場近くに、目の前にいる2人が居合わせていたとは想像もできなかっただろう。
「普通に考えれば間違いなく死んでいるでしょうね。でも彼は別の世界から来た転生者だと聞きますし、きっと生きていると思いますわ」
マリナの言葉に、ルルは目を輝かせる。
「やっぱり……。牛方は生きてるんだ!」
マリナたちはファブリス一行と共に行動していた時のことや、ワカヤらしき人物の目撃に関する情報をルルに伝えた。
話を聞いたルルは一通り話を聞き終わると、疑問に思っていたことを口にする。
「そういえば、どうしてマリナさんたちは牛方を探しているの?」
マリナは目をキリリとさせて答えた。
「それはわたくしが最強を目指しているからですわ。転生者であるワカヤ・ウシカタを倒すことも最強への一歩だと考えていますの」
マリナの言葉を聞いて、ルルの表情が少し曇ったように見えた。彼女は恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……倒すっていうのは、その……殺す……ってこと?」
ルルの問いに、マリナは首を横に振る。
「いいえ、殺すつもりはありませんわ。まぁ、あちらがこちらを殺すつもりで来るのなら、話は別ですけど」
その言葉を聞いて、ルルは少し安心したような表情を見せ、「よかった」と呟いた。
彼女の様子にマリナとエマは顔を見合わせた。
「あなたにとって、ワカヤ・ウシカタは大事な人なの? お兄ちゃんって呼んでたけど……」
エマがそう尋ねると、ルルは少し考えてから首を横に振った。
「ううん、そういうわけじゃないんだ。お兄ちゃんって呼んだのも、ファンのみんなの嫉妬を買わないためだよ。アイドルが特定の異性を探しているだなんて、ファンからしたらあまり心証がよくないから。でも、ルルのせいで牛方の人生を狂わせちゃったのは事実なんだ」
彼女の表情からは、強い自責の念が感じられた。
マリナは言った。
「まぁ、あなたの人気ぶりを考えると、そういう人はたくさんいそうですわね」
ルルは再度首を振って否定した。
「あ、えっと……。牛方の件はルルがこうなる前で……。ごめんなさい。全部、1から説明するね」
彼女が自分と若矢の出会いから話そうとしたその時。
「ル、ルルちゃんだぁ~! 君の可愛い声が聞こえて来たと思ったら、ここにいたんだ~!! こんな廃屋にいたら危ないよぉ~!! ささ、こっちにおいでぇ~!!」
突然そんな声が聞こえ、3人は慌てて声のする方を向いた。するとそこには、少し小太りな若い男が鼻息を荒くして立っていた。
ルルを見た彼は興奮しているようだった。
「え? あ……」
驚きのあまり言葉を失うルルだったが。
「……コホンッ」
そんなマリナのわざとらしい咳払いで我に返ったのか、彼女はその男に言う。
「ファンの方だよね? ごめんね、ルルは今、この人たちと大事なお話をしてるんだ。また、イベントの時にたくさん話そう? ね?」
やんわりと男にそう言って、ルルはマリナとエマの手を握った。
「転移魔法"エスケープ"!!」
そしてそのまま3人はその場から一瞬で姿を消すのだった。
ルルが移動した先は、彼女が宿泊していた部屋のようだった。
「ふぅ……。マリナさん、エマさんごめんね……。うまく撒いたつもりだったんだけど……」
申し訳なさそうに頭を下げるルル。
マリナはその肩に手をやり、彼女の頭を上げさせる。
「謝るのはこちらの方ですわ。あなたの人気を考えるなら、もっと安全な場所を選ぶべきでしたわね。……ですが、あいにくこちらも訳アリの身の上」
マリナの言葉に、ルルは提案する。
「……あの、もし迷惑じゃなかったら、その訳というのを教えて? 同じ人間を探す者同士、一緒に旅をするのもいいと思うし……!」
マリナとエマは顔を見合わせるが、どうすべきか2人とも判断に困っているようだった。
実際に話してみて、ルルの性格や考え方に嘘はないように思える。
しかし、彼女の知名度を考えると一緒に行動することは、グレイトバースから追われている2人にとって、あまりにも目立つ行為である。
そもそもイベントやライブで忙しい日々を送っているであろう彼女が、本当に旅をすることができるのだろうか。
「ルルさん、あなたはイベントやライブで忙しいはず……。本当にわたくしたちと、一緒に来てもよろしいんですの?」
マリナが尋ねると、彼女は笑顔で答えた。
「……うん! ルルが所属している事務所には、記章を頼りに転移魔法ですぐに移動できるし、同じグループの子たちとの練習もそこでできるし! たまにいなくなるかもしれないけど、レッスンが終わったらすぐに戻って来るから!」
その笑顔に嘘はないように感じるマリナとエマ。
しかし、もしもアンやチェルシーのような危険な追手との戦闘になった場合、ある程度の戦闘をこなすことができたファブリスたち以上のお荷物を抱えることになる。転移魔法を使用しているところを見ると、極端に弱くはないのだろうが。
マリナがそう考えていると。
「お願い! どうしても牛方に会いたいの! ……ルルが2人と一緒に旅をしたら迷惑かな?」
瞳を潤ませながら、そう訴えるルル。その瞳の破壊力は抜群で、マリナもエマも言葉に詰まってしまった。
「可愛い! ぜひ一緒に旅をしましょう! ルルちゃん!」
大きな声と共に、ルルの手を取るエマ。
「え、えぇっ!? ちょっとエマ!」
マリナが慌てて彼女を止めようとするが、すでに手遅れだった。
彼女は、ルルの可愛らしさに負けたらしい。
普段用心深いエマが信用するのなら、とマリナも決心を固めたようだ。
「……仕方ありませんわね。でも本当に危険な状況になったらすぐに逃げること! 約束ですわよ?」
ルルはマリナの言葉に嬉しそうに頷く。
「うん! ありがとう、マリナさん、エマさん。あ、そうだ! マリナちゃん、エマちゃんって呼んでもいいかな? ルルのことは、好きに呼んで♪」
「え? あ……。は、はい……」
2人は戸惑いながらも頷いた。こうしてマリナとエマの旅に新たな仲間が加わったのである。
ここまでお読みいただきありがとうございました。