第10話「帝国の本拠地」
アルセィーマ大陸、北部の港町マルクに到着したマリナたち。あの2人が追跡してくる可能性を考え、リョーンたちとはここで別れることにした。
「本当になんとお礼を言っていいか……。マリナさん、エマさん、本当にありがとうございます」
「ここまで来れたのは、マリナさんたちのおかげです……!」
リョーンとその妻の2人は深く頭を下げた。
「いいえ、こちらの面倒事に巻き込んでしまい申し訳なく思ってますわ」
マリナが俯いていると、ミリアがマリナに抱き着く。
「おねぇちゃん! たくさんあそんでくれてありがとっ!! ……ぐすっ……。……おねぇちゃんといっしょがいいよぉ……っ」
ミリアは、しっかりとマリナを掴み、離れるのを嫌がっているようだ。
「もう、そんな顔をしてはだめよ? お父さんとお母さんが心配しちゃうわよ?」
マリナはしゃがみこみながら諭すように言うが、ミリアは首を横に振る。
「やだやだっ! おねぇちゃんたちもいっしょがいい!」
「あらあら……」
マリナは困った表情をしながらも、ミリアを抱きかかえると優しい瞳で彼女を見つめ、微笑む。
「また会えるから。絶対に。だからお父さんとお母さんとの言うことを聞いて、いい子にしててね」
マリナの顔を見たミリアは涙を拭う。
「ほんと? 約束してくれる?」
「もちろん! おねぇちゃんとミリアちゃんの約束!」
マリナがそう言うと、ミリアはにっこりと笑った。
「じゃあわたしいい子にする!」
マリナはミリアの頭を撫でながらリョーンの妻に近づくと、彼女に娘を手渡した。
「ありがとうございます。マリナさん! エマさん!」
リョーンとその妻が頭を下げ、2人は去っていく。抱きかかえられながら手を振っているミリアが見えなくなるまで手を振るマリナ。
「……はぁ。ミリアちゃん……」
ミリアとはぐれた寂しさから、ため息とともに肩を落とすマリナ。
「ミリアちゃん、マリナ様にずいぶんと懐いていましたね! エマは寂しいです~」
エマも同じだったようで嘆いている。
「そうですわね……。でも、あの家族が幸せになってくれれば……」
マリナはミリアたちが歩いていった方角を見つめて呟く。
「……さぁ、わたくしたちも行きましょう? ワカヤ・ウシカタの情報収集ですわ」
「はい♡ そうですね! 行きましょう!」
そうして2人は歩き出すのだった。
マリナたちが立ち去った後、リョーンたちは……。
「ミリア、よかったな。優しいお姉ちゃんができたみたいで」
と、リョーンは娘に話しかける。
「うんっ! マリナおねぇちゃんだいすき!」
ミリアは嬉しそうに笑うのだった……。
~一方その頃~
「それで、失敗作である《《ヤツ》》を取り逃がしたというわけか? アン、チェルシーよ」
通信機越しに会話をしている2人の少女。
「申し訳ありません、お父様……」
「次は必ず仕留めます!」
通信相手の男は、2人の父であるようだ。
「……たとえ失敗作といえども、幼い者を出し抜くずる賢さは持っていたようだな、マリナ……」
通信相手の男は、そう呟いたのだった……。
アンとチェルシーから無事逃げ切ったマリナたちは、マルクの町で情報収集を開始した。もちろん、牛方若矢についての情報収集である。
だがいくら帝国の本拠地であるアルセィーマ大陸とはいえ、首都から離れたこの港町では有益な情報は得られないだろうとマリナは考えていた。
「マリナ様、だんだん暗くなって来ましたし、今日は宿を取って休みませんか?」
エマが提案すると、マリナは頷き彼女と共に歩き出す。
(わたくしの存在が帝国にバレると厄介……。でも、同時にアンとチェルシーも深い追いはできない。数日はこの辺りで身を潜めるべきかしら?)
そんなことを考えながら歩いていると、一軒の宿屋を見つけた。
「すみません」
マリナが扉を開けると、そこには宿屋の女将らしき女性が立っていた。
「いらっしゃいませー! お泊りですか? 1人一泊20Gです」
「2人で40Gですわね? お支払いいたしますわ」
マリナが金貨を手渡すと、女将は笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます! 4階の奥ですよー!」
宿屋の女将に促された4階に上がると、そこには10部屋ほどの部屋があった。そのうちの一番奥の個室へと通される。
「何か必要なものがありましたら、何なりとお声がけください。それではごゆっくりどうぞ~」
女将はそう言ってその場を後にした。
「……ふぅ……これでひと安心ですわ……」
そう言ってベッドに腰掛けるマリナ。エマは部屋を見渡して言った。
「今日は疲れましたね! 小さいですが、部屋にお風呂も付いているようですし、入浴されてはいかがです?」
「そうですわね……。わたくし、先にお風呂をいただきますわ」
マリナは立ち上がり浴室へと向かう。
エマはその後ろ姿を見送った後、部屋の窓から外を確認する。
「あの2人……すぐに追って来ないといいけど……」
アンとチェルシー、いや、グレイトバースは国を挙げてマリナの身柄、もしくは命を狙っている。
さすがに帝国の本拠地である、このアルセィーマ大陸では表立ってグレイトバースの内輪揉めを起こす気は無いとは思うが、相手は幼いアンとチェルシーだ。何をしでかすかわからない。念のため警戒はしておく必要があるだろう。
(マリナ様……たとえ何があろうとも、エマが必ずお守りします……!)
と、心の中で決意を固めるのだった。
一方マリナは浴室で体を洗いながら、昼間のアンとチェルシーとの戦いを思い出していた。
(アンもチェルシーも驚くほど強くなっていた……。あの2人であれだけの強さだとすると、お兄様たちの強さは……)
マリナは悔しさを滲ませ、唇を噛む。
(もっと強くならなくては……。もっともっと……)
しばらくして浴室から出て来たマリナに、エマが冷たい飲み物を差し出す。
「マリナ様、冷たいお茶はいかがですか?」
「ええ、ありがとう」
そう言って受け取り一気に飲み干すと、一息つくマリナ。そんなマリナを見てエマが微笑む。
「……ふふっ♪ お風呂上がりのマリナ様、いつもと違ってなんだか少し幼く見えます♡」
「な……! 失礼ですわね! もうわたくしも大人ですわよ!」
マリナは頬を膨らませて抗議する。そんな様子にエマはまた笑うのだった。
マリナとエマが宿屋で寛いでいる頃、アンとチェルシーはグレイトバースの戦艦にいた。
「アルセィーマに逃げ込むだなんて、お姉様も考えたわね。これじゃあ感嘆に手が出せないわ」
アンが苦虫を噛み潰したような表情でチェルシーに言う。
「どうでもいいから行っちゃおうよ!! 分身体で騙して爆発するなんて許せない~!!」
チェルシーは怒り心頭といった様子で叫ぶ。
そんな彼女をアンはため息交じりに宥める。
「落ち着きなさい、チェルシー。お父様は帝国との揉め事を望んでいらっしゃらないわ。少なくとも今はまだ、ね」
アンの冷静な言葉に落ち着きを取り戻したのか、チェルシーは頷く。
「何を探しているのかは知らないけど、お姉様だってアルセィーマには長居はしたくないはず……。出て来たところを今度こそ叩くわよ」
アンはそう言うと、椅子から立ち上がり歩き出す。チェルシーもその後を追う。2人は戦艦のブリッジに向かうのだった……。
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