うちのメイド長はヘビースモーカー 6話
夜の都会はまるで異世界のようだった。
ビルやお店が形成されているのに、人1人歩いていない。
たまに迷い込んだように酔っ払いや、タクシーが通るだけである。
私は、この不気味な光景が好きだった。
私は本来は人が嫌いな性分だったのでこの孤独感と普段と違う非日常感は心を妙に踊らせる。
「しかし…12年振りかしら?」
「うーん、確かそうだったような…。」
この子は笛吹さやか。
私と同じく両親がいない子である。
私は、2年くらいで里親に巡り会うことが出来たが、彼女は最後まで誰にも受け入れられることが無かった孤独な子だった。
私の過去もくらい。
親には虐待をされるし、里親ができても妙に居心地が悪く、メイド喫茶にすがる毎日だ。
だけど、彼女は孤立無援…英語で言うとアイソレーションが見事に当てはまるので、彼女の生い立ちも相当黒いものなのかもしれない。
私たちは、各々好きなタバコを吸った。
「「すうーーーっ、セブンスター(iQOS)臭っ。」」
なんということだろう。
お互いタバコを吸っているのに電子か紙かでも違和感を感じ意見が割れてしまう。
きっと、その部分は分かり合えないのだろう。
「あんた…いつの間に小説家になってたのね。そういえば本読むの好きだったもんね。」
「あはは〜そんなこともあったあった〜。」
「頭が良すぎて周りと話が合わないからって感じで頭の悪い子を見下してたような感じだったのに…。」
さやかが立ち止まり私にピンと指を指す。
「今は、まるで逆を見ているようだわ…。って言いたいんだね。」
「そういう洞察力は健在なのね。」
心を読まれてしまった。
しかし、この子は元々周りと思考能力が合わず難しい単語を網羅してただけであって、本来は洞察力、思考力は光るものがあった。
気がつくと、私のアパートがあった。
こじんまりとしたアパートである。
「ただいま〜。」
「あはは、誰もいないじゃん!」
「帰ってくる時に言うだけで落ち着くのよ。」
「へー。それにしても…この部屋…なんも無いね。」
彼女は私の部屋を不気味がる。
私の部屋は…カーテンがない。
そして、冷蔵庫も無ければ電子レンジもない。
あるのはちゃぶ台だけだった。
「お金ないの?」
「まあ、名目はアルバイトだから税金とか社会保険引かれるとこんな生活になっちゃうのよ。タバコも1日2箱吸っちゃうからねえ。」
まあ、もうひとつ何も無い方がシンプルで落ち着くというのもあるけど。
「あなたも、言えないじゃない。はいビール。」
少し、私もイタズラな表情をしてさやかにコンビニで買ったビールを差し出す。
お互いプシュッと音を立てて1口喉にビールを押し込んだ。
美味い、ビールというのは味ではなく…炭酸が喉を刺激し、心地よく滑らかに通るのどごしこそうまさの本質である。
「ことねえ…ちょっといい…?」
「ん?何かしら?」
「世間体で見れば……私も……あなたも……。」
ゆっくりと変顔で死んだ目をしながらねっとりと喋りだし、さやかの顔がアップされる。
「………一緒よ。」
「ぷっ……ふふ…!顔も合わせてちょっと面白い…あんた、芸人でも行けるんじゃない?」
昔はこんなにふざける子じゃなかった。
環境が変わると人は大きく変わるのかもしれない。
「そういえば、ことねえは…なんでメイド喫茶やってるの…?頭いいし起点も聞くから色んな仕事でも出来るでしょう。」
「なんでか…ね。大学生の頃働いたら…今まで嫌われてきた私なんかで喜んでくれる人を見てたら楽しくなっちゃって。」
「あ〜、昔虐待とかされてたもんね。」
「そうね、私は無価値だと思ってたけど…人生で初めて価値を見出せたの。だから貧しくてもメイド喫茶のメイドをやり続けてるの。」
お互い、気の置けない仲なので程よく会話が進む。
「私には…聞こえるのよ、メイド喫茶の声が。
このお客さんはこんなことを求めている。お店がこうして欲しいって物がみえてくるから…まだ暫くは今のままかもしれない。」
さやかは…無言でiQOSをゆっくり吸うと…味わうように吐き出した。
「素敵じゃん。ことねえなりの生き方を見出せた証拠だよ。私も…アルバイトとか仕事がてんでダメで夢も希望もない中…書くことしか出来なかったのだから。」
私とこの子は…大きく変わったけど…やっぱり似ていた。
好きなことに一直線なところで、生きる信念に対しては…真っ直ぐな目をしているところが。
「ねえ、あなた世間で見れば成功者でしょ?なんでお金ないの?」
「そ…それは…まあ、普段心配症だからお酒を飲めないと自我が保てないって言うのもあるけど、
私がお酒と出会ってから書くことで人を喜ばせるようになったのよ。要はお酒も商売道具みたいなもんなのよ。」
「そっくりそのまま返すわ。あなたもあなたなりに素敵な人生を歩んでるじゃない。」
「えへへ、なんか…こんなに美味しいお酒は久しぶり。」
「私もよ。」
また、お互い1缶あけて無言で乾杯をする。
「あなたは、支離滅裂だけど…少しずつ幸せになってきてるわね。私も…もしかしたら変わらなきゃいけないのかもしれない。」
わかっている。
このままじゃ行けないと。
でも、私は今もこうして迷っている。
好きなことは出来ているけど…何をするべきなのかは全く分からないし、お金も時間もない。
しかし、メイド喫茶以外の私なんているのだろうか?
サラリーマンもダメだった。
キャバや風俗も考えたが…あの父親のせいで男が気持ち悪くてしょうがなかった。
希望は……どこにあるのだろうか。
しかし、さやかはそんな私を憐れむどころか敬意を忘れなかった。
「そんなの、こと姉が自分のメイド喫茶を作ればいいんだよ!」
「へ?」
「だって、ことねえググッたけど知名度は抜群じゃん。そこらのYouTuberよりかは有名なんだよ。」
要は…独立、起業をしろと言っているのは分かるが、私にとってはかなり現実離れしたものだった。
確かに、私は店を回し売上は出せる。
実績もあるのだが…果たして出来るのだろうか?
「私なんかに…できないわよ。」
「何言ってるの!ことねえは……人に喜んで欲しいんだよ。人に何かを与える時のことねえはとても幸せそうだった。あなたは誰よりも優しいのよ!」
「私に…心なんか…。」
さやかは声を荒らげた。
「あるわよ!あなたが仕事と捉えてるものでも…みんなにとってはかけがえがないものだと思うよ!私の書く物語だって……言ってしまえば言葉のオナニーでしかないのだから。」
傍から来たら急に下ネタのギャグにしか聞こえなかったが、私は笑えなかった。
それだけ…彼女は真剣な顔をしていたのだから。
ふざけてない、彼女は本気だった。
私は…メイドの私が好きだ。
でも、世の中は徐々に私を蝕んでいく。
好きなものをやれないようにされていく。
そんなものは……耐えられなかった。
「私だって、小説を書くのに人生を捧げるなんてギャンブルでしか無かったとおもったけど……飛び込んで今の結果があるのよ。飛び込んでみようよ、私も力になるから。」
私は、28にもなってやっと自分の声が聞こえるようになった。
私は……ありのままの私でいたい。
生粋のメイド人間なのだから。
心に小さな火が灯り出した時に飲んだビールは…格段に美味かった。
まるで、ひとつのタバコに火がついて味を出したかのように。
私は初めて人間になれた気がした。




