うちのメイド長はヘビースモーカー 5話
夏風がよると共に過ぎ去る。
露になった全身を心地よく冷ましてくれる。
程よい疲労感と……リラックスしてるのが目に見えてわかる安堵感。
そのふたつが調和してるからこそ……「ととのう」だなんていうのかもしれない。
身体が……いまは外気浴に身を委ねている。
「どうでした?ことねさん。」
「3回は……めちゃくちゃ疲れたけど悪くないわね。
でも……舞衣ちゃん、さっきからおもったけど結構Sよね。」
「そ、そうですか?」
「自覚なかったんだ……。」
私は、何度も逃げ出しそうになる度に舞衣ちゃんが恍惚とした表情で私を矯正した。
その様子のせいか……舞衣ちゃんが小悪魔に見える。
「なんというか、普段仕事をそつなくこなしてクールなことねさんがあんなに可愛いところあるんだなと思ったらドキドキが止まらなくなって……。」
「あんた、大物になるわよ。」
私もこの日初めて気がついた。
意外と人の言うことを従順に聞くのも悪くない。
私はMの素養があるのかもしれない。
「さすがに……もう無いわよね。」
「え〜、どうしよっかな〜。」
「え、まだあるの!?」
「あはは、冗談ですよ!湯船に浸かったら……出ましょうか。」
どうやら、彼女のSの素養も開花しつつある感じのようだった。
しばらくしてお風呂にも入ったが、手足がピリピリとした後、全身が温まりリラックスもできた。
パチンコや酒なんかでは味わえない……そんな感覚を初めて知ることが出来た。
☆☆
「ことねさん!牛乳飲みましょ!」
温泉に入ると、牛乳の瓶が目に入る。
食欲がそそる。
私は食欲が無いはずなのに……どうにも欲望が湧き出てるような気がした。
「いいわ。」
お互いお金を払って、牛乳の瓶がでる。
「舞衣ちゃんは……プレーンか。」
「あはは、ことねさんいちご牛乳なんて可愛いじゃないですか!」
「そう?なんか、このピンクが可愛くてね。」
「ことねさん、可愛いって感情あったんだ。」
私たちが牛乳を飲んだ……その時だった。
「は〜!風呂後のビールうめええ!」
「「え?」」
目の前にビールを6本くらい飲んでいる20代半ばの女性がいた。
いや、銭湯で飲むのはいいけど……飲みすぎじゃないかしら?
「あ……あの人は……。」
すると、舞衣ちゃんは表情が固まり、目を見開いていた。
顔見知りなのかしら?まあ、あの子もそこそこ顔が広いし。
「笛吹さん……何してるんですか?こんな所で。」
「あーれー?たしか……直輝くんの彼女の……マキちゃん?」
「マイです!舞うに衣と書いて舞衣です!」
「あ〜ごめんごめん……先日はどうも……。」
どうやらプライベートの知り合いのようだった。
「てか!舞衣ちゃんこそ、なにしてんの〜?隣の女性は知り合い?」
「ええ、仕事の上司です!」
私は、初めてその酔っぱらいと顔を合わせた。
「あれ?あなた……失礼だけど名前は?」
「私〜笛吹さやかです〜!」
その名前に聞き覚えがあった。
私が……まだメイドになる前の朧気な記憶の棚からアルバムがパラパラとめくられ、彼女の顔とあわさってあた。
「私……ことね、里親に引き取られて苗字かわったけどことねよ。」
「こと……ね……?」
「あなたも……菜の花の家の出でしょ?よく本を借りてたじゃない。」
「…………あーーーーー!!思い出した!」
懐かしい気持ちが湧き上がるが……かなり違和感を感じた。あの頃の彼女は無口で発言したと思えば何言ってるか分からなくて……大人しかったはずなのにこんなにも変わってしまった。
「こと姉ぇ!生きてたんだね!」
「あなたこそ……少し変わったけど元気そうでなによりだわ。」
「え?笛吹さんも……ことねさんも知り合い?」
舞衣ちゃんだけが取り残されている。
「私たち……親がいなくて昔施設で知り合った顔なじみだったのよ。」
「いや〜!お互い大きくなりましたな……!こんなにタバコ臭くなって!」
「そういうあなたこそ、酒臭いわよ!」
「とても、大人の女性同士のやりたりとは思えない……絵面はとても綺麗なのにおっさんの会話ですよ……。」
舞衣ちゃんは、さやかの事がまだ馴染めてないのでお互い顔見知り程度のようだった。
とはいえ、私も舞衣ちゃんとは職場でたまに会う程度だ。
「さやかは今何してるの?仕事とか。」
「小説家〜!この前翼の折れた天使ってやつが映画化したんだよ〜!」
聞いた事がある。
そういえば本名名義でやってるのに何故今まで気づかなかったのだろうと、そんな自分に驚いてしまう。
「こと姉は仕事何してるの?」
「メイド喫茶のメイドよ。」
「へー、めっちゃ面白いじゃん!今度取材にいっていい?」
「うん!絶対だめ!」
「ケチ〜!」
お互いマシンガンのように会話を交わし合う。
やはり、お互い女なので話したい情報量は多いのだろう。
「笛吹さん、今は何してるの?」
「いや〜!今日れんれん水泳の大会でさ〜、2泊3日は帰って来ないから、温泉に来たのだよ!」
「さやか、誰かと一緒に暮らしてるの?」
「うん、高校生と成り行きでね〜!」
驚きである。
彼女は警戒心が強かったのと、誰にも理解されてなかったから孤立だった。
私と彼女は孤立仲間だったので少し寂しい気持ちがある。
「も〜最近れんれん厳しくってさ〜!吐いたり、れんれんのベッドで致すとめちゃくちゃ怒るんだよ〜。そのせいか……最近お酒制限されてて……もう……辛くて辛くて。」
「至極真っ当な対応だと思いますよ。この前のBBQでも暴走してたし……自重したらどうですか?恥を知るべきです。」
「酷い!?そんなに言う!?」
彼女はこんなにも変わったのだと驚く。
ついでに、そのれんれんとやらも苦労してるのだと労いたくなった。
「そういえば、随分飲んでるみたいだけど……帰らないの?」
「…………鍵無くしてさ……あはは。」
どうやら、お酒とともに知的だった頭脳も置いてきたみたいだった。
温泉で温まったはずの空気が凍り出す。
私は……深くため息をついた。
ここで見捨ててもいいのだが、彼女はどん底に落ちていた時にそばに居てくれた紛れもない友人だ。
ここで見捨てたら後味の悪いものを残してしまう。
「今日、うち泊まる?」
「え?いいの!?」
「その代わり……絶対吐いたり、致さないでよね。」
「うん!」
私たちは、舞衣ちゃんと別れて道をゆっくりと歩く。
歩むスピードを合わせて、私はセブンスター、さやかはiQOSのメンソールを吸って歩いて……夜風の帰り道はタバコが入り交じった複雑な匂いを出していた。




