僕のお母さんはAV女優 9話
帰り道の事だった。
今日は俺は飯田が部活なのでまっすぐ家に帰る。
大丈夫、何があっても俺は母親を愛することが出来る。
覚悟もあった、勇気だってあった。
そうだ、母親のためにケーキを買っていこう。
今日も仕事で疲れてるのだ、いつもは素通りする……あのケーキを買っていこう。
歩く足は不思議と軽かった。
しかし、突如として足は止まることになった。
何故か母ちゃんの姿があった。
「おーい!母ちゃ……。」
しかし、その声はふと消えてしまった。
何故か見知らぬ男性と一緒にいた。
それだけじゃない、母親と男の後ろに建物があった。
まだ、思春期だと実経験がないので空想上に近い建物のラブホテルと呼ばれるものだった。
母親は…の表情は天気とリンクするように曇天の空模様だった。
「ありがとうございました。弊社とも何卒取引のほどよろしくお願い致します。」
「ああ、継続させていただくよ。まさか取引会社にAV女優の女王の橘遥香さんがいらっしゃるとは……。」
「青柳さん、やめてください。全て過去の話です。」
「まあいいや、御社とも取引をするのかどうかは橘さん次第だからな。じゃあ、また会おう。」
「青柳さん、私は天野です。」
「そうだった、失礼。」
すると、男は母ちゃんの腕を捕まえ、唇を合わせていた。母ちゃんは何故か拒否することなくキスという行為をすませてしまった。
俺は目を離すことが出来なかった。
その後母親はぺこりと頭をさげ、ホテルの前で男女は別れる。
母ちゃんは家の方向に目指す。
逆の方向を目指す男と目が合った。
男は身長180位でスーツを着こなしていて、特にすごいブランドを着てる訳では無いのだが、腕時計などが明らかに市販のものでは無かった。
俺は、知らず知らずのうちに男を睨んでいたみたいだったが男はそれをいなすかのように邪悪に微笑んだ。
「おや、血気盛んな少年ですね。」
「あんた……何してたんだ。」
「何って……商談ですよ。」
「ふざけんなよ、ここラブホだぞ!」
「何か問題でも?取引というのは様々な形で存在するものです。君にとってはつまらない性行為かもしれないですが、これで取引が続いて、雇用が生まれて、生活できる人がいたりするんですよ。」
「綺麗事をぬかすなよ、気持ち悪いんだよ。」
男はふはは、と見下したような笑い声をあげた。
まるで負け犬を嘲笑うかのようで、吐き気と怒りがした。
「まあいいでしょう、私は青柳と申します。先程の女性は取引相手の先方ですよ。」
「もしかして、橘遥香?」
男は少し驚いていた。
だが、その単語は想定内だったのか男はまたにんまりと笑い出す。
「まあ、君は高校生だから知っていましたか。
そう、彼女は元AV女優の女王と呼ばれた女性……、もし分からなかったらこんな会社と取引なんてしませんけどね。それでは失礼致します。」
そういい、男は俺の元を去っていった。
何故だろう……すごく気持ち悪い。
俺は公衆トイレまで駆け寄り吐瀉物をぶちまけてしまった。
頭の中がグチャグチャだったので恐らくパニック状態に内蔵がやられたのだろう。
しばらくベンチに腰掛けたあと、再び立ち上がるのに30分もかかっていたのに気がつくのは、しばらく後だった。
俺は、無気力なまま帰り道を歩いていた。
最初のケーキや話し合いという事は頭の中から消え去っていた。
母親に対しても、何か知らない生き物に見えてくるようで恐怖感があった。そして、気がつくと玄関の前に立っていた。俺の行動は理性よりも衝動が勝っていて、ドアを少し乱暴に開けてしまっていた。
「おかえりー!今日は遅かったわね!唐揚げ作ったわよ〜!」
「……。」
「お風呂も沸かしてあるから、入りなさいね!」
「……。」
「そういえばAmazonからなんか来たわよ〜あなた宛だったわ。」
「……。」
俺は、どうしてとリアクションをする気になれなかった。どう返事をしようか、という時間が長すぎたのだ。
すると、気がつけば母親が俺の手を握り心配そうな顔をする。
「……どうしたの?」
パシッと、母親の手を音を立てて弾いた俺は自分の行動に驚いていた。
「いったぁ、何するのよ!急な反抗期でも手は出しちゃダメでしょ!」
母親も少し顔をしかめる、どんな事でも寛容な母親でも特に理由なく手を叩かれたら流石に怒るのも無理はないだろう。
心は分かっている、申し訳なくさえおもっている。
しかし、未成熟な俺の精神は衝動を止めることが出来なかった。
どれくらいお互い無言の時間を過ごしたのだろう、1分……いや2分ほどたったのかな?俺にとっては酷く長く感じる居心地の悪い時間だった。
そして、その時間がコミュニケーションへと導いていくが、そのコミュニケーションですら衝動が勝っていた。
「ねえ、母ちゃんはAV女優だったの?」
「……遂に分かっちゃったか。酷く軽蔑した?」
「そこはしてない。」
「じゃあどうして私をそんなに怖い顔で見るの?」
そうか、俺は怖い顔をしてるのか。
どうにも客観的に物事というのは見るのは難しいみたいだ。
「あの青柳って男……だれ?」
母ちゃんは少し驚いたが、あくまで冷静に対応をする。
流石は母ちゃんである。
「みてたのね、でもあなたには関係の無い相手よ。」
その言葉に……俺の頭は沸騰するかのように血が上った。
「関係ないって……なんだよ!なんでそんなに俺に隠し事してるんだよ!俺の事なんにも信用してねえじゃねえか!」
「違うの……、どうしても難しい話だから一度に話すのができないだけなの。」
「なんで俺の事少しでも頼ってくれないんだよ!勉強が出来ないから?友達が全然いないからなのか?もっと対等に見てくれよ!」
「……。」
母ちゃんは、珍しく戸惑っていた。
俺は今家族の禁忌に衝動で触れてしまっている。
ごく自然なことだと思う。
母ちゃんは、習い事や塾にも活かしてたのでどうしたいかはそれだけで俺に今後どうして欲しいか、どうなって欲しいかの教育方針までわかった。
だから、母ちゃんのこの影の努力はきっと触れて欲しくなかったのだろう。
「なんで、俺は父ちゃんがいないの?なんでじいちゃんやばあちゃんがいないの?あの青柳ってやつに何をされてるんだよ!教えてくれよ!隠し事がおおすぎて俺には辛いんだよ!」
俺は、泣いていた。
きっともっと対等に見て色んなことを知りたかったのだ。
もう高校2年生にもなると言うのに、何故俺は何も知らないのかという、知りもしなかったという自分への怒りもあった。でも、今日勇気を振り絞ったんだ。少しでも教えて欲しいんだよ。
「……ごめん、今は話せない。」
「……!」
俺は、更に頭の血が沸騰する感覚がして衝動的に玄関へと進んで行った。
母親は静かに問いかける。
「どこに行くの?」
「……出てく、ちょっと頭を冷やしたい。」
「私からは止めはしないわ。でも、必ず帰ってきなさい。母ちゃんは晩御飯作って待ってるから。」
最後の言葉に母親の愛を感じた。
しかし、それが今の自分の気持ちを逆撫でしていた。
体が飛び出していくのを強く感じた。
俺は、制服姿のまま家を出ていってしまった。