隣のグビ姉は小説家 16話
ブロロ……。
太陽は夕日が差し込み、少し気温も涼しく感じる。
見慣れた景色に近づくにつれ、俺たちは安堵と旅の疲れが一気にのしかかってくる。
交通量の多い246からは車の排気ガスの匂いがしていて、都会の喧騒に近づいてるんだなと実感をする。
俺たちは無言でバイクを走らせていた。
さっきまで暑かったけど今は妙に夜風が寒い。
「もう少しで着きますよ!途中、どこかのコンビニでおりますか〜!?」
「大丈夫〜!」
「じゃあ、このまま家まで直行します!」
☆☆
その後もスムーズに道を進むことが出来、あっという間にいつもの通学路まで着いてしまった。
「ふう……、やっと着きました。」
「あはは〜れんれん、ありがとう!」
「こちらこそ、本当に楽しかったです。」
「あれ?れんれん……家の前に人がいるね……?」
「あれは……!」
家のアパートの前に男女がいた。
1人は見ず知らずのチンピラもどきの顔が濃い男で、もう1人はよく知った人物だった。
女は金髪のセミロングをしていて、平成初期のようなギャルスタイル。
身長はやや高めのまだ20代と言っても違和感がない美人……しかし、生活感を感じないブランド物や露出の高い服装をしている。
彼女は飯田文乃、俺の家庭をぶち壊した根本的な原因の母親だった……。
「文乃さん、なん……で……こんな所に。」
「蓮〜?久しぶり!離婚して以来かな?」
「離婚して以来……じゃねえだろ!親父死んだんだぞ!葬式にも来ないで!」
「まあ、そういうこともあったよね。」
頭の血管がブチ切れそうな感覚を覚えた。
あの頃の罪悪感も何も無い、最愛の父に対しても軽んじるその態度は既に俺の気持ちを逆撫でしていた。
「……何しに来たんだよ。」
「みて?彼はケイくん!私とね〜家族になるの〜!」
「別の人と結婚してたって聞いたけどそいつはどうした?」
「あ〜加藤くんはピンと来なかったの。今離婚調停中で町一番の弁護士にお願いしてるの!」
……俺は心から落胆してしまった。
こいつは何も変わっていない。むしろ悪化している。
見ず知らずの俺の兄弟がいるのは知っているが、俺と同じ運命を辿るかも知れないと考えると、おぞましくて仕方がなかった。
「あ、何しに来たって話だよね!蓮……もう一度一緒に暮らさない?このケイくんと一緒に!」
俺は男を見る。
男は刺青が入っており、湘南スタイルで以下にもチンピラって感じである。
「あんた、離婚歴とかあんの?」
「あ〜バツ2だよ。ちょっと薬物で捕まってさ〜、トラブったんだけど文乃さんに着いていくんだ!よろしくな!蓮君!」
なんで……こんなTinderで5秒でマッチしそうなスペックの男にしちまったんだ。
母親は最近チンピラとも絡んでいたり、そのチンピラとも関係を持っていたりとは噂を聞いていたが予想以上の事態である。
普通はブチ切れてもいいのかもしれない……が……。
「…………!」
喋れない、怒れない、それよりも……幼少のトラウマがフラッシュバックして手足が震えて喉がつっかえていた。こいつが憎くてしょうがないこんなのがなぜ親なのかと呪いたくなってしまう。
「大丈夫!あなたは私の自慢の息子なんだから!あの父親のことは忘れて私たちと来ましょ!」
何より、これで罪悪感とかが無いのが恐ろしくてしょうがなかった。
ああ、こいつはぶっ壊れてる。
恐らくこいつから見たら俺はアクセサリーに過ぎないのかと絶望してしまう。
辛い、俺は……生まれてこなきゃ良かったかもしれないり。
そう思った時だった。
「……おい、ちょっと待て。」
笛吹さんが介入する。
いつもの脳みそがとろけたような喋り方じゃなくて……低く、攻撃する前の猫のような声だった。
「誰〜?あ、わかった!蓮の彼女さん?すごく美人ね〜!名前はなんて言うの?」
「……笛吹さやかです。あんた……蓮の母親なの?」
初めて、俺の事をれんれんじゃない呼び方をした。
明らかに雰囲気が違う。
「そーよー!蓮の母親の文乃っていいます!今日は蓮を迎えに来たの!また家族としてやり直そうと思って!きっとまた素敵な家族になれると思うの!私には今は沢山の人脈がいて……やりたいことも……。」
パンッ
そんな、乾いた音が聞こえる。
そんな母親を笛吹さんが平手打ちをした。
「いったぁ……ちょっと、なにするの!ムカつく!」
パンッ
もう一度、笛吹さんは母親を平手打ちをする。
母親がいたぶられているのに、俺もケイ君という男も唖然としてしまった。
「きー!いい加減にしなさい!いつか酷い目に合わすわよ!」
「やってみろよ。」
母親は、そんな笛吹さんに圧倒される。
俺もそんな笛吹さんが初めてだった。
「笛吹さん……もう。」
「あとは任せて……れんれん。」
少し振り向いた時は、いつもよりクールだけど目が少しだけ優しかった。
彼女は俺の理解者だと改めて思い知り、少し泣きそうになった。
「私……今蓮と一緒に住んでるんだけど、いつもこの子合わせるのが上手で、自分の本音が言うのが苦手でなんでなんだろっておもったんだ。よく話を聞いてわかった。
蓮はいつも笑ってるけど、心の中では泣いてるんだなって。」
「な……何を言って!蓮は私がいつも可愛がっていたの!最初はあの男じゃなくて……私を選んでいたんだから。」
「合わせるしか、選択肢がなかったんだよ。」
俺は、ハッとした。
何も見えてないようで……こんなにも俺を見ていたのかと思い知った。
「知った口……聞かないでよ!あんたに何がわかるのよ!ただ一緒に住んでるだけじゃない!私と何が違うんだよ!」
「蓮を……真っ直ぐ見てるかの違いだと思う。
あんた、蓮を愛してるって言ってるけど蓮は今こうして泣きそうになってるじゃない。」
確かに、母親はいつも俺の事をアクセサリーのようにして、俺は機嫌を伺うだけだったことに対して笛吹さんは俺を見つめていた。
「私さ……両親の愛、知らないんだよね。物心着く前に捨てられて、ずっと施設で1人だった。親に愛されたらどんなに幸せなのだろう。親の作る晩御飯はどんなに温かいんだろうって……無償の愛ほど幸せなものは無いんじゃないかって思ってた。」
すると、母親はニヤつく。
まるで弱ってる小鹿を見つけたライオンのように。
「じゃあ!あなたは知る権利ないじゃないの!だって愛されたことないんでしょ?理解出来るわけないじゃない!消えてよ!」
すると……笛吹さんの顔は泣いていた。
そして、初めて大きく荒らげた声をした所を見た。
「なんで!なんでちゃんと愛してあげなかったの!
なんで、蓮の涙に気づいてあげられなかった!
どうして……また蓮を悲しませることをしてるんだ!
あんたは何も変わってない!
私が欲しかったものがこんなにも苦しく……辛いものだなんて知りたくなかった。
あなたは、母親失格だ!こんなの愛じゃない!子供は装飾品じゃないの!血ぃ通ってんのよ!」
俺の……言いたいことを全て言ってくれた。
それを言われ母親は力なく崩れた。
「そうだったの?蓮?」
俺は深く頷いて一言。
「もう、関わらないでくれ。そして、見ず知らずの兄弟を悲しませないでくれ……母さん。」
俺は母さんと呼んだ。
生涯、もう一度言うことがないように、未練を断つように。
その後、母親はごめん、ごめんと泣き崩れしばらくしたら男と一緒にこの場を後にした。
最後に母親は一言添えて立ち去った。
「蓮、またね。」
俺は反応することは無かった。
決別するための挨拶はまたねは不適切だと思ったからだ。
そして、無気力に崩れた俺を笛吹さんは抱きしめた。
「……大丈夫、れんれん……帰ろ?」
俺たちは、静かにいつものアパートに入り取材旅行は終焉を迎えた。
辺りは静まり返っておりもう夕焼けも沈みきっていて見慣れた暗闇に染まっていた。
俺は深く深く眠った。彼女の筆の音を聴きながらゆっくりと……。
☆☆
あの旅行から数ヶ月がたった。
笛吹さんは見事ストーリーを書き終えて、見事小説は出版されてベストセラーに並んでいた。
「まさか、瞬く間に売れちゃうなんて……ほんと天才ですね。」
「あはは〜楽しい旅だったからね〜!れんれんが居たからだよ〜。」
もちろん、彼女には多大な印税が振り込まれて彼女は1人でも生活出来るようになった。
そして、それは笛吹さんの居候の終わりを告げていた。
「……なんか、寂しくなるな〜迷惑かけっぱなしだったけど、れんれんとの生活は人生でいちばん楽しかったよ!」
「今度はちゃんと追い出されないようにしてくださいね!」
彼女は……荷造りをしていた。
とはいえ、居候なので最低限のものしかない……。
「笛吹さん……元気でいてください。」
「れんれんこそ……大人になったら酒でも飲もーな!」
彼女は出ていく時も明るく騒がしかった。
……あれ、この部屋こんなに広かったっけ?
それに冬のせいか空気が冷たく、1人という実感を強めていく
彼女がいなくなった瞬間……心がぽっかりと穴があくようだった。
そう、彼女は居候……いつか居なくなるものである。
それがとてつもなく寂しく、辛いものだと感じてしまった。
まあ、これからも楽しく生きていこう。
そう思った時だった。
「れんれん〜!助けて〜!」
バタンッと笛吹さんが戻ってきた。
どうしたのだろうか?
「笛吹さん……なんで?」
「いや〜!お金入ったと思ったら飲み屋でのツケ払いとかめっちゃ払わされて……お金無くなっちゃったよ。」
「はあ!?何してるんだあんた!」
「なんかさ……お金入ったら嬉しくなって……色んな人に奢ってたら大変なことに。」
「おいおい、大丈夫か26歳!」
「次のマンションも振込できてないって不動産屋に追い払われたの〜もう助けてよ〜とりあえず寒いからシャワー貸して〜!」
全く……しょうがない人だ。
この人は俺がいないとダメなのかもしれない。
もう少し、この人と一緒にいよう。
できるだけ長く……楽しく。
季節はもう冬で肌を刺すような冷たさだったけど、俺の心はほんのりと暖かかった。




