隣のグビ姉は小説家 14話
ここは伊豆の東部にある大室山。
580mの山がぽつんと立っており、木々がひとつ無い火山である。
そのかわり、山肌は草原になっている休火山である。
「うおおお!でっけえー!」
580mと聞くとそんなに高くないように聞こえるがそんなことは無い、海に近いところからいきなり580mの山があるとそれはそれは存在感抜群であった。
「いや〜すごいとこ来ちゃいましたね…あれ?笛吹さん?笛吹さーん!」
笛吹さんが居ない。
どこに行ったのだろうか?
まさか迷子?いや、さすがのあの人もそんなことは無いか。
すると、笛吹さんは少し離れたところにいた。
「ぷはぁー。…ふぅ。」
そして、愛おしそうにiQOSを吸っていた。
「笛吹さんって…精神年齢とか不明ですよね。」
「んー?私試しにやったら小学生並みらしいよ〜。」
「でしょうね!?」
いかんいかん、相変わらず彼女のペースである。
ちゃんと絶景スポット見ないと。
「ほ…ほら、あそこにわさびソフトなんてありますよ!美味しそうですねぇ〜!」
「…いや、普通にチョイスとしてどうなの?」
ツッコまれた!普段ボケの笛吹さんに冷静にツッコミいれられた!
なるほど、タバコを吸うと冷静になるのか…。
「じゃあ…俺食べてみます。」
俺は売店に駆け出しわさびソフトを購入する。
伊豆はワサビの名産地でもあるし、如何ものなのだろうか。
出されたわさびソフトは緑がかっておりすこしショッキングな感じがした。
まあ、抹茶にみえなくもないんだけどね。
わさびソフトを舐めてみる。
すると、クリームの濃厚さにほんのりとピリ辛さがツンときてあとあじをスッキリさせていた。
「え?思ったより美味しい。」
「うーそだぁー!れんれん〜嘘は良くないよ〜。」
「いや、食べてみてくださいよ!」
「じゃあ一口だけ…おいしい。え、めっちゃ美味しいじゃん!私も自分の分買ってこよ〜!れんれん、酒代でお金無くなったからお金貸して!」
「はいはい…。」
いや、切り替えはやすぎるでしょ。
めっちゃ引いていたのに、そしてシンプルにお金借りようとしてるし。
そして、売店からわさびソフトをもって笛吹さんは美味しそうに舐める。
「んん〜!うめぇ〜。」
「おっさんみたいな反応ですね。」
「せめて瀟洒なレディーっていってよ!」
「いや、瀟洒なレディーは朝からゲロ吐かないですって。」
「む〜、また私をからかった〜!」
今日も笛吹さんは飽き飽きしないな。
そう感心しつつ、そろそろ目的地を目指す。
「ほら、ここでリフトに乗りましょ!頂上に行けるらしいですし。」
「おお〜リフト〜!」
俺たちはお金を払い、リフトに乗った。
ガタンガタン…と普段乗りなれない乗り物独特のぎこちなさがまた新鮮で良い。
「それにしても…見渡す限りの草原ですね。」
「そうだねぇ〜、こんな山あったんだね。」
ガタン…またガタンと俺たちは上昇をする。
ふと、笛吹さんの顔を見る。
いつもみたいに笑って糸目になってるかと思った。
しかし、少し寂しそうな…なんとも言えない顔をしていた。
「…どうしたんですか?」
「なんか…楽しい旅ももう終わりなのかなってね。」
「そんなセンチメンタル(感傷的)になる時あるんですね。」
「あるよ、だって人間なんだもん。」
「笛吹さんはなんというか…天才なところがあるからどうしても俺では測れないです。」
「天才じゃないよ、私は。」
「え!?」
いや、一晩で8万文字書いたり人の考えを頭に入れて再現したり、ベストセラーで映画化してるのに天才じゃないの?理解ができない…なんでそんなことが言えるのだろう。
「私はね…たまたま他の人より出来ることが少なくて書くことしか出来なかった。それも私の力だけじゃない。他の人に助けてもらいながら生きてきたの。やりたいことをやり続けた凡人でしかないんだよ。」
驚いた。彼女は自身の才能を傲ることはなかった。
自身の成功は他者あってのものだと考えている。
シラフでもないのにここまで深い思考をしている所は流石としか言いようがない。
「あはは、…だからこそ笛吹さんは天才なんですね。ただの天才ではなく、努力を楽しむことが出来る天才なんですよ。」
「…れんれん、面白いこと言うね〜!」
その時だった。
突然どこからが声が聞こえた。
「写真撮りマース!」
「え!?」
「ファッ!?」
カシャン。
「…写真撮るサービスやってたんですね。」
「めっちゃびっくりした〜!」
「とりあえず、もう少しで頂上です!」
俺たちはリフトを降りて当たりを見渡す。
すると、写真の販売があった。
写真を見ると驚いて少し不細工になっている俺たちがいた。
「なんだこれ!めっちゃ不細工になってますね!」
「…これ、ほしい。」
「え!?結構しますよ、これ。」
「なんか、私もこの旅が幸せだったから残しておきたい。」
とても嬉しい気持ちになった。
彼女の幸せという言葉がこんなに嬉しく感じるのはなんと幸せなのだろう。
やっぱ、人を幸せにするっていうのもいい事だな。
「じゃあ、2人で買いましょ。」
「え〜!いいの!?優し〜!」
「だって笛吹さんお金無いですし。」
「う…それは…その…この作品が売れたら返すよ。」
「出世払いではなくヒット払いですか。」
「まあそんなとこ!」
俺は笛吹さんにお金を渡すと。
写真を大事に抱えた笛吹さんがいた。
「じゃあ、頂上行きますか。めちゃくちゃ景色いいみたいですし!」
「うん!」
こうして、俺たちは頂上を目指すことにした。
☆☆
「うえ〜…うう。」
「大丈夫っすか、めっちゃグロッキーになってますけど。」
「う…運動しないから…体力が。あと…タバコで肺が…。」
「ハイになってるんですか?」
「なってないよ!れんれん〜待ってよ〜!なんでそんな体力あるの〜!」
「…まあ、ずっと運動部でしたし。」
笛吹さんは普段はぐうたらで酒を飲んで小説を書いてるから普通の人よりあ体力がないのも当然である。
彼女はもう歩く事さえ辛そうだった。
「笛吹さん…もしあれならおぶっていきますよ。」
「え!いいの!?ありがたや〜飯田様〜!」
「初めて苗字で呼びましたね、ほら。」
俺は彼女をおぶる。普段あまり食べないのかほっそりとしていて、ほんのり良い香りがする。髪のシャンプーの匂いかな?
「れんれん、力あるね〜。」
「まあ、鍛えてますからね〜。」
「それに…あったかい…。」
「俺はちょっと暑いですけど。」
1歩、また1歩と進む。
彼女は軽いので意外と負担にならなかった。
「私にお父さんがいたらこんな感じだったのかな〜。」
ふと、動きが鈍くなる。
そういえば彼女は親の愛を知らない。
それなのに…俺の親父の遺書を書き上げてる時はどんな気持ちだったんだろうか。
彼女はもしかしたらドライに見えてこうした愛に飢えているのかもしれない。
「大丈夫?れんれん疲れてない?」
「…俺は大丈夫なんで、もう少し休んでください。」
「あはは…優しい〜。」
彼女は幸せそうにくっつく。
少し恥ずかしいけど…俺に出来ることはこれしか出来ないのだから。
そして、頂上の580mにたどり着く。
俺は笛吹さんをおろし、景色を一望する。
あまりに絶景の一言に尽きる景色だった。
大室山は大きな海を見渡し、天気は晴れ渡っていて富士山がはっきりと見えていた。
風がほんのり冷たいのも、この暑い季節には心地が良かった。
笛吹さんは美しい景色に目が止まり、固まっていた。
美しい景色を背景に黄昏てる笛吹さんは絵画にしても良いくらい美しかった。
「…綺麗。」
売れっ子小説家とは思えないくらいシンプルな答えだった。
いや、彼女はずっとシンプルだ。
それが彼女のストレートな文章となるからこそ惹かれるのかもしれない。
「ほんっと…こうして見ると俺たちの境遇なんて大自然からみたらちっぽけな事なんですね。旅を通して、過去と向きあって。俺笛吹さんと一緒にいる時間…めちゃくちゃ幸せでした。」
「うん…私も家族が居なくて愛を知らないのコンプレックスだったんだ。ずっと原稿か本しか見てなかったけど…これが生きてるって実感なのかも知れない。見るって凄いんだね。」
「百聞は一見にしかずとはよく言いましたね。」
「私、生きてて良かった。れんれんとこの時間を共有できてよかった。伊豆にきて…よかった!!」
俺たちは家族の愛を知らない。
でも、こんな感じの家族のような感覚も悪くないのかもしれない。
だって境遇は違っても見えてるものは一緒だもの。
それを分かち合えるのだけで幸せなのだから。
「…戻りますか。」
「うん!」
彼女はさっきの写真をまだ大事に持っていた。
この幸せな記憶をちゃんと持って帰るんだと決心するように。




