隣のグビ姉は小説家 13話
目が覚めた……。
2度寝をしていたみたいだ。
時刻は朝の8時である。
笛吹さんは……まだ寝ているみたいだった。
そうだな……チェックアウトまで2時間ある。
どう過ごそうか……。
「とりあえず……温泉に行ってみるか。」
コトン……。
朝の風呂というのは、なんと贅沢なものなのだろう。
昨日に比べて人もいないから場所を独り占めにして良いという感覚がある。
それにしても、まさか笛吹さんが作った親父の遺書で泣いちまうとは……彼女は本当に天才だ。
脳みそどうなってるんだろう、1回スキャンして見てみたいな。
なんか、アルコールで変色してそうだけどね。
朝の爽やかな朝日と少し冷たい感じが心地よい。
今日は、伊豆旅行もいよいよ最終日だ。
色々あったけど楽しかったな……。
みんなにも自慢してやらないとな。
さて、今日はゆっくり大室山ってとこ見てみたいな〜。
なんか、直輝もおすすめって言ってたしな。
そんな感じで今日のプランニングをかんがえて俺は温泉を出た。
さて、あとは笛吹さんを起こして美味しい朝ごはんでも食べに行こ……。
「おえええええええ!」
爽やかな朝が台無しだ。
部屋に戻ると、トイレで吐瀉物を噴出している笛吹さんがいた。
笛吹さんは、ヒロインであるには程遠いと思う。
そう、彼女はこの瞬間からヒロインではなくゲロインであることが確定されてしまったのだ。
「笛吹さん!?大丈夫っすか!?マジで!」
「うえええ〜気持ち悪いよ〜。」
「いや、昨日はどんだけ飲んだんですか。」
「飲みながら朝の3時まで書いてた〜。」
「まさかあの酒の山を一晩で……!?」
紙とぐちゃぐちゃになった布団から酒瓶が何本も現れた。
しまった、笛吹さんの小説に気を取られてあそこまで見てなかったな。
「れんれん……背中さすって……。」
「俺さっき風呂入ったんですけど……。てか、よくそんな吐けますね。」
「コツがあるんだよ、まずは塩水を1リットル飲み干して、少し上下にジャンプしてから喉仏を人差し指と中指でこうしてやると……!おえええ!!」
「やめろマジで朝から!!このグビ姉がああああ!」
笛吹さんはトイレでうずくまる。
どうしてこの人はかっこいい所とかっこ悪いところが両立してるのだろう。
「れんれん……私のバッグから鬼ころしの紙パック持ってきて。」
「死にますよマジで。」
「お願い……!」
俺は言われた通り紙パックの青い鬼ころしを彼女に渡すと、彼女はそれを飲み干す。
もうやめてくれ、あんたそれだからこんなに細いんだよ。
「ふい〜!えへへ〜ふっかーつ!」
「いや、そうはならんやろ!」
「いい?迎え酒っていうのがあってね……!」
「いや、エビデンス(証拠)だと立証されてないですよ!」
「む〜!」
俺たちは、きちんと後処理をしてホテルのフロントに謝ってきた。
ホテルの人は嫌な顔ひとつしなかったけど、そこがより申し訳なさでいっぱいになった。
☆☆
ブーン……!
俺のバイクは山道を走っていた。
こうも伊豆というのは海な時もあれば極端に山並みの中に入っていくので予測がつかない。
「ねえ、れんれん?」
「なんすか?」
「グビ姉って……なに?」
彼女は今更そんな質問をする。
いや、ずっと言ってた気もするんだけど。
「なんか……友達が好きな漫画で酒が好きな教師が毎日ビール6缶飲むからそういうあだ名になってて、そこが笛吹さんと一緒なので頭の中ではグビ姉って呼んでます。」
「そうなんだ!確かに私かも!グビ姉〜グビ姉〜私はグビ姉〜、今日も爽やかさやかが飲みます〜♪」
「急に歌い出さないでくださいよ、しかも爽やかさやかって軽く韻を踏んでますけど爽やか要素ゼロでしたよ。」
「むー!れんれんは意地悪だな〜。」
最近、酒飲みアラサーヒロインって増えた気がする。
でも元祖グビ姉は普段はお淑やかな美人らしいけどね。
「あ、ちなみにそのグビ姉も伊豆で昨日の日本酒飲んでたらしいですよ。」
「マジで!?わかってるな〜!もし、現実にいたら友達になれそ!」
「かもしれないですね。」
ツーリングは楽しい、こう何となく人がいないところを走りながら雑談する事は、なんとも言えないワクワクとしたものがある。
しかし、かれこれ1時間くらいは走ったよな。
そろそろ何か食べようかな……、朝は吐瀉物のせいで食欲失せちゃったし。
すると、いいタイミングでお土産処があった。
伊豆オレンヂセンターと書いてある。
ちょうどいい、少しオレンジジュースでものんでいこうかな。
「笛吹さん、あそこ寄っていきませんか?」
「おおーいいよー。」
俺たちは駐車場にバイクを止めて店に入る。
名物はウルトラオレンジジュースというものでハチミツがたくさん入っていて、3年は長生きできると書いてある。
「これ飲みましょ、笛吹さんの寿命が伸びそうですし。」
「いや、どういう風の吹き回しだよ〜。」
俺たちはオレンジジュースを飲む。
オレンジを皮ごとミキサーで撹拌したような……皮の香りとつぶつぶした食感が新鮮でとても美味しい。
蜂蜜もほんのりと舌の上でかんじてかなり健康的な美味しさだった。
「うまいっすね!これ!」
「うん!あ〜なんか二日酔いに聞くわ〜これ〜。」
「二日酔いじゃない日ってあるんですか?」
ちょっと意地悪な質問をすると彼女は考えてこんでしまった。
え、そんなに深刻な質問したかな?
「……二日酔いじゃない日……無いかも……。」
「たまには休肝日設けましょ。俺が管理してあげるんで。」
「もう〜れんれんは主導権を握りたがるSなんだから……ドキドキしちゃう。」
「公衆の面前で変なこと言わないでください!延命措置です!」
危ない、彼女は平気で下ネタを言う人だった。
これ以上は醜態を晒す訳には行かない。
「さて、そろそろ行きますよ!」
「……もう行くの?あそこにワインが……。」
「たまには健全に動物園とか行きましょ!」
「……うう、れんれん鬼畜だよ……。」
彼女は名残惜しそうに腰を上げて、再びバイクを走らせる。
全く、彼女はいつも通りである。
手がかかるけど、俺が着いてあげなきゃ行けないのかもしれない。




