隣のグビ姉は小説家 10話
ここは龍宮窟。
伊豆の南東に位置するジオスポットの1つであり、
洞窟の天井が崩壊して、吹き抜けの洞窟ができたものである。
そこは遊歩道から上を見ることも、上から下を見ることも出来るのだ。
「どうっすかー!笛吹さーん!」
「わぁ〜れんれんがちっちゃーい!」
「小学生みたいな感想ですね!?」
笛吹さんは上から写真を撮って、俺は下からの写真を撮るという取材らしい取材をしていた。
しかし、下からだと陽光が波のように揺らいでいてとても美しい。
伊豆は山と海などの自然が1箇所に凝縮していて、日本の縮図みたいだった。
しばらくして俺たちは合流し、写真を見せ合う。
その違いも楽しもうと言うのだ。
「れんれん、写真上手だね〜!どこを見せたいのかがハッキリわかるよ!」
「へへん!これでもいくつもの陽キャの写真を取り続けた二軍ですので!」
「そか〜。」
「もっと興味持って!?」
俺は次に笛吹さんの写真を見てみる。
すると、余りの下手くそさに唖然としてしまう。
「写真……ブレててピント合ってないですね……。」
「ふえ?そー?」
はっきり映るのは、洞窟の上から見た吹き抜けがハートマークだということくらいだった。
「笛吹さん、世界が歪んで見えてるんじゃないですか?」
「なに〜?酔ってるだけだし〜!」
「んー、それ以前の問題だったかも……。」
しかし、この写真よく見ると面白い、ブレているけどそれが余計なものをぼんやりとさせることでどこを見せたいかははっきり見える。下手にも光るものがあるからこそ彼女は天才なんだろう。
「上からとか下からみるとか、ひとつのものなのに見え方でこんなにも違うのは面白いですね。この視点の違いとか、まるで俺たちの関係みたいですね。」
「そういうもんさ〜、わたしも恥の多い人生だった。」
「唐突の太宰治の人間失格やめてくださいよ。でも……太宰治と笛吹さんって似てますよね!酒が好きだったり住むところなくなったり……それでも文章を書き続けて……寄せてるとかじゃないですもんね?」
「私は私のままを生きてるのよ〜、この洞窟のように崩れても吹き抜けててもありのままを生きてるんだよ!」
この人は本当にたまに言葉に美しい表現をする。
それは、彼女の文学への愛そのものであり、彼女の人生の深みを増していく。
俺は、徐々にこの人に惹かれてるのかもしれない。
破天荒ながらもこの筋の通った考え方が日を増す事にどこか愛おしくさえ感じる。
「それに……私は太宰治にはならないよ、だってあの人最初は家族の幸せとか色々持ってたのに薬に塗れて色んなものを崩壊させながら文学と歩んで行ったのが太宰治なんだよ。私はね、明確に違うんだよ〜れんれん。」
「え?」
「私は……確かに太宰治と似てるかもしれないけど、壊さずに守って幸せに生きるんだ。だって……施設育ちで何も無いこんな私でも笑顔で接してくれてる人がいるんだもん。だったら逆張りで君も幸せにしながら生きてみせるよ。……恥の多い人生ではなく、幸の多い人生だったと遺書を書いてやる!」
笛吹さんは、たまにめちゃくちゃかっこいいことを言う。確かに、笛吹さんという天才を他の人で測るのは失礼だったか。
「付き合いますよ、どこまでも。」
「えへへ〜可愛いヤツめ〜。」
「さて、次は下田バーガー食べに行きますよ。」
「何それ!行く行く〜!」
☆☆
龍宮窟を出たあとはさらに東にバイクを走らせて、俺たちは下田バーガーというものを食べに来た。
どうやら、直輝のオススメらしい。
注文して出されたものを見ると、金目鯛のフライにカマンベールチーズが乗っており、それをバンズで挟んだものだった。
ひとくち食べる。
「うまっ!?なんだこれ!」
「おいしいね〜。」
衣にソースが絡んでおり、金目鯛の身はフワフワとしていながらも魚としてはあっさりしていて食欲をそそった。
なによりもチーズとソースが魚の美味しさを引き立てている。
「これ、美味いっすね〜直輝がオススメするわけだ!」
「れんれん、いつも直輝って人の話しするね!どんな人なの?」
「あ〜……えっと……中学から知り合った友達です。」
「ふ〜ん?なんか、君がこだわるのだから何か面白い特徴でもありそ〜。」
「え!?いやいや……そんなこと。」
笛吹さんのことは心から信頼している。
無条件に俺は彼女を承認している。
しかし、もう手遅れかもしれないけど遥香さんがAV女優だったこととか、そういうことは無闇矢鱈に言うもんではないと思っている。
「まあいいや!また、機会があったらその直輝君って子にも会ってみたいし。」
「あいつはめちゃくちゃ良い奴ですよ!一見ドライに見えますけど、人の本質とかを語ったりするの好きなんでどうにもあいつと一緒にいると飽きないんですよ。」
「へぇ〜、なんか……私みたいだね〜。」
「ですね!表面上の会話とか苦手なんで相性いいかもしれないですね!」
「いいじゃん!次の小説の主人公にしよ〜かな〜。」
「そ……それは……どう……でしょう……。」
「む〜、また目〜逸らしてる〜。」
流石に小説として語られるのはちょっと気が引ける。
考えてみてくれ、「僕のお母さんはAV女優。」なんて小説が出たらもう目も当てられない。
やつの物語はやましいこともなく成長して頑張っているのだから。
そんな事を話していたら、俺たちは下田バーガーを平らげていた。
どうにも直輝の事になると熱くなってしまうな。
その後、俺たちは爪木崎というジオスポットで鉛筆のような磯をみたあと、まどが浜海優公園に着いた。
ここには黒船があり、夕方の景色と合わさって赤い海へと変貌していた。
とても……綺麗だった。
人気はもうほとんど無くなって、俺と笛吹さんだけになったようだった。
あと一日で、この度も終わりになってしまう。
なんて幸せで儚い時間なのだろうと感じる。
「笛吹さん……。」
「な〜に〜?」
「良かったら……俺の過去話してもいいですか?」
俺は、この現代版の太宰治と一緒に自分の嫌いな過去に向き合うことにした。
後ろに見える黒船で自分という鎖国を開国するように。




