隣のグビ姉は小説家 5話
今日は帰り道だった。
遥香さんと話せてよかった。
正直、あんなに素敵な母親を持つ直輝が羨ましいなと思う。
優しくて、芯があって覚悟がある……あんなに素敵な女性はいないと思う。
そんな中、俺の孤独の帰路は笛吹さんによって少し賑やかになったので……そうだ、今日はゆっくり湯船に浸かってもらおう!
入浴剤を購入して、彼女と向き合う事にしよう。
そんな、ポジディブな感情は一瞬で崩壊するのだった。
「うえええ〜!」
「なんだ……この部屋。」
いつもは片付いている俺の部屋は、一日でゴミ屋敷になり、俺の布団で笛吹さんは泣き崩れていた。
「笛吹……さん?どうしたんですか?」
「れんれん!帰ってたのか!実はさ〜やっと携帯の支払いができて携帯繋がったら編集長に怒鳴られたのよ〜、連絡しろ!って……。」
「至極真っ当なお叱りだと思うんですけど。」
「しかもさ〜新作出せ〜新作出せ〜ってうるさいんだよ〜、1年間ボツ出しまくったくせに売れたら、わたしはお前の成長を見越したからチャンスを上げたんだとかさ〜舐めてるよ〜!」
「普通に恩人じゃないですか!デビューの為に笛吹さんに下積み期間を設けて育ててませんか?」
なんというか……この人はたくさんの人に支えられて今があるのだと改めて実感をする。
しかも、彼女は酒に溺れて小説をサボってるからこれは書かせるべきだろう。
愛しい一人暮らし復活のために。
「んだよ〜れんれんも編集長の肩をもつのかよ〜。」
「それより……なんなんすかこの部屋。散らかってるし……あれ、俺の布団にティッシュがクシャクシャであるんですけど……あれって。」
「あはは〜お酒飲んだり、イライラするとさ〜……ね?わかるじゃん?」
「わからねえよ!生々しいよ!」
やめて欲しい、人の布団で致すとか衛生的に嫌すぎる。なんてことをしてくれるんだろう……今日はこの布団で寝られないじゃないか。
「……じゃあ、お姉さんの欲求はれんれんで発散しようかな〜なんて。」
「……やめてください、俺の童貞は大事な時のために取っておくんで。」
「え〜脱げよ〜。」
「通報しますよ!?」
まずい、この人貞操概念もめちゃくちゃである。
この人にだけは童貞は奪われたくない。
ファーストキスはタバコと酒の味ってのもなんか嫌だ。
「んだよ〜絶世の美女といやらしい事とか千載一遇のチャンスだぞ?」
「はいはい……それより、小説は書くんですか?」
「んー、二日酔いだしな〜どうしよう〜。」
「映画はどうするんです?」
「完全に委託〜、だって著作権は作るクリエイターにもあるからね〜。」
「あの天使の繊細な描写をかける人だとは到底思えない……。」
「だから〜あれはホームレスのおっさ……。」
「やめてー!まじで!」
本当にあれホームレスのおっさんなのだろうか?
能力をうしなって追放されて、それでも人のために自己犠牲に働きつつ、貢献を第1とする残り少ない限られた時間を生きる天使って描写なんですけど。
「……あれ?れんれんどっか出かけるの?」
「伊豆!伊豆に行きましょう!前の居酒屋のおじさんから小説のヒント貰ったんでしょ?」
「おおー!面白そうじゃん!お姉さんとの伊豆デートだって!あ、でもお姉さんピル飲んでないから妊娠しちゃうかも。」
「何もしませんからね!」
俺と笛吹さんは出かける準備をする。
幸い……貯蓄はあるので2泊3日は出来そうだった。
見る限り笛吹さんはお金の収支を管理しきれてないだけなのでお金が無いということも無さそうだ。
たまには、こういう旅行も悪くないよな。
俺は、直輝にしばらく遊べないとLINEを送りつつ……外を出る。
実は……俺には秘密兵器があった。
「え?れんれんバイク乗れるの?」
「普通二輪は実は16歳から取れるのですよ。ちなみにバイクは親父の形見です。」
「形……見……?」
「これなら2人乗りは可能です。100ccは余裕で超えてるので大丈夫です。これで伊豆まで行ってみましょう。」
「って事は……後ろで酒飲んでも飲酒運転にならないのか……。」
俺たちは、近くのお店で笛吹さん用のヘルメットを購入した。
「えへへ〜これいいじゃん!」
「でしょう!まずは……この246道路を通って三島まで行きましょう!」
俺たちはエンジンを吹かし道を走る。
夏に差しかかる夜風は一段と気持ちが良かった。
「……ねえ、れんれんってさ……親……いないの……?」
「え?なんですって?」
エンジンと風の音で聞こえなかった。
とにかく、宿を予約しつつ目的地を目指そう。
俺たちの執筆の活動はこれから始まる。




