隣のグビ姉は小説家 3話
ピンポーン
鳴らし慣れたインターホンを押す。
ここは天野家、俺のサードプレイスと言っても過言ではない場所だ。
中学から仲良くなった天野直輝の家である。
俺はこの家が好きだ。
直輝はすげ〜良い奴である。
なんというか、大人びていて他の奴と比べて俺の本質を見ているところがなんとも面白い。
そして・・・
「遥香さーん!お久しぶりです!」
俺にとっての女神である天野遥香さんがいる。
彼女は健康的な褐色肌と豊満なボディをしており、巷でも評判の美人である。
正直、直輝が羨ましいほど綺麗な方である。
そして、この人は過去にめっちゃ売れっ子のAV女優の過去がある。
「あら!飯田くんじゃない!」
「…あれ、直輝は?」
「直輝ね〜、舞衣ちゃんに埋め合わせデートだとかいってさっき出ちゃったわよ。」
「あ、そうなんすね…。」
そういえば直輝と舞衣は付き合ってるんだった。
そして、直輝は彩奈にも好かれているため誤解されてまた舞衣に怒られたりでもしたのだろう。
「良かったらお茶してく?」
「え?いいんですか?」
「たまには飯田君とも話してみたいもの!」
なんと!遥香さんと2人っきりになれるとはなんと幸運なのだろう。
昨日は笛吹さんに振り回されてたから、なおご褒美な気がする。
しばらくすると、遥香さんはシフォンケーキを出した。
アールグレイの紅茶の香りがするシフォンケーキである。生クリームも甘すぎない程度の仕上がりになっており柔らかいケーキと相まってとても美味しかった。
「うま!こんなの毎日食える直輝って贅沢ですね!」
「そう言ってくれると嬉しいわ!直輝はいつも…うん、まあまあとかいうのよ。」
「なんてやつだ!今度叱っておきます!」
「そーして!うふふ。」
し…幸せだ…。
こんな時間がずっと続けばいいのに。
「ねぇ…飯田くん?」
「はい?」
「クリーム…着いてるよ?」
すると、遥香さんは俺の口に指を当ててクリームを取り、そのまま舐めとってしまった。
なんだこれ…AVの撮影?
やめろ!こんなことしちまったら興奮していつの間に俺が直輝のパパになっちまう!
「もう!お茶目ね!」
「…はい。」
「にしても…飯田くんちょっと疲れてる?」
「な!」
流石は遥香さんと言うべきなのだろうか。
彼女は本当に鋭い、直輝も手を焼くほどと聞いていたが人目で俺の状況を悟ることが出来るのだ。
「…実は最近居候が出来たんですよ。」
「居候?社交的な飯田くんが疲れるんだから、もしかして破天荒な女性だったりする?」
「そう!そうなんです!笛吹さんっていうんですよ。」
なんという事だろう。
遥香さんと話すと自然と全てがポロポロと出てしまう。
俺はこの人が好きだ。この落ち着く雰囲気と艶かしい色気が絶妙に調和されているところがとても魅力的に感じてしまうのだ。
「どんな人なの?」
「なんというか…家賃滞納されてアパート追い出されたり、酒とタバコに溺れていて…無防備で小説家なんですよ。なんか、売れてる小説なのにどうにも社交的能力がないみたいでチャンスを逃していて…。」
「めちゃくちゃ情報量多いわね…。私も人の事言えないけど。」
「そういえば、遥香さんも売れっ子のAV女優でしたもんね。」
しまった、面と向かってノンデリケートな発言をしてしまった。
「まあ、事実よ。否定はしないもの。なんか、その人太宰治みたいね!」
「太宰治?走れメロスとかの?」
「そう!私も元々直輝の父親だった人から沢山本読まされたから、その人の遺書である人間失格も見た事あるんだけど…似てるのよ。」
「太宰治も酒が好きでだらしない生活してたんですか?」
「そうね、薬物にも手を出して女にも手を出すどうしようも無い人だった。」
本当だ、男版笛吹さんである。
そして、太宰文学は少し読んだことあるのだが、尖っていながらも引き込まれるような文章となっているのだ。
「じゃあ、彼女は太宰治の生まれ変わりなのかもしれないですね。」
「流石にそれは言い過ぎかもしれないけどね。」
遥香さんは中卒という経歴でありながら実はめちゃくちゃ頭がいい。
なんかGoogleの資格も取れちゃうくらいには頭がいいのだ。読書して…こんなにも鮮明に覚えてるのだからきっと記憶力もいいのだろう。
「飯田くんはその人のことは放っておかないのね?」
「そういえば…確かに俺は彼女を見捨ててはいません。」
「飯田くんは…どうしたい?この話は多分そこ次第だと思うわよ。」
笛吹さんをどうしたいか…確かに切り捨てることはできる。
だって助ける義理も義務も無いわけだ。
彼女はその気になればホームレスになってでも小説を書いて生きていけるだろう。
それに笛吹さんは美人だ、顔だけで食っていける。
しかし、どうしたいかでいうと…答えは一つだ。
「なんか、放っておけないです。」
「どうして?」
「彼女を今捨てると寝付きが悪くなりそうだからです。」
「うん!それが答えね!十分よ。」
「そんなんでいいんですか?」
「うん、人生の動機なんてそんなもんよ。わたしはそれでAV女王になったもの。」
そうか、考えすぎも良くないのか。
時には直感も正解にたどり着くことが出来るという証明をこの人は実体験で掴んでるからこそのこの言葉である。
「俺、ちょっと頑張って笛吹さんと向き合ってみます。」
「その調子!わたしはいつでも相談に乗るからね。」
「俺、遥香さんのこともっと好きになりました。」
「あはは…それはダメ。わたしはもう生涯誰も好きにならないって決めたもの。」
ぐうう…手厳しい。
これが大人の余裕というものなのだろう。
まあいい、さて…帰るとするか。
これから始まる物語のために。




