私の過去はAV女優 10話
「ディレクター……私やめます。」
私はいつもの人に辞めると言った。
彼にとっては何度目の辞めるだろうかと思ったけど……今回は表情が違った私を見て何かを察したみたいだった。
「なんか、今日の遥香ちゃんはいつもよりキリッとしてるね……本気かい?」
「もちろんです。」
ディレクターはため息をついた。
それはそうである、私は個人として独立することも出来たけど……この事務所に属して売上を1番出していたのだ。
つまり、わたしが辞めることで会社が傾いてしまうのも覚悟の上だった。
「少し……屋上に行こうか。」
「はい。」
私は……ディレクターといつもの屋上で缶コーヒーを飲んでビルのすきま風を強く受けていた。
「もう……AVに触れて何年目だっけ?」
「えーっと……7年だったかと思います。」
自分で言って……ああ、もう7年もたったのか……そりゃあ直輝も大きくなるよねとはっとする。
「最初は……とにかくガムシャラに打ち込んでたよね。」
「そうですね、演技力上げたくて……一緒に作品を探したこともありました。」
「具合悪くても……それでも乗り切った時は2人で大笑いもしたねえ。」
「はい、あの時はホントしんどくて……終わったあと気絶するかのように寝てました。」
少し、ディレクターと思い出話をする。
色んなことがあったな……と思いっきりやってたことが脳裏をよぎってとにかく、とにかく涙が出てきた。
「うう……あれ、なんでだろう……どうして涙がでて……来るんでしょう……すみません、すみません。」
「きっと……それだけ遥香ちゃんが本気でやってきた証拠なんだろう……すごく楽しかったんだろうね。」
私は……ここに来てどうにもこの場所が好きだったんだと思い出して……そこからは泣き崩れてしまった。
でも……残り少ない時間でも直輝が大きくなるまでは一緒に居てあげないといけない。
そう誓ったのだから……自分の覚悟に嘘をつくことは自分自身が許さなかった。
「遥香ちゃん……そうと決まったら、最後の作品を作ろう。僕らも君に頼りきっていた……そろそろ若手も育てないとだからね。」
私は、辞めることがこの瞬間から正式に決定していた。
☆☆
最後の撮影は……ファンとの共同出演というものだった
あれから、私は豊胸もしたし、部分的にだけど整形もしていた。
すごく疲れた撮影だったけど……私のために沢山のファンがいたことをこの時初めて知った。
私のために……泣いてくれた人もいた。
こうして、私はAV女優というものを辞めた。
橘遥香は長年親しまれたAVの女王ということで幕を閉じて……この日から改めて天野遥香へと戻ったのだ。
「ただいま……。」
「お母さん、おかえり!」
「直輝……!」
直輝は10歳になっていた。
もう小学生の中学年にもなる。
直輝はゲームが好きなのでとにかく大人しくていい子だった。
しかし、きっと今日もいじめを受けて来たのだろう
直輝はちょっとずつだけど……学校に行くのを拒んだのだ。
「ねえ、直輝?学校……違うところにしない?」
「え。」
「私もね……ずっとやってきた仕事今日で終わりだったんだ。2人で再スタートってことでもう一度頑張らない?」
直輝は……少し考えた。
こう、何考えてるかパッと見で分からないところは直人くんそっくりだなと思うような年齢になっていた。
そしたら、直輝はニコッとわらった。
「うん、楽しそう!」
それから……直輝も私も苦労続きだった。
私は貯金は億はあったのでずっと家にいながら高卒の通信教育を受けてたし、直輝は……次の学校でも馴染めることが出来なくて、少し辛そうであった。
でも、直輝は初めて友達ができた。
飯田蓮君という子が私の家に頻繁に来るようになったのだ。
「おじゃましまーす!」
「あら、飯田くんまた来たの?」
「もちろん!遥香さんがいますからね〜。」
ちょっと視線が顔ではなく胸を見ている気がするが年頃の男の子なので可愛いものである。
「直輝ー!今日スパーキングメテオ持ってきたから一緒にやろうぜ!」
「メテオか〜、いいけどブウ使うの禁止ね。」
「なんで?」
「いや、あれ試合にならないでしょ、必殺技打ってれば勝てるんだから。」
「なら、対抗策考えろよ〜。」
如何にも男の子らしい会話である。
私は、少しの家族の変化さえも愛おしく感じた。
☆☆
私は、マリのコスプレを畳んで自分の作ったカレーを頬張る。
美味しい……最初は料理下手くそだったけど、家族のために費やした数年がここまで私の料理の腕上げていた。
なんか、直輝が私の過去を知って色々あったけど……やっぱり私の人生に後悔なんてなかったな。
色々辛いこともあったけど、辛いことがあるからこその幸せというのは素晴らしいものであった。
それはこれからも続いていくのだろう。
愛しい我が息子と共に。
「母ちゃん。」
ふと、直輝がリビングに入ってきた。
私のカレーを残さず食べて、食器を洗いに来たのだ。
「あ、マリは辞めたんだね。」
「うわキツとか言われそうだからね〜。」
「いや、実際キツイって。」
「酷い!まだ32歳なのに!」
少しは美容に気を使ってるのでキツイって言われるのはなかなかショックである。
しかし、直輝はガチャガチャと皿を洗いながら話を続けた。
「なあ、母ちゃん……カレーうまかった。」
「そう、ありがとう。」
「あとさ、いつも……家事とかしてくれてありがとうな。俺……まだ母ちゃんのことよく理解してるつもりは無いけどさ、俺は母ちゃんの子どもでよかったよ。それだけ……。」
直輝は、皿を洗い終えるとまた自室に戻ろうとしていた。
咄嗟に私は彼をとめてしまう。
「待って!」
「ん?どうしたよ……かあちゃ……え?」
あまりにも嬉しい言葉に、私は息子を抱きしめてしまった。私も……この子の母親でよかった。
私は、直輝と離れて笑顔で一言今日の息子に別れを告げた。
「おやすみ!明日も頑張ってね!」
「あはは……うるせえよ。」
家族に正解は無い、これも一つの家族の形である。
それでいい……それだけで幸せなのだから。




