月下に灯るメイド長 2話
ふぅ……。
私は1人静かにタバコを吸いながら悩んでいた。
本当にお店を開きたいのかどうか、他にも私がやるということにはそれに対して責任が産まれてしまう。
他人に乗せられたからやる、なんてもう言ってはいられないのだ。
気がついたらいつものレンタルキッチンでタバコを1箱吸いきってしまっていた。
「あはは……珍しく悩んでますね。」
「……あきらさん。」
この人はレンタルキッチンのオーナー、尾崎あきらさん。
2個下の青年でイタリアンをずっとやっている。
気さくな性格でたまにこうして話をきいてもらっている。(あとイケメン。)
「ほら、僕からの奢りです!できたてのティラミスですよ!」
「……ほんと、いつもありがとうございます。」
私はタバコを吸うのをやめて、ティラミスを口にする。
すると、マスカルポーネチーズのなめらかな食感が口の中でとろけて、ほのかにエスプレッソの味が絡んで手作りのティラミスのクオリティに驚いてしまった。
「……美味しいです。多分、人生で食べたティラミスの中で一番。」
「えー、褒めすぎですよ!あはは。」
そういって、不器用な青年は笑顔が隠しきれずニコニコ笑っている。
こういった表情に時折かわいいなと感じてしまう。
「これ、今作ったんです。」
「え!?切り分けたんじゃないんですか!?」
確かにビスキュイがエスプレッソを吸き切ってなかったり、少しだけいつもに比べて安定しないからか少し垂れてる感じがした。
「めちゃくちゃ苦労しましたよ。なんせ、こうして組み立てるのがそもそも難しいんですから。」
「……相変わらず努力することがお好きなんですね。」
「AIとかでレシピ分析してもらったら、そもそも水分量が多すぎて組み立てるのは難しいと言われました!」
「……でもきちんと出来てますね。」
あきらさんはこうして料理のレシピを考えていた。
それもこういうのがあったらいいなと何度も失敗を重ねて作り上げるのだから、その探求の末に作り上げたこの料理が私は大好きだった。
「ふふん!色々工夫しました。例えば卵を限界まで立ててみたり、マスカルポーネと生クリームの温度管理とか……工夫をとにかく凝らしてみたんです!そしたらこれが出来たわけなんですね!」
その一言で私はハッとした。
できるできないなんかで考えてはいけない。
やるかやらないかで決めなければあきらさんはこんな美味しいティラミスにたどり着くことは出来なかった。
「ことねさんは、今の仕事は好きですか?」
「……うん、好き。大好き。」
私は思い出した。
何故こんなアラサーにもなってメイド喫茶にこだわるのか。
それはこの仕事が大好きだったからだ。
今まで、親の愛を知らないで施設に育って、何者でもなかった私がメイド服を着て、誰かに愛を振りまくことでようやく何かになれたことがとにかく楽しかった。
それを知ってもらいたい。
私なりのやり方で私の愛した世界を盛り上げたい。
「……あきらさん、私決心が着きました。私、メイド喫茶やります。もう迷いません、貴方が苦労してこの素晴らしいティラミスを作り上げたように、私も自分なりのメイド喫茶を作り上げたいと思います。」
「うん、ことねさんらしい顔になった。やっぱ僕はかっこいいことねさんが1番好きです。」
そう言われ少しだけ心臓がとくんとする感じがする。
相変わらず卑怯だと思った。
彼と話す時はメイドでもない、かと言って氷のように自分をとざす神宮寺ことねでもない、第3の知らない私が彼を欲している感覚があったのだから。
「……あきらさん、レンタルキッチンとか諸々でお世話になって申し訳ないんですけど、これからも時折力を貸してくれませんか?私、一人でやっていくつもりではあるんですけど……。」
今までは人を頼るなんてなかった。
37.5℃の熱を出してもマスクをして働いたし、先輩メイドにいじめられた時は自分を幽体離脱させて操るようにする術を覚えた。
でも、ここ最近で私の心を動かしてくれた彼に頼るという事を覚えた。
仕事でも助けてもらい、さらにはこうして相談に乗ってもらう事も知ったけど不思議と私は今までの私よりも強くなれた気がしたから、私には彼が必要だった。
「もちろん、僕で良ければ!」
「……ありがとう。」
私は彼を抱きしめる。
それに対してあきらさんはあわわ……なんて少し戸惑う。やっぱり少し女慣れしてないところが可愛いと感じてしまった。
それでも、手を震わせ緊張しながらも彼も私を受け入れてくれて私は安心しきっていた。
考えることはいっぱいあるけど、今は頭が疲れてるのでまた明日考えよう。
やるという気持ちだけ固まった。
それでいい、それだけでも大きな収穫なのだから。
人気のないレストランは静かに時間が過ぎ去っていき、ティラミスはゆっくりと崩れていった。
まるで無理やり固めようとしていた私の気持ちがゆっくりと暖房で暖められていくように。




