僕のクラスメイトは托卵女子 16話
俺は、名実ともに舞衣さんの彼氏になった。
これも初めての経験である。
こういう時、どう振る舞うかはまだ分からないけど……彼女という学問をある程度収めた僕ならわかる。
きっと自然体がいいのだ。
お互い歩幅を合わして歩いていく。
「そういえば、あの日から少しづつだけど彩奈ちゃんとの関係も戻ってきたよ!」
「彩奈……川崎さんか、あんなことをされたのに舞衣さんは心が広いね。」
「まあね、ショックだったけど……あれからいい方向に進んでる気がする。」
俺たちはまだお店の並ぶ島にいた。
お店が並んでいて……、人もまだ沢山いてお祭りのようだった。そして、彼女はあるお店で足を止める。
「ねえ、これよくない?」
彼女が指差すお店は、鼻緒と下の部分のカラーを選べるビーサンのお店だった。
確かに、思い出の品としてももってこいだった。
俺はニューバランスのスニーカーだし、舞衣さんもスニーカーなのだが、先程の岬で随分濡れてしまったのでとても気持ちが悪かった。
なので別の履物がお互い欲しいのと、思い出の品はひとつも買ってなかったことを思い出した。
「行ってみようか。」
「うん!」
沢山並んでいる……20色以上のバリエーションがあって悩む。ちなみに俺は適当に決めてしまいそうだったのだが、彼女がひとつの提案をする。
「ねえ、お互いの色を決めない?」
「おお、そうだね……面白そう。」
俺と彼女はお互い完成するまでは見せないルールにして、5分程悩んだ末にお互いのビーサンが完成した。
俺は、ターコイズブルーとイエローのカラーリングにした。
大らかな彼女は海のような青が似合っていたけど、明るいところも素敵なので黄色をチョイスしてみた。
「えー!めっちゃ可愛い……絶対大事にするね!じゃあ私からも……はい!」
俺に渡されたビーサンは藍色のような……紺のような色とオレンジの組み合わせだった。
「おお、なんか……凄く俺っぽいカラーかも。」
「そう言うと思った!直輝くん普段は落ち着いてるけど……時折情熱的なところがかっこいいから、これにしちゃった。」
また、心臓がとくん、と音がするのを感じた。
ああ、なんて素敵なのだろう……俺はリア充はとにかく嫌いだった。目先さえ良ければいいと思ってディズニーの被り物をしたりペアルックとかするカップルは愚の骨頂だとさえ思っていた。
違う……そうじゃない、こうやってお互い感動するものを共有すること自体に意味があるのだとこの時強く感じた。
お互いチョイスされたビーサンを履いて俺たちは人混みの中を歩いていく。
少し履き心地は悪い、ゴムがまだ体に馴染んでないからだろう……しかし、それはそこまで気にならなかった。
夕日が落ちかけた江ノ島の砂浜は、少し薄暗くて……昼間にいた人混みは随分と閑散としていた。
人の少ない自然はなんとも美しいものだと眺めていると、彼女もその様子に気がつく。
「ねえ、行きでは気が付かなかったけど……海行ってみようよ!」
「うん、いってみたい。」
いつもは捻くれてる自分が……こんなにも素直に子どものように浜辺ではしゃぐのは、実に数年ぶりだった。
いや、母ちゃんがAV頑張ってた時期に俺はひとりぼっちだったから、実を言うとほとんど経験がなかった。
これが、生きるってことなんだと強く思った。
そんな感嘆に浸っていた俺に水がかかる。
「しょっぱ!」
「えへへ〜、どうだ!」
「やったな〜!」
お互い水をかけあって……、俺も舞衣さんも最初の装いを忘れてはしゃいでしまった。
そして、時刻は気がついたら8時をすぎてしまった。
ずぶ濡れの服は砂の乾燥で乾いていったのでギリギリ俺たちは片瀬江ノ島駅まで辿り着くことが出来た。
そして、俺たちは特急のロマンスカーに乗って新宿を目指す。
座ってる乗客はほとんど居なかったため……ほとんど貸切のようなものだった。
ガタンゴトン……と少しづつ見慣れた景色になっていく。
「ねえ……直輝。」
不意に舞衣さんが俺に話しかける。
遊び疲れたのか、少し眠そうだった。
「また、手を握ってくれる?」
「いいよ。」
俺は彼女の手を握り……電車に揺られて眠りにつく。
気がついたら俺も……眠ってしまっていた。
☆☆
俺たちは終点の新宿まで着いて、初めて学校以外であったあのスタバの近くのベンチに座り、最後の時間を惜しんでいた。
なんて、楽しい日だったのだろう。
しかし、それも終わりになる。
残りのゴールデンウィークは、彼女は仕事三昧なので俺はまた惰性の毎日になるだろう。
すると、舞衣さんがふと……俺の方を向いた。
「今日は……ありがとう。」
「こちらこそ、なんか人生で指3本に入るくらいいい日だった。」
「え、3本?」
あ、ミスった。どうにももったいぶって失言してしまうくせは治した方がいいと思い、1度咳払いをして言い直す。
「うそ、1番いい日だった。」
「よかった!ねえ、最後に……ハグしてもいい?」
「え?ええ!?」
彼女の大胆な発言に頭が沸騰しそうになる。
ま……まあ、確かに今日手を繋いでいたし?
彼氏彼女なのだからそれくらいはしなきゃ不自然だよな?
あれ、あのギャルゲーだとどう返したっけ?などとうろたえてるうちに彼女の実像がドアップになっていく。
そして、俺たちは夜の中抱き合った。
不思議とハグというのは落ち着くようにできているのだとこの時ばかりは関心をする。
猿の毛繕いもグルーミングといってこの時にはドーパミンだか、セロトニンだかの幸せ成分が出ると言われてるのだが、人間もきっとハグをすると分泌するのだろう。
落ち着きと……彼女の甘い匂いで頭がクラクラしそうだった。このまま……何処か遠い世界に行ってしまいそうだった。
そして、お互い離れていく。
少し、彼女の体温を惜しむのだが……それをグッと我慢をする。
彼女は……笑っていた。
「また、ゴールデンウィーク明けにね。」
「うん。」
俺は彼女と改札まで歩いてから解散をした。
僕と彼女はまだ距離がある。
ゆっくりでいい、無理に詰めるのも良くない。
俺の素敵な一日は、これで終わりを迎えようとしていた。
☆☆
家が近づくにつれ……安心感と睡魔が押し寄せてくる。
きっと慣れてる道で安全な領域に入ったと脳が認識してるのだろう。
そして、我が家が見えてくる。
ああ、やっと着いた。
旅行とは帰ってくる家の素敵さを求めてるのかもしれないとこの時ばかりはつよく感じる。
母ちゃん何してるかな……ご飯作ってくれてるのかな。
そんなことを感じて、俺は家のドアをあけた。
「ただいまー。」
珍しく返事がなかったので不審がった俺は、直ぐにリビングに駆け出した。
どうしたんだろう、母ちゃん……。
すると、リビングに母ちゃんが居た。
「きゃあ!ちょ……ちょっと!ノックぐらいしてよ!」
何故か、母ちゃんは焦っていた。
それはそうである……某汎用型人造人間のパイロットのピンクのパッツンの服を着ていて、髪を二つ結びにしていて、赤渕のメガネの……コスプレをしている母ちゃんが居た。
「なに……して……るの……!」
「あ、今日帰ってこないかな〜とおもって……マリのコスプレを……あはは。」
似合ってないこともないのだが、母親がコスプレをするといううわキツなシチュエーションに俺はフルフル震えていた。
「オタサーのママ……的な?」
「うるせえええええええええええ!」
帰ってきて、この母ちゃんのカオスさも……日常に戻ったというのを強調していた。
俺の一日は、怒号で終わりを告げる。




