松本みなみの婚活日記 14話
再び私は最寄りの駅のバーの入口前に立つ。
少しだけ電車に揺られて規則正しいリズムに揺られたせいか妙に落ち着いていた。
ぶっちゃけ、私の心はもう結婚は諦めかけていたのと、それでいてなぜ私はここに来たのだろうと深いため息をついていた。
どうしよう、面倒くさくなってきた……断りの連絡をしてひたすら犬の動画でも見てようかしらなんて思ってさえいる。大丈夫、私だって社会人だ。調子が悪い時くらい休んでも……。
「……松本さん?」
「ぎゃああああ!?」
「うわあああ!!」
突然の私の悲鳴に吉良さんもびっくりしてしまった。
相変わらず落ち着いてはいるものの、弱々しい。
「……大丈夫ですか?」
「お気になさらず、少し考え事をしていたもので。」
「ならよかった!この前のお礼なんでお酒奢りますよ!」
吉良さんは最初会った時に比べて満面の笑みで話しかけてくれている。
そういえば、マッチングアプリで会った男とか一回会ってブロックされてることが多かった。
この男ともあの晩だけの男とさえ思ってたなと思い私は彼の奢りのハイボールを飲み干す。
「ぷはー!」
「いいね、みなみちゃんいい飲みっぷりだよ!」
相変わらずこのバーは客がいないから妙にあっとほーむな感じがある。
暗いし、ジャズの音が妙に心を落ち着かせる。
久しぶりの酒はいい。
ストレス感じてないと思い込んでいたけど心の中のドロっとしたものが気づかないうちに溜まっていたことに気がついていた。
それをいとも簡単に吐き出させてくれる。
「今日はじゃんじゃん飲んでください!」
「いや、なんかパパ活みたいで嫌なんで割り勘にしますよ。」
「え……パパ……?」
いかん、酔った勢いで変なこと言ってしまった。
バーテンはニコニコしてるけど、吉良さんは少しショックな顔をしていた。
「パパ活なんてやったことないからね!?普通に婚活とかしてるだけだから!」
「あ〜よかった。俺はてっきり、みなみちゃんがおじさんに聖水でも売ってるものかと……。」
「バーテンさん?ちょっといい……?」
「んー?なんだい?俺の顔でもじっくり見たいのかな?」
手招きしてバーテンさんは顔をちかづける。
私は、この失礼な男を思いっきりビンタした。
パァン!と店内に弾けるような音が響き渡る。
「いってえええええ!なにすんのよ!」
「いや、お前それは殴られるぞ普通は。」
「なんだよ!吉良っちまで!」
「……次は無いわよ。」
「わ、わかった。悪かったよ。」
このバーテンは失礼なだけで基本的に悪意がないのがよりタチの悪さを際立たせていた。
でも流石に2回目に会った女に聖水を売ってるなんて言うかと思ったけど、どうやらこの男は常識という尺では測れない性格をしていた。
「お前なぁ〜そんな事客に言ってばっかいるからこの店もすっからかんなんだぞ。」
吉良さんもどうやらこの男の無神経さにはうんざりしていたようだった。
「じゃあ、なんでお前はほぼ毎日ここに来るんだよ!」
「……仕事以外の話し相手がいないから。」
どうしよう、吉良さんも吉良さんで残念さの塊だった。
急に目頭が熱くなる。
「吉良さん!もう寂しい時はいつでもいいなさいよ!」
「……え?いいんですか?」
「いいわよ!私だって……あんまり友達いないんだし。」
すると、吉良さんのメガネ越しに目がキラキラし出すのが見てわかる。
あ〜ほんとこの男犬みたいだな。
背もそこそこあるし、目はクリっとしてるから柴犬みたい。
「吉良!飲みます!」
「お!?久しぶりにコールしてやろっか!?ぐいぐーい!」
「ちょっと!?流石にまた家まで連れていくの嫌なんですけど!?」
吉良さんを担いで行くのは中々に骨が折れたので2回目はないようにしたい。
「あはは!みなみちゃん!冗談だよ!……4割。」
「残りの6割は!?」
どうしよう、このバーテンまじで適当すぎて怖い。
すると、バーテンがいつの間にやらシェイカーを降り出して、カクテルを作る。
動作とか見た目はかっこいいのに、中身が残念すぎて結婚相手としてはNothingだな〜。
「ほれ、これ飲んで。」
「いいの?」
「吉良社長の経費ということで。」
「……いいわよ、普通に私払うから。」
社長と言ってもフリーランスなのでそもそも利益が出てるのか怪しいところだし、自分が飲んだ分は出さないと可哀想である。
「てかさ〜、吉良っちはどう?こいつ見た目はあれだけど良い奴だぜ〜。」
「んー、ない。」
「ひどい!?」
なんというか……頼りないというか、優しい人だと言うのは分かるけども……あと見た目が全然タイプじゃないんだよな。
下手に気を使っても勘違いさせてしまうのでここはキッパリと言ってあげた方がよいだろう。
「てかさ〜吉良さんも私みたいに廃れた残り物みたいな女……魅力感じないでしょ。この前もマッチングした男に平成1桁はババアだって言われたばっかなのよね〜。」
少し酒も入ったので皮肉混じりにいってみる。
自虐なんだけど、妙に心にグサッと来てしまう。
もし会うとしてもどうせ身体目的の打算程度だろう。
しかし、吉良さんはウイスキーのロックをグイッと飲んで何か想いのうちを伝えるのを一瞬躊躇うような動作を見せてから少し大きな声で喋った。
「そんな事……ないです!!松本さんは自分に誠実で、真面目で不器用で、それでも折れないし、本当は優しい素敵な人だと思いますよ!」
…………初めて褒められた。
正直脈絡もないけど不器用ながらこの男は私の中身を好きになってるような気がした。
女としてではなく、松本みなみ自身を彼は好いているのだった。
「ひゅーー!」
「……あんたは黙ってなさい。殺すわよ。」
「みなみちゃん!?すぐ殺すって言うのよくないと思うよ!」
私はバーテンの言葉をスルーする。
「ねえ、吉良さん?他には?私のどこがいいの?」
酒が混じり、この男は無いと思いつつも話すのが楽しくさえ感じてしまう。
ただの承認欲求だと思いながらももう少し何か言って欲しかった。
「え……えっと、黒髪が綺麗なところとか、芯が強いこととか、あと……たまに見せる笑顔も好きです。」
とくん、と素朴な褒め方に少し心拍音が大きくなっている。
え、とくん?何この感覚。
少し耳が熱くなり、背中に汗を感じる。
いかんいかん、酔いすぎてるのかもしれない。
「変態!!なによ、具体的に褒めて気持ち悪い!」
「ええ!?もっと褒めてって言ってたじゃないですか!」
「あれだよ、吉良っち。エヴァン〇リオンのアスカのあんたバカァ!?と同じようなことを言ってるだけだ。」
やめろ!このバーテン普段は的外れなのにたまに的確なとこを着いている気がする。
「ツンデレ……って実在してたのか。」
「うっさいわね!変なこと言わないでくれる!?全然ときめいてないから!」
「さてはみなみちゃん、婚活以前にそもそもほとんど恋愛してないのか?」
「うっさいわね!ほんとまじで……出るとこ出るわよ!」
ええい!もうヤケだ。
私はこの昂る感情を八つ当たりのように吉良さんにぶつける事にした。
「松本さん?ど……どうしました?」
「吉良さん!あなた恋愛経験は?」
「ないですけど……。」
この男と私は一緒か……実はろくにキスもした事ない。
昔は大事に取っておいたファーストキスだけど、今となっては足枷でしかなかったから、こいつらに私の覚悟を見せつけるには丁度いいとおもった。
「じゃあ、キスも初めてですね。」
「え!?ちょ……や……やめ……!?」
私はジ〇ジョの1部の敵キャラのように吉良さんを捕まえて頭の中でずズキュウウウン!という効果音を着けながら吉良さんと唇を交わした。
「や……やった!」
それに対してバーテンも戦慄していた。
ふふん、これで私が残念な喪女だとは思うまい。
「流石はみなみちゃん!俺たちにできないことを平然とやってのける!そこにシビれる憧れるぅうううう!」
いや、確かにそのシーン意識したけどバーテン、あんたもあの漫画読んでるのね。
人生初のキス。
妙にそれは温かく心地よいと感じてしまった。
流石にディープなやつはまだできる勇気は無いけど、案外経験するとこんなものかとあっさりとした感覚があった。
吉良さんを見ると、メガネ越しに顔が赤らめていたのを感じた。その顔に……妙に可愛いと思ってしまってさらに心拍数が強くなる。
「どう?幻滅した?こんなすぐにキスする女なんて……嫌なら水で口元洗ってもいいわよ。」
もしかしたら、私は吉良さんに嫌われたいのかもしれない。褒められたり、近づかれたりするほど妙に離れてみたいという好奇心の表れだった。
きっと性格の悪いやつだと思ったのだろう。
でも、吉良さんをこんな私で縛り付けても可哀想だと思ったので、私なりの誠実な対応のつもりだった。
「……ちょっとビックリしたけど、嬉しかったです。」
「はぁ!?」
「それにしても、僕にこんなことして良かったんですか?好きな人とか……。」
この場に置いてもこの男は私のことを案じていた。
その誠実さに、妙にドキッとする感覚と場を乱すバーテンも相まってイライラした感覚に陥ってしまう。
「俺は、松本さんが好きですよ。」
そんな私をとどめを刺すように彼は自分の心を告げた。
この男は、心の底から私を大切にして、好いてくれている。
打算もクソもない、誠実な感情だった。
弱々しい男が腹を括り一切の隙を見せない姿に正直私はもう打つ手がなかった。
「……(ボソボソ)。」
「え?」
「今度!試しにデートしてあげますよ!」
「良いんですか?」
「ちゃんと良いデートだったら返事も考えておきます!」
私は席を立つ。
むしゃくしゃして、この席にこれ以上は座ることが出来なかった。
「帰る?」
「ツケ払いでお願いします!」
「あいよ、保証人は吉良っちで良いな?」
「もちろん!ご馳走様でした!」
私は全力で走って帰る。
この婚活……いや、人生において初めてのことをしたので心の奥底から爆発するような感情と衝動で私はダッシュしていた。
今までは惨敗したやつれたように帰っていたのとは違う、湧き上がる感情だった。
既に外は冷気で体を凍えさせるようだったが、酒と感情の昂りで私は体が熱くなっていて、むしろこの冷たさが心地よいとさえ感じてしまう。
既に住宅街はあかりが減っていて、誰も歩いていない不気味な世界へと変わっていた。
その中を駆け巡る。
感情のまま、自宅へとただひたすら。
☆☆
「あはは、みなみちゃんマジで面白い子だな。」
「……お前もさ、煽るなよ。彼女怒ってたぞ。」
「いいんだよ、お前積極性がないから起承転結の無い映画になりそうだったもん。」
「まあ、確かに……。」
「本当に、お前みなみちゃんのことが好きなんだな。」
「ああ!好きだよ、心から彼女の事が!!」
「…………あの子、お前のその気持ち本当は嬉しいと思うから、そこだけはブレるなよ。」
「うるせえよ、後これ……松本さんの分の支払いな。」
「おう!最近お前あの子に会ってから仕事もバリバリこなしてるからな!これからも売上に貢献してくれ。」




