松本みなみの婚活日記 13話
それからというもの……
しばらく私は淡々と仕事をこなした。
マッチングアプリで何人かの男に会っては色んな人がまた出てきた。
身体だけを求める人や、金は持ってるけど攻撃的な人、悩みがありすぎて結婚よりも前段階で問題を持ってる人とか、数をこなせばこなすほど私は少しずつ自分はどういう人が良くて、どういう人に嫌悪感を感じる事が出来た。
今日は休日の日曜日。
昼間にまた男とのデートをしてみたけど、会話が盛り上がらずに私の結婚という日はまだまだ幻想に近く、雲を掴むような感覚に陥っていた。
結婚……そういえば、私の実家はここの近くだったな。
そう思って、私は実家の家へと足を運ぶのであった。
「ただいまー。」
もう十何年も言っていたこの言葉が久しぶりに感じる。
きっと私は親に会う回数がこの頻度だとあと100回も無いのかもと思ってしまった。
母親も居ないし、誰の声もしない。
私の家はそんなに仲は良くない。
いつも金の話で両親が揉めては、お互いの時間を別々に過ごしてる感じだった。
それもあって、私は数年間帰ってくることをしなかった。
誰もいないのかとおもって、帰ろうとすると父親が声をかけた。
「みなみ……?みなみなのか?」
「……父さん。」
私の父親がいた。
毛髪はなくスキンヘッドに近い髪型で、土日休みでだらけてたのか無精髭が目立つ。
「あ……ああ、父さん。」
「もう行くのか?」
少し、父親が寂しそうな顔をしていた。
いつもは母親と喧嘩してる父親だったから、こんなにも弱々しくなるのかと思い、私はふと足を止める。
昔は金髪でかっこよかったのに、今は妙に歳をとった感じがした。
視力は良かったはずなのに眼鏡をかけてるし、ハンサムだった笑顔も妙にやつれている。
少し別れるには早いと感じてしまった。
「やっぱもう少しいるよ。」
「ああ、ゆっくりしてきなさい。」
そういって、私は実家のコタツで父親とふたりになる。
もうそんなに話すことがないはずなのに、ここでまた暫く会わないと後悔に繋がるかと思った。
「最近は、どうだ?」
「んー、まずまずってとこ。それにしても父さんと2人なのは……なんか久しぶりね。」
「もう学生の頃以来じゃないか?」
「そうかも。」
昔の父は怒ると手が出て怖かったのに、妙に対等になった気がして会話が弾んでしまう。
大きかったと思った家もこんなに狭いと感じたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
「父さんは、最近はな……惨めな気分だ。」
「………どうしたのよ?」
「母さんにお小遣い減らされて、月に2000円しか使えなくて50にもなるのに職場の人にジュースとか奢ってもらってばかりだ。それなのに、観光地とか高い服とか買ったりとかで金遣い荒いっていったら喧嘩になったよ。」
「はぁ!?」
私もそういえば留年した妹の学費で数十万貸してたけど、そんな金の使い方して金がないと言われて被害者がここにもいたのかと思い、妙に腹が立ってきた。
「いや、流石にそれなら言いなさいよ!」
「……娘にそれを言うのもきついと思って、でもつい言ってしまった。おれは大きな幸せとかはいいから、残された人生を毎日小さな幸せがあればいいんだよ。それくらい……どうにかならないかなと思っても、話を聞いてくれない。まあでも、我慢すればいいんだよ、俺が我慢すれば……!」
「……父さん。」
私はいつも母親から父親が私の話を聞かない。
輪を乱すなどの愚痴を聞かされていたけど、母親にも原因があることに気がついた。
そういった不満が重なって両親はコミュニケーションが取れてない、それだけの話だった。
これ、ちょっとさじ加減間違えたらいつでも離婚しかねない状況だと思い私は深くため息をついた。
「ただいまー。」
すると、玄関から母親の声が聞こえる。
私は立ち上がり玄関へと進んだ。
「母さん!ちょっと良い?」
「あら……みなみ?」
母さんの表情を見ると、すこしだけ暗い顔をしていた。
髪が乱れ、シミが増えては目の光が無くなっている。
どうやら母親も一方的に悪い訳ではなく、余裕が無いだけだった。
「……どうしたの?みなみ。」
「母さん、来月返済予定の学費の話だけど。」
すると、母親は目の色を変えた。
「ごめん!一括では返すってなったけど、分割でお願いできないかな!」
ちょっと呆れてしまう。
まだ何も言ってないのに……、まあでも家のローンやら家事やら妹の学費のやりくりで余裕が無いのは分かるけども。
「返さなくていいわよ。」
「え?」
「その代わり……父さんのお父さんのお小遣い毎月1万円だけ増やせない?」
「……なんかお父さんに変なこと言われた?」
疑いの目だった。
それだけで父親への信頼の低さが伺える。
父親だった毎日夜遅くまで働いてるのに、2000円しか使えないのだ。
普通に可哀想に思える。
「ううん、それをすれば話し合いが済むんじゃないかなって。」
「じゃあタバコ辞めればいいのに。」
昔は私もそう思っていたけど、喫煙を無理にやめて精神病む人もみてきたし、父親の心の拠り所がタバコくらいしかないから、その意見も違うと思った。
「いいのよ、どうせ私は公務員で稼いでるんだから。」
「じゃあ私はいつも我慢してるのに何を我慢すればいいの!」
母親も不満があるのか、少し攻撃的な目をしだした。
「多分、今父さんは満たされてないから悪いところに目が行くと思うのよ。父さん2000円しか使えるお金無くてジュースも飲めないし、マガジンも雑誌も買えないって言ってたから、それが満たされたらもう少し母さんの事にも耳を傾けてくれると思うの。」
「みなみはそれでいいの!?別にそんなこと、みなみが気にする必要ないじゃない。」
私はつい声を荒らげてしまう。
「いいの私は!それよりも……父さん母さんがいがみ合ってる方が、辛い!それができないなら……お金返して。」
少しだけ、涙目になってしまう。
実家に帰って、親とそんな話なんてしたくなかった。
親に対して情けないと言わんばかりの目で見るとはなんと苦痛なのだろうと感じてしまう。
そうか、だからこそ……私はこの歳になるまで結婚したいなんて思わなかったんだとも感じてしまう。
「……ごめん、私も自分の事でいっぱいいっぱいだった。」
「私も、つい声を荒らげてしまったわ。……じゃあ。」
そういって、私は母親とすれ違ってしまうように実家を出てしまった。
私は、こんな歳にもなっても親にまともに顔を合わせられないのかと自己嫌悪をして、追憶が溢れる住宅街を去ろうとする。
「みなみーー!!!」
しかし、そんな私を呼び止める声がした。
気がつくと、父親と母親が家の門の前で並んでいた。
「すまなかった!情けないとこを見せてしまった!またいつでも……帰ってきてもいいからなー!」
住宅街で近所迷惑になるともわかっていて、それでも父親が叫ぶ。
「私も!これからきちんと話し合うから!!またいつでも来てね!」
そういって母親とも続けた。
私は、何も言わず片手を上げて手を左右に振る。
そして、回れ右をして少し空気の変わった家族に無言の別れを告げる。
そんな私の心情を、追い打ちをかけるように別の家の温かいカレーの香りがさらに蝕む様でもあった。
歩きなれたコンクリートの道。
車1つ通るのがやっとで、高低差が激しく、最寄りのコンビニや郵便局の位置が何年も来てないのに手に取るように分かる。
気がつくと数十年間の楽しかった記憶や辛かった記憶が万華鏡のようにいくつもフラッシュバックしていた。
今はまだまだ、気まずい家庭。
そんな家族がこれを機に少しずつ仲良くなって行くのは、また別の話。
しかし、そんな私の1日はまだまだ終わりそうになかった。
スマホを開くと、ある通知に気がついた。
いつか助けた、吉良さんからだった。
「お久しぶりです、あの日は本当にありがとうございました。今日良ければ、またあのバーで飲みませんか?」
私は、少しだけ悩み唾を飲み込んで行く決意を胸に行きますと少しだけ送信ボタンを押すのを躊躇ってから、ゆっくりとそのメッセージを送信した。




