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僕のお母さんは△▽女優  作者: kyonkyon
第18章 松本みなみの婚活日記
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松本みなみの婚活日記 11話

秋って微妙な季節だと思う。

校舎の影が全身を包む、ストーブの設置にはまだ早いので私達も防寒着を来ながら作業することも多いのだ。


今日の私は雑念が少ないのか、作業はかなり捗っていた。というか、吉良さんと接して私なりの良いコミュニケーションが身についた気がする。


「あの……諏訪先生?」

「はい?」


いつも笑ってる諏訪先生が少し焦ってるような表情をしている。実はこの先生て仕事をしてるフリしてスマホでネットニュースを見ていたので私はこの男を上手く使うことにした。


「今日の午後って空いてますか?」

「あ……ちょっと予定がだな……あはは。」

「予定って、14時の授業以外になんかありましたっけ。」

「げ。」


げってなんだ、げって。

先生は諦めてため息をついた。


「……空いてます。」

「良かった!実は17時の生徒会の会議出席していただきたいんですよ、テストの採点と副担で持ってるクラスの生徒の面談があって……ベテランの諏訪先生にしか頼めないんですよ!」

「それは……わかりました!この!ベテランの!私にお任せ下さい!」


そういって諏訪先生は調子に乗って職員室を出てしまった。

というか、午後ほとんど仕事がないのにこの人はだらだらネットニュースをみて仕事を終わらそうとしていたのだ。


おかげで私もテストに集中できる。

特に成績が悪い子に関しても、何が分からないかをキチンと出来るようにスキマ時間で面談してなんとか点数は上がった。


私は……今まで1人で全部やろうとしていたから効率が悪かったんだなとおもった。

諏訪先生のスケジュールだって基本的にほぼ空いている。

時折、私が書類の承認とかすればいい。


さーて、一通り仕事もこなしたし……コーヒーブレイクでもしますか!

そう思って廊下を歩くと、苦手な布施先生とすれ違う。


「お疲れ様です。」

「ああ、お疲れ様です。松本先生。」


また何か言われるのではと思いそそくさと歩くと布施先生は咳払いをする。


「ど……どうかしました……?」

「ああ、いえいえ……最近松本先生頑張っていらっしゃるなと思いまして、テストの点数も上がってましたし、何より生徒からの評判もいいんですよ。」

「え、ほんとですか?」

「私が嘘をつく必要ありますか?」


ちょっと意外だった。

このネチネチした先生が人を褒めることなんてあるのかと感心してしまうほどだった。


「……この調子で頼みますよ。」

「はい!」


婚活をしながらも、私は無意識に時間を作るために工夫をしたり、仕事を頑張っていたのかと嬉しくなった。

吉良さんを助けて疲れたはずなのに、今日は妙に疲れてない気がする。


この期間で私は、成長していたのだった。

冬の寒い廊下の中、陽光だけが私の心と体を温めてくれた。


☆☆


「あ。」

「……松本先生、あなたもコーヒーブレイク?」

「え……ええ、奇遇ですね。」


私と自販機で鉢合わせしたのは理科教諭のむっつりスケベ……もとい、同僚の佐々木先生だった。

いつもは宮島先生と挟んで話すのだけれど、私はサシで話すのは初めてなので何話せばいいか分からなかった。


「……昨日は楽しかった。」

「ええ!確かに!」

「……良かったら一緒にコーヒーブレイク、どう……?」


私は頷いて彼女と屋上に上りコーヒーをごくごくと飲む。味は基本的に微糖を飲むのだが、このほろ苦さが私の心を落ち着かせる。


「………………。」


あれ、私この先生と普段どんな会話してたっけ?

この先生、身長低くてちょこんとしてるけど、無表情すぎてマジで何考えるか分からないのよね。


「……昨日ね、帰り道に男にナンパされた。」

「え、大丈夫だったんですか?」

「……なんというか、ちょっとイキってる風だったからベッドで分からせた。多分今ホテルで気絶してる。」

「え……じゃあもしかして寝てないんですか?」

「……無論。」


やっぱこの人化け物だと思う。

私でさえ5時間睡眠でグロッキーになってると言うのに。


「凄いですね、5時間睡眠でも大変なのに。」

「……なぜ5時間?解散したの22時前だから出勤を考えても7時間は寝れるはず。」


無駄に鋭い。

この先生、スーパーコンピュータのように無意識に演算してるから逆算が恐ろしいほど早い。

全てを見透かされてるようでちょっと居心地の悪ささえ感じてしまう。


「昨日バーで知り合った男と家にいました。」

「……おお!シタ?シタ?お主も隅に置けないのう!」


と思ったら思春期の男子中学生みたいなテンションで私の横で小刻みにジャンプした。

いや、一緒にいただけでその発想に至るのはどうかと思う。吉良さんは顔は整ってるもののその対象かと言われるとちょっと違う気がするし。


「やめてください、酷く具合が悪かったので介抱してあげてただけですよ。」

「……なんだ。」


え、そんな露骨にガッカリする?

佐々木先生、もう少し下ネタ以外にも興味を示すべきだと思うんだけど。


「……でも、まずは男とのコミュニケーションはそういったところからスモールスタートが良いのかも。」

「だから、しないですよ!全く……教師としてちょっとぶっ飛びすぎてますよ!なんで高校の教師なんかしてるんですか!」


そう言うと……彼女は妙に遠い目をして、コーヒーをゆっくりと飲む。

え、なんか聞いちゃいけないこと聞いたかしら?


「……私は元々大学院で研究をしていた。」


え、しかもしんみりと過去の回想?

というか、全然教師とはかけ離れたことをしてるじゃない。


「へ……へぇ、だから頭いいんですね。」

「……不妊治療のための体外受精のコスト削減のための研究をしていたり、免疫細胞を活性化してウイルスを抑える研究とかしていて、楽しくてぶっ通しで16時間も研究してる日もあった。」


なるほど、彼女のかけ離れた体力はそこから来ているのか。それほど研究熱心で……、でも今は理科の教諭をしている。

確かに彼女には謎だらけで妙に興味が湧いてきた。


「……そして、私はついに論文を完成させて……博士号を取れそうなところまで来た。」

「え、博士号ですか!?」


私も詳しくは知らないけど大学院の学位の最高位である。でも、それならこんな学校で教師をやってる場合ではない。


「……でも、取れなかった。」

「もしかして、まだデータが足りなかったんですか?」

「……違う、実は上司に論文やデータを盗作されたから。」

「……え。」


そう、彼女は不正によって実績を取られたのだ。

確かにあの論文は世紀の大発明なんて言われて現代の日本が出生率の回復になったと拍手喝采を受けたのは、全くの別の人物だった。佐々木先生ではない。


「……私は、数年間の努力を無駄にされた怒りでその男を殴り飛ばして、懲戒解雇された。」

「そんな……。」

「……死のうかと思った。この数年間はなんだったのか……頑張っても報われないだと思った。」


この無表情の目には、そんな過去が眠っていたなんて私は驚きだった。

何も考えてないようで、実はそんな過去があったとは目からウロコもいいとこだった。


「……そんな時、私はネットを漁るとある人物が目に入った。」


すると、彼女はスマホを取り出しある女性の顔を見せてきた。


「この人は……?」

「……AV女優の橘遥香という人物。」

「殴りますよ。」

「……ふざけてない。」


でも、どこかこの女優の顔立ちとかは見たことある。

んー、誰だったっけ?

ここ最近あった気がしなくもないけど……。


「……最初は淫売だと思った。でも、この人は2000近くある作品にも全力だったし、何より楽しそうに出演していた。なんというか……虚無だった私を引き込むかのようなカリスマ性があった。」

「へ……へぇ……。」

「……好きな事を楽しむ人は美しいなと思って、もう出来ない私ができるのは教師だとおもった。それが始まり。」


結局最初からスケベには違いはなかったけど、AV女優からそこまで読み解ける彼女は流石としか言いようが無かった。


「……私はできる限りの力を持って後の世代に生物学の良さを伝えて託したい。あの上司のように実績に囚われるんじゃなくて、もっと好きになって真っ当にやる研究者が増えるためにも、私は頑張る。」


そう、恨みはなく……この人は本当に研究が好きだった。

でも、暴力で懲戒解雇となれば彼女に研究をさせてくれるところはないだろう。

だからこそ、託すと腹を括る彼女を見て私は涙が流れてしまった。


「……ごめん、泣かすつもりは。」

「い……いえ……なんというか、佐々木先生の認識が変わりました。」

「…………。」

「私、佐々木先生すごいと思います。誰かに、その思いが伝わるといいですね!」

「……ありがとう。」


昼間の屋上はどこまでも晴天で、ツンとくる寒さと太陽の温かさが共存している。

風は凪いでいて、どこか静けさを伝えていく。


秋の静けさが、私と佐々木先生の心を通わせていくように、澄んだ空気がどこまでも私を包んでいた。






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