松本みなみの婚活日記 7話
夜の街で男の人に声をかけられる。
私は声を無視して駅へ駅へと進む。
「あらあら、そんなに急いじゃって可愛いね〜!俺コハクって言うんだ!仕事は何してるの?」
「……。」
私のアラートが知らせる。
こいつも先日のマルチ男と同じ匂いがする。
嘘つきが出すゲロ以下の匂いがプンプンする。
私は顔も見てないけど、もう声だけで話す価値がないと見切り駅へと駆ける。
「いや〜黒髪ロングっていいよね、綺麗な子しか似合わないよね!」
「……。」
「なんか、イライラしてる?嫌なことあった?」
今目の前で嫌なことが起きてる……なんて言うのもめんどくさかった。
ほっといて欲しい、どうせ私は男とまともに話せない喪女みたいなもんなのだから。
「お姉さん!今日に満足できないなら、飲み直さない?」
「うっさいわね!ほっといてよ!!」
あまりにも鬱陶しい。
私の心の中を見えてるのかどんどん嫌に傷を抉られてるようで私はついカッと、頭の血液が沸騰しそうなくらいむしゃくしゃしてつい男を見てしまった。
「あはは〜なんか、夜のこの街に相応しいくらい綺麗な顔してるね!でも……泣いたあとのような表情は似合わない!」
「そう?あんたはそんな夜を語れる大層な顔はしてないと思うんだけど。」
男は顔は実際のところかっこよかったけど、少し残念なところがあった。
お腹が出ている。いわゆるビール腹というやつだ。
それでいて身長も150センチしかなくて、顔は整形とV系と同程度の濃いメイクをした男だった。
「いや、わかる?整形メイクだよ。」
「わかんないわよ!帰ります!」
「いやいや、まあまあ……話してみてよ、嫌なことがあったんでしょ?今俺暇よ。」
どうしよう、同じ言葉を交わしてるのに全く会話が通じない。
交番に突き出してやろうかと思ったけど、他にもなんぱに溢れていてそれをアクアリウムの珍しい魚を見るような目でぼんやりと見ていた。
「ね!えーっと……春奈ちゃん!」
「いや、みなみです!」
「あ、ごめん間違えた!川口春奈ちゃんがここで歩いてるかと思ってさ!みなみちゃんね、覚えたよ。」
しかもムカつくのが名前を覚えられてしまった。
ボケてるようで手の上で転がされてるようで、コミュニケーションを交わす頻度が増えてきてるのも相手の策に溺れてるようだった。
「仕事は何してるの〜?みなみちゃん。」
「……。」
「あ、俺?俺はね〜夜の王子様やってるよ!」
「いや、ホストですよね?しかも聞いてないし。」
「そうとも言う〜。」
「そうしか言わないですよ。」
「あはは、ノリいいね!俺ならみなみちゃん喜ばせられるんだけどな〜。どう?1000円くらいで飲めるように話通すし……。こう見えても俺幹部補佐って役職貰えてるんだ!」
幹部補佐?このビールっ腹が?
「まあ、嫌でもいいよ!ちょっと可愛い君を放っておけなかったし!黒髪もすごく綺麗だよね!パンテーンのCMの女優経験者かとおもった。」
実際、髪には力を入れている。
定期的に美容院に行っては枝毛とか処理してもらってるし、昔から褒められることは多かった。
最近は仕事で放っておいてばかりだけど。
「ま……まあ、人生経験……くらいなら……いいかも?」
「お?まじ?OKOK!マジで楽しいとこだから任せて!」
こうして、1000円払って帰ろうと私は……このビールっ腹のホストに連れられてホストクラブへと足を運んでしまった。
内装はラグジュアリーな雰囲気でソファーは高級感のある黒革のソファーだ。
BGMがEDM調で心臓までバクンバクンと鼓動が強くなるように思える。
そのまま席に座ると私はおしぼりを渡されて相手のホストがピッチャーに鏡月を入れる。
「いや〜ほんと、来てくれてありがとうね!」
「1時間てっきりで帰るからね。」
「いいよ!でさ……割もの何にする?」
「……レモンティーで。」
「あ、みなみちゃん本当は焼酎好きじゃないでしょ!」
なぜ分かる。
なんて素振りを見せないように足を組んで腕も組む。
「本当は何好き?幹部補佐の特権があるからなんか頼んでも飲みほにしとくよ。」
「じゃあ全部ドンペリで。」
「それはマジで殺されるからやめてくれ。」
ちなみに私はドンペリなんて飲んだことない。
アニメでその単語しか聞いたことないのでお金は分からなかった。
「んー、チューハイは?」
「……。」
「ビール!」
「……(ピクっ)。」
「ビール飲みほお願いしまーす!」
「ちょ!?いいって言ってないんですけど。」
「あっはっは!ほんと素直でいい子だよね!あ……注ぐよ。」
もう〜なんかマジでムカつくんだけど。
語彙力がどんどんムカつくしか言えないくらいには私の判断力は落ちてるというか……なにしてるんだか。
コハクはグラスにビールを注ぐ。
見事に7:3の泡でビールの旨味を閉じ込める黄金比をつくる。
そして、テーブルは常に拭いていて清潔なテーブルができていた。
「じゃあ、今日は素敵な姫との出会いに乾杯。」
「……乾杯。」
ビールは普段飲んでる銘柄とは違うけど、これはこれで良いなとは思った。
どうせ払う額は1000円ポッキリだ。
逆に赤字になるくらい飲んでやるわよ。
「おー!いい飲みっぷり!」
「あんたのビールっ腹も見事ね。」
「これはね!ドリームに溢れてるんだよ、俺は夢の妊婦なんだよ!」
「世界の妊婦に土下座してきなさい。」
ちょっと酒が入ったのかこの男を罵るのも少し楽しくなってきた。
今日は合コンで相手にされなかったから、少しだけ私がこの場で優位にいることに快感さえ覚えてしまう。
「今日はなにしてたの?」
「合コーン。」
「え、マジで?する必要ある?本当は芸能人なんでしょ。」
「いや、普通に教師してるわよ。あんたみたいなアホに勉強教えてるの!」
「マジかー!俺勉強になったよ。」
「……何が?」
「みなみちゃんと合コンしてアタックしない勿体ないやつがいるんだなって。」
「…殺すわよ。」
と、言いつつもこの男はなんでも褒めてくれる。
無視してたはずなのに……徐々に私が話してしまうのでこの男は腐っても実績は詰んでるのだなと思ってしまった。
「あ、もう俺時間だわ。」
そういうと、男は立ち上がろうとする。
え、どこ行くの?と少し戸惑いを隠せなくなる。
「時間?なに?なんかあるの?」
「いや〜、初回ってことにしてるから、あと何回か決まった時間で交代するようになってるんだよ!」
「そう?まあいいわ…さよなら。」
「LINEとかは……。」
「しない、次の男呼んできてよ。」
そう言ってこのビールっ腹の男と別れの盃を交わす。
……なんだ、そう鳴らそうといいなさいよ。
次に来たのは、私より歳上そうな男が来た。
「初めまして!ユースケです!」
「……。」
さっきの男よりは乾杯のグラスの位置が高いし、表情が硬い。多分手馴れてないので新人だなと思った。
「いや〜みなみちゃん可愛いね!良かったら隣座ってもいい?」
「……。」
男は隣に座って近い距離で座ってする。
よく見ると顔は青髭が目立ち、髪型だけは一丁前のおじさんだった。
笑顔で話すんだけど、遠目でも歯を磨いてないのが分かってボロボロで黄色い歯をしていて少しタバコ臭くてドブのような匂いがしていた。
「いや〜スタイルもいいよね、あ、スマホiPhoneなんだ!休みの日は何してるの?仕事は?一人暮らし?」
あまりに質問責めされてなんか面接されてるような気分だ。
スマホの時間をみて終電の時間を確認する。
あと一時間後か……もう帰ろうかな。
「あ、ネイル青なんだ!清楚で可愛いね!」
すると、ホストヘアーのおじさんは私の手を触り体の奥が冷めるようなゾワっとした感覚がして拒否反応を感じる!
「いやぁー!」
反射的に私の声が店に響く。
気持ち悪い、本能がこの男を拒否してる気がする。
なぜこの店はこんなのを雇ってるのかと疑問すら感じてしまう。
「え、大丈夫?みなみちゃん。」
すると、さっきのビールっ腹のコハクが駆けつける。
心配をするような目でこちらを見ていた。
「……ねえ、チェンジとか出来ない?もうあんたでいいんだけど。」
「あー、ごめん…この子新人でさー。テーブルマナーとか身だしなみ気をつけろって言ったでしょ!」
「なんで、俺がそんなこと言われなきゃ行けないんすか!!」
隣のおじさんがビキビキと顔が引きつりコハクを睨む。
なんだ、このゲテモノ怪獣戦争は。
お金払ってこんなの見せられてるのかと思い、とにかくビールを飲み干した。
「どうする?もう帰る?ごめんね、嫌な思いをさせたよね!」
「……座りなさい。」
「え?」
「もうコハクが座りなさいよ!」
なんというか……消去法でこの男と話す方が楽しかったのでこの男を指名してしまう。
この後どんな男に無駄な時間を費やす方がめんどくさいとさえ感じた。
「……指名で金額上がっちゃうけどいい?」
「もういいわよ!」
酒が入ったのか少し口調が強くなる。
少しだけ頭と身体の行動が食い違ってしまったのを感じた。
まるで質の悪いアクションゲームのように遅れて行動してるような感覚だった。
すると、ビールっ腹の男は私の横に座りまた、私のグラスにビールを注ぐ。
「いや、ありがとうね!俺を選んでくれて嬉しいわ!」
「……消去法よ。もっとまともな男採用できないの?」
「今ってさ……ホストも悪く見られがちだから、なかなかね。」
そう言ってまた男はテーブルを綺麗に整理整頓して私のグラスを7:3の黄金比に戻してくれる。
さっきまでおぞましさで体がゾワゾワしていたけど急にリラックスしていたようだった。
曲は周りにはホストクラブに来る女性が楽しそうに飲んで盛り上がり、EDMの激しい音は合コンの悲しさも全て消し去ってくれるようだった。
「じゃあ、飲み直そ!楽しい時間をさ。」
「……マジで終電で帰るからね。」
乾杯のグラスの音がテーブルの上でカラント子気味良い音を鳴らし、私の婚活ライフはどんどん薄暗いこの箱のように混沌に紛れるようだった。
まだまだ私の迷走は続く。




