松本みなみの婚活日記 2話
やってしまった……。
私こと松本みなみは勢いでお金が無いにも関わらずマッチングアプリを始めてしまった。
しかし、仕事が多忙な私は早めに出勤しては問題集を作る作業に追われて気がついたらそれさえもわすれかけてしまっていた。
「おお!松本先生……せいが出ますな!」
ここで諏訪先生登場。
うるせーよ!お前のせいで仕事増えて早めに出勤してるんですけど!?
そんなフラストレーションをパソコンのキーボードに叩きつける。
「あ、コーヒー淹れますか?」
「……お願いします。」
早く来たかと思ったらコーヒーかい!
そして、先生はのんびりとなにかのリストを見てはお湯を沸かして軽くストレッチをしていた。
全く……その時間を作業に費やしたらいいと思うんだけど、この先生は時間配分とかできてるのかしら?
「先生、お待たせしました。」
「おお、利根川か……!待ってたぞ。」
ふむ、どうやら朝ダラダラしに出勤した訳では無いみたいだ。
これは……女子生徒の悩み相談か?意外といいところもあるのかもしれない。
「最近、学校はどうだ?」
「あんまり……ですね。」
「おお、そうかそうか。」
あんまりに軽い返事にガクッとズッコケてしまう。
話聞いてるのか?この人……。
「なんというか、クラスのグループLINEで揉めてからは仲間はずれにされてるような気がして……。私何のために生きてるのか分からなくて……。」
いや、それで人生決めるのは早いわよ……。
と言いつつ、私もそんな時代があったっけ。
悩みの種は年齢や視野ごとで変わるけど……今の私には到底理解し難いものだった。
さて、そんな女子生徒の繊細かつセンチメンタルな悩みをどう切り抜けるのか……見物である。
「利根川はどうしたいんだ?」
いや丸投げかい!こういうのは大人としての解決案を提示するのがコスパが良いと思うんですけど?
だから業務が終わらないのよ!
「……分からないです。でも、仲直りすれば良いのかな。」
「真っ先に仲直りが出るのであれば、きちんと落ち度があれば謝罪するべきかもな。」
「でも!何思われてるか……それすら考えるのすら怖くて……。」
「なるほど。」
しばらく無言になっている。
傍から見ればきちんと答えを待っているようにも見えるけど私には分かる。この人……考えてるようでそんなに考えてない感じだ。
「……私、とりあえず謝ってみようかとおもいます。」
「どうしてだ?」
「しばらく仲は治らないと思うけど、今は考えても仕方ないと思うのでとりあえず謝ってバンド仲間とカラオケでも行ってスカッとしてきます!」
いや大人だな!おい!これがZ世代……あ、いや私がZ世代なのか。
つまり……α世代というやつなのね。合理的過ぎて怖いくらいよ。
「ああ、それでいいんじゃないか?」
いや、諏訪先生適当だな!
「先生に相談して良かったです!そうとなればまずは謝ってきます!ありがとうございました!」
「おう、また何かあれば相談してこいよ!」
「はい!」
……諏訪先生、適当に相槌を打っただけで問題解決してしまった。なんということなのだろう、いけない……無能だと思っていたのになんというか、力量の差を見せつけられてるようだった。
「さて、じゃあ私は部活に行ってきますね。……ああ、県大会のスケジュール設定するの忘れてたけど、部長にやってもらえばいいか。」
なんか悔しい、要領がいいだけでこんなに仕事を終わらせられるのか。
私は多分今の対応してたら1時間かけても解決しなかったと思う。
というか、部活顧問の活動も生徒にやらせるんじゃあない!適当過ぎるでしょ、この先生!
そんな事を思ってたら、スマホの通知が鳴っていた。
少し作業が落ち着いたので見てみると……先日始めたマッチングアプリでマッチの連絡だった。
なになに……タケルさん、29歳。
仕事はコンサルのイケメンじゃない!
いきなり当たりを引いたようだった。
私の顔、どの写真も引きつっていて少しブスに映っていたから不安だったものの……どうやらこんなイケメンとマッチする程度には魅力はあるようだった。
「初めまして、マッチありがとうございます!タケルです!」
早速、連絡が来る。
なによ……イケメンに積極的に来られるの悪くないわ〜。
「初めまして、みなみです。よろしくお願いします。」
まあ、とりあえずは社交辞令といきますか。
少しお高く着いておきましょう……ふふふ。
「めちゃくちゃお綺麗ですね!休みの日とか何してるんですか?」
グイグイ来るわね、ふふん……私はそう易々と落とせはしないわよ。
「休みの日は、家でまったり過ごしています。」
嘘は言ってない、確かに休みの日は2日感布団で過ごしてあっという間に休日が無くなってるけど。
「いいですね!僕もまったり大好きです!僕はよく旅行とか行きますね、この間もグアムいきましたよ。」
グアム!?めちゃくちゃ金持ちってこと……?
イケメンで金持ち、神は二物を与えてるじゃないの。
「うわぁ……私には知らない世界です。タケルさん毎日が充実してそうですね。」
「ええ!毎日がエネルギッシュですよ!そういえば同じ東京ですね!良かったら今日会えませんか?」
今日!?めちゃくちゃ急ね……。
確かに全力で終わらせれば18時くらいで帰れるか。
少し考えて、私は彼に返信をすることにした。
「ぜひお願いします。」
そう言って私はスマホを閉じて、作業に没頭した。
☆☆
「くぅー!!おわったー!」
私は身支度を整えてから、帰る準備をする。
今日は残業なんてしてられないんだから!
そうおもったら、授業もきちんと期限を意識して勧められたし、書類も隙間時間を見つけては仕事をこなすことが出来たのだ。
少しルンルンと高揚した気分で私は待ち合わせの場所に到着する。
何度も手鏡をみて前髪を整える。
たまに肌がくすんで見えてはファンデーションを整えていた。
大丈夫よね?イケメンに釣り合う程度には慣れてるわよね?私……。
しばらくすると、スーツのイケメンが私に近づいてきた。
「みなみさん……ですか?」
「はい!タケルさんですよね?」
そう、今日マッチしたタケルさんだ。
年齢は29歳の肌の綺麗なイケメンである。
身長ヨシ!服装ヨシ!顔……ヨシ!
仕事終わりにこんなイケメンに話せるなんて……私は内心かなりドキドキとしていた。
どうしよう、いまからもしかしたらこんなイケメンとイチャイチャできるかもと思うとご無沙汰な体から活力が溢れるようだった。
「どこ行きますか?」
「そうですね……ファミレスなんてどうでしょう。」
ん?ファミレス?
普通新宿なんだし居酒屋とか行かないのかな?
あ、でもあれかも……私が勝手にそう思ってるだけで最近のコスパデートではファミレスなんて当たり前なのかもしれない。
「わかりました!ファミレス行きましょ!」
スーツで男女2人ファミレス、なんかデートには程遠いけどこういうのもあるのかもしれない。
でも、仕事できそうな人だし……いきなりゴールインもありかもしれない。
私たちはファミレスに着くと席に座って行く。
とりあえず、私はお行儀の悪い女と思われないようにパスタにしておいた。
彼も軽食のみである。
「みなみさんは……なんのお仕事されてるんですか?」
「ああ、私は…………公務員です。」
「へぇー!将来性きちんと考えていらっしゃるんですね!」
「ええ……まあ。」
嘘は言ってない、嘘は。
「結婚願望とかあるんですか?」
「ありま!!……す。」
いかんいかん、ここは冷静を装わなきゃ余裕のない女と思われる。ダメだ、イケメンは女に困らない生き物だから魅力を見せなきゃ行けない。
「いいですね、でも将来とかお金とか不安はありますよね、貯金とか。」
「そ……そうですね。」
ちなみに私は貯金はほとんど出来ていない、なぜだか悩むほど酒代に消えてしまうからだ。
相手は落ち着いてるし、だらしない女に見えないようにしよ!
「私も将来子供ができたら大学にも行かせてあげたいし……老後も怖いから今は仕事とは別に収入を作ってるんですよ。」
「へぇー、なんと言うか意識高いですね!」
「あはは、みなみさんにもぜひお伝えしたいですね!」
「えー!じゃあ教えてくださいよー。」
すると、彼の目が急に変わる。
…………え、なんか言っちゃいけないこと言ったのかしら?
「じゃあ、教えてあげますね。普段お世話になってる方が偶然いらしてるみたいですので、ぜひ一緒にお聞きしましょう!」
「……は?」
すると、彼は急にファミレスの真ん中で通話を始める。
あまりに突然の出来事に私はフリーズしてしまった。
「お疲れ様です。準備できましたのでお願いします。」
…………え?
すると、イケメンは食べ終わった食器をまとめて店員さんに下げるように伝えてテーブルを綺麗にしだした。
「ああ、急にびっくりしますよね。でも、みなみさんにピッタリの話なんで楽しみにしててください!」
「は……はぁ。」
しばらくすると、突然メガネのおじさんが私の前に座り出して、プレゼンをしだしたのだった。
そして、私は2時間立ち上がれないまま話を聞かされてしまう羽目になる。
結論から言うと……このイケメン、マルチ商法の勧誘だった。
プレゼンを終えて……私は帰りたいと言えずにとにかく座っていた。
「さて、早い方が得だけどどうする?みなみちゃん。僕は君のことを支えるし、良かったら二人で頑張らない?」
どうしよう、イケメンに最高の言葉を貰った。
マルチ商法が絡んでなければだけどね。
「…………ります。」
「え?聞こえないよ……なんて。」
「帰りますぅぅぅ!!!」
私はファミレス代を払わずにダッシュしてその場を離れてしまった。
とにかく新宿の東口から西口までを人混みの中駆け抜けていた。
「ちくしょうううう!仕事頑張って終わらせたのに……終わらせたのにいいい!!」
20代の淑女とは思えない凄みのある叫びをして走りきる私。
しばらくして、私は西口のスーツ店の前で体育座りになって呆然としてしまった。
冬に差しかかり、ビルのすきま風が肌を冷やし……通り過ぎる酒に酔った陽気な声さえもうっとおしく感じた。
排気ガスの匂いも強く、吐き出してしまいそうだ。
勇気を持って始めた婚活は……そんな最悪のスタートを迎えていた。
「二度と婚活なんかしないわよ!もう!!!!」
そう叫ぶ私を誰かが指を指し笑うような声が聞こえるけど……今の私にとっては、どうでもよかった。
明日も……仕事か……。
そう思って、とにかく飲もうと私はコンビニの中へと消えていった。
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