遥香と秘境の吊り橋物語 19話
畑薙大吊橋からUターンして……かれこれ数時間がたった。
さすがの私も体力的にダウンしたのか、力が残っておらず逆に運転をことねさんに託す事にして私も体力回復のために助手席で休んでいた。
「……みなさん、既に眠ってしまっていますね。」
「あんだけハードな道進んでたらそりゃそうなるわよね。」
場所は既に下流……私たちは途中で飲食店を見つけることが出来ず、結局コンビニ飯で済ませてしまい振り返るとみんなは車の中で眠っていた。
それにしても、今のことねさんの運転は昨日とは打って変わってとても丁寧で揺れの少ないものだったので今にも私は眠ってしまいそうだった。
「……もしあれなら、遥香さんも寝ててもいいですよ?」
「いやいや!さすがに責任もって最後までがんばるわよ!」
「……頼もしいですね。」
みんなの様子をみると、ぐっすりと眠っている。
こうして見るとみんなまだ身体は大きくなってるけど子どもなんだなとしみじみ思う。
そして、大井川流域を超えていく。
既に景色は夕焼けに染まっていて今にも太陽が沈みそうだった。
「ことねさん、ちょっと気分転換に散歩しない?」
「……いいですけど。」
私はナビを操作してすぐの場所を指定するとことねさんはルートを切り替えてさらに下流に進んでいく。
そして、私たちはあるところで車を停めてから、二人で車を出る。
ドアを閉める音で直輝が起きそうになったけど……ことねさんと見つめあってしーっ……と人差し指を立てて静かに笑う。
「あー!なんか……下界におりてきた気分ね!」
「……少しだけ暖かい気がします。」
着いた先には、長い木造の橋がかかっていた。
ここは……蓬莱橋、明治時代から建てられた木造の橋で1km弱の長い長い橋である。
そのことから、ギネスにも認定されてる世界一長い木造の歩道橋と記録されているのだ。
風が少し暖かく、景色は下流ゆえに開けていて夕焼けの空が美しく照りつけている。
こんなに綺麗な夕焼けを見た日は今日が初めてかもしれない。
でも、それだけじゃなかった。
「ほら!ことねさん……あれを!」
「……これは。」
私たちは元いた北の方向をみると、そこには夕焼けに染まる富士山が橋からはっきりと見えている。
今日の天気は晴天なので雲ひとつない富士山を見るのだが、自然の巨大さをはっきりと物語っていて私たちは言葉を失うほど見とれていた。
「……自然って凄いですね。私の知らない世界をいくつも教えてくれる。人の力が作ったダムも凄いけど、やっぱり自然の生み出すものは果てしないものを感じます。」
「ね!自然ってホント神様が作ったんじゃないかなってくらいだね!」
でも私は、こんな景色が好きだった。
まるで自分の悩みや苦しみが世界にとってはちっぽけに過ぎないんだなと思うと、まっすぐ前を剥ける……そんな気がした。
「あー!なんかすっきりした!最高の旅だった!」
人気が無いからわたしは年甲斐もなく大きな声を出してしまう。
その様子に、ことねさんも苦笑する。
そんな、ちっぽけな私たちの様子を富士山は夕焼けの暖かい色のように優しく、暖かく見守ってくれてる気がした。
さて、そろそろ帰ろう。
時間も既に17時を過ぎているし……ここから帰って20時になってしまう。
最後も運転はことねさんに託すことにした。
途中で私は変わればいい。
高速道路に道が切り替わると、揺れはさらに少なくなり私の意識は……少しずつ……とお……のく。
「……ふふ、結局疲れてるじゃないですか。」
………気がついたら私は力尽きるようにねむってしまっていた。
急に肩が重く、そこからは何も感じることは無いほど眠りについてしまったようだった。
☆☆
「……あちゃん!」
誰かの声が聞こえる。これは、直輝……?
「母ちゃん!おーい!」
意識は起きてるのだが、身体が重く動くのを拒否する。
少し目を閉じただけだと思ったが、どうやら長いこと眠っていたようだった。
「……ここは?」
「あ、やっと起きた!ここは……んー、駅で言うと下北沢辺りだ。」
下北沢……かなり聞き慣れた土地名だった。
そう、私の家からもそう遠くない………。
「下北沢!?」
めちゃくちゃ東京である。
さっきの大井川からだと大体……2時間半くらいの所にいた。
いつの間にか私は深い眠りについたようだった。
「ことねさん、もしかしてずっと運転を……!?」
「……ええ、やっぱり疲れてたみたいでしたので最後まで行かせて頂きました。」
しっかり寝たのかさっきまでの足の重みや肩の疲れ、目や頭がスッキリした感覚があった。
ちなみに舞衣ちゃんや彩奈ちゃんの姿はもう無かった。
どうやら、近くまで送って行ってくれてたみたいで、後は私たちが解散するだけだった。
「ありがとう、ことねさん。あなたには助けられてばかりだわ。」
「……いえいえ、また行きましょう。2日間ありがとうございました。」
そう言って彼女は車を降りて荷物をまとめて帰っていった。
残るは私と直輝だけである。
私はコンビニでコーヒーを買ってから少し頭をすっきりさせて最後の力をふりしぼり車を運転する。
15分くらいした後に私は既に家の前に着いていた。
時刻は既に21時を過ぎていて、住宅街を人が歩く様子はなかった。
妙にビルのすきま風が寒く、山奥とは違う乾いた冷たさを感じて私は震えていた。
「……ったく、母ちゃんも無茶しすぎだよ。適度に休めばいいのに。」
「あはは、体力のペースって案外難しいね。」
旅が終わり、一気に非日常から日常に戻る感覚を感じる。
でも、妙に達成感に近いものが私の背中を大きくして、出発の時とは全く違う景色に見えた。
慣れきった自宅の匂いさえ、妙に新鮮にさえ感じてしまう。私はやっぱり旅が大好きだ。
「ねえ、直輝?せっかくだし川根茶でも飲まない?」
「早速かよ!まあでも……これも旅の醍醐味だよな。」
そう言って直輝はお茶を入れてくれる。
旅を終えて少し冷えた私の体を川根茶はほんの少しの渋みと甘みで私たちを癒してくれて、体の奥を温めてくれるようだった。
長く過酷でもあった大井川の旅の物語は、これにて終わり。
明日も忙しい毎日が待っているけど、それさえも楽しみに感じてしまっていた。




