遥香と秘境の吊り橋物語 12話
宴会場は和を強調とた部屋になっている。
これから会席料理を用意するということで接待にでも使えそうな広々とした空間になっている。
「うわぁ〜!会席料理楽しみ!」
「……ふふん、今日はちょっとコアなメニューにしてみたんだよ!」
少し得意げに直輝が微笑む。
どうやら、1つ隠し種があるようだった。
座り出して、中居さんが一通り説明をしてくれてから、料理を運ばれてくる。
一見普通のものと違いはないけど……あるものに目を張った。
鍋があるのだが、その中に味噌と豚肉が乗っている。
しかし、豚肉にしては若干風味……というか癖の強い匂いが感じ取れた。
「もしかして、直輝これって……。」
「母ちゃん、お目が高いね。今日は秋のジビエプランで行くことにしました。」
なんというチョイス。
秋なのもあるけど山の中ならではのプランである。
つまり、この豚肉に見えたものは猪肉だった。
しかし、女性の割合が高いけどかなりニッチな選択でよかったのだろうか?
周りの女性を見る。
「……ふむ、こういうのは焼酎か日本酒で。」
「食えればなんでもいいわ!お腹空いた!」
どうやらことねさんと舞衣ちゃんのメイド組は特に問題なさそうだった。
さて、彩奈ちゃんはどうだろうか??
「……。」
いや、やけに冷静だった。
流石に直輝のチョイスミスが裏目に出たのかと不安になった。
「だ、大丈夫……?彩奈ちゃん!」
「え?ああ……大丈夫ですよ。」
話すと反応としては普通だった。
「だって私……、実家でウシガエルとか、イナゴとか食べるからジビエ好きなんですよー!」
ええええええ!
いやまさかの事実である。
弱いどころかこのメンツジビエの耐性はかなり高いみたいだった。
ホッとしたところで日本酒を注ごうと瓶をもつ。
「ことねさん!お酌する?」
「……光栄です。是非お願いします。」
私はことねさんのグラスに日本酒を注ぐ。
「……では私も。」
「えへへ、どもども。」
逆にことねさんからも注いでもらって私たちは乾杯をした。
さて、まずは猪の味噌焼きを食べる。
旬の野菜と味噌を塗った猪肉は相性が良く、
猪の臭みを見事に味噌が消してくれている。
肉自体は噛みごたえがあり、食べれば食べるほど旨みが湧いてきた。
良く臭いとか硬いとか聞くけどキチンと調理すれば豚を超えるポテンシャルは十分にある食材だ。
「う……うまい!」
口に着いた猪の風味を日本酒で口直しすると、それもまた相性が良かった。
この日本酒が甘い味わいなのに、後味がキリッとしていて米の旨味をダイレクトに舌で感じることが出来る。
「んー!おいしい!直輝くんナイスチョイス!」
「えへへ、流石私の直輝くんよ!」
女子高生二人もテンションがあがっていた。
他にも猪肉のチャーシューなんかもあったけど、しっかりと味付けと下準備がされていて、臭みはなく柔らかい仕上がりになっていたし、鹿肉の炙り焼きも赤身肉が柔らかくジューシーになっていて、みんながジビエに舌を鳴らしていた。
「いや〜、なんかここまで来た甲斐があったわ。今すごく楽しい……。」
酒が回ってきたのか、心拍数が上がり若干頭がふわふわするのを感じる。
気がついたら、既に1瓶空いていた。
「……私もです、遥香さん。学生の頃はこれといった友達もいないし、こうして旅行することもなかったから新鮮です。」
ことねさんも酒が回ったのか普段よりも饒舌で、それでいてクールな顔が少し火照っていたような気がした。
大人になると、友達って少なくなる。
出会いが無くなるのもあるけど、昔みたいに感情だけで集まれる人も居なくなってしまう。
ふと、私の地元の旧友を思い出す。
ひとりは地震で無惨な姿で亡くなり、もうひとりは……それ以降は泣くこともできない私をせめて決別してしまった。
それからひとりだった私が今こうして集まって酒を飲んでいる。それだけで、運命に許されたような……そんな感覚を覚えた。
「母ちゃん、母ちゃん!」
直輝に呼ばれていたことにやっと気がつく。
「ああ、ごめんごめん!ちょっと酒が進みすぎたかも!」
「もう〜飲み過ぎだよ!」
でも私はもうひとりじゃない。
直輝が居て、みんながいる。
AVだとか仕事だとかそんな利害も必要のない人達。
そんな人たちと食べるものや景色を分かち合える事がとにかく幸せだった。
☆☆
「母ちゃん!母ちゃん!」
俺は直輝。
今はみんなで会席料理を食べては宴会のように楽しんでいたのだけど……思いの外母ちゃんが飲み過ぎてかなりふらついていた。
多分俺たちとなんの話しをしたのかも若干覚えてないくらい久々に飲んでいた。
「大丈夫?遥香さんかなり酔ってるわね。」
「ああ、そうなんだよ彩奈。ちょっと先に部屋に戻ってるね。」
「了解!私達もぼちぼち部屋に戻るわ!」
さて……と!
俺は贅肉と筋肉が半々の体を振り絞り母ちゃんを背負う。
昔は大きく感じた母ちゃんの身体が、背負ってみると案外小さいことに気がつく。
とはいえ、人を背負うのはなかなかくたびれる。
「はぁ……はぁ……部屋戻るぞ。」
「うん〜。」
俺は思い足取りで少しだけ汗をかいてしまう。
せっかく温泉に入ったのにと後悔はしたけど、部屋に付いている温泉に行けば良いと考えて今は母ちゃんをベッドに寝かすことに集中した。
「直輝……ごめん……。」
「あ?どしたの急に。」
「ちょっと……今日があまりにも楽しくて飲み過ぎちゃった。」
「ああ、そうかい。」
「私……地震で友人を亡くしてからこうして人と笑う権利あるのかな〜とか思いながらも、ちょっとこの時間を楽しんでたら、すごく飲みすぎた。」
酔っ払った母ちゃんがそんなことを言い出す。
母ちゃんが友達と話してるとこ見たことないと思ったけど、何か罪悪感を背負ってるかのように重く感じた。
「そんなの、昔の事じゃないか?今は今だよ。だって今母ちゃんが選んだ世界はこうして母ちゃんを受け入れてるじゃん。だから母ちゃんは今を楽しむ権利はあると思うぜ。」
「……もう〜直輝ー!かっこよくなりやがって、ご褒美に強めにハグしてやる。」
「ぎゃああああ!くっつくな、密着させんな!酒くせぇ!」
足と背中に疲労が蓄積していくのを感じるが、あと少しだ。
それから暫く歩いたあと、母ちゃんは俺の背中で眠りにつく事になる。
俺には理解しきることは出来なかったけど、母ちゃんの中で何かがひとつ動いたのだろう。
軽く小さく見えた親を背負い俺は進んでいく。
きっと、小さく見えたのではなく俺が大きくなったのだろう。
そして、俺たちは自分の選択を進んでいく。
夜の旅館はギシギシと音を出し、静かに俺たちは夜の廊下へと消えていった。




