遥香と秘境の吊り橋物語 9話
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寸又峡への道のりは酷く険しいものだった。
なんと言ってもヘアピン坂だらけなのだが、それに加えて時折車1台しか通らない道が点在しており、最初は賑やかだった車内も少しずつお通夜のような沈黙へと変わっていって私もプレッシャーで押しつぶされそうだった。
「な……なんというか……道が狭いね、母ちゃん」
「そうね……まあ安全第一で行くけど。」
「あ、母ちゃん……バス来てるよ。」
「バスっ!!??」
対向車が来ないように祈っていたが何故かバスがこの道を運行していた。
私は急いでバックして広めの路肩に止まるのだが、今にも崖に落ちてしまいそうだった。
バスは40km以上のスピードで駆け抜けていくが私にとっては爆速で進んでるようにも見えてしまった。
「……ん?母ちゃん、もうバス行ったよ。」
バスはとっくに過ぎたというのに私はアクセルがふめなかった。
「吊った。」
「え?」
「足吊った。」
そう、私は度重なる無理な運動と疲労と緊張で足を吊ってしまったのだった。
「え、ちょ……どうすんの?」
「あはは……どうしよう。」
一同に沈黙が溢れる。
どうしよう……さすがにピンチすぎる。
そんな焦りを感じていると、1人だけ立ち上がってくれた。
「……遥香さん、運転変わりますか?」
そう、普段は頼りになるメイド長……神宮寺ことねさんだった。
「え、ことねさん……免許持ってます?」
「持ってますよ、ほら。」
ことねさんの免許を見るとゴールド免許のマニュアルも乗れる免許があった。
「す……すげー!ゴールド免許だ!」
「運転はするんですか?」
「……ええ、たまに彼とロードスターで峠とか行くので、ある程度は。それに加えて、今日明日だけセブ〇イレブンでワンデイ保険……入れておきました。」
完璧すぎる、流石だ。
今日はバテてる姿しかみなかったけど、急に本来の彼女が見えてきたようだった。
私は彼女を信用して運転席を譲る。
ことねさんは席とミラーを調節したら、ドライブに切りかえてアクセルを踏む。
「……おお、なかなかトルク回って早いですね。」
「ことねさん!?ちょっと早いんじゃない?」
彼女は想定より少し飛ばし気味で発進をした。
それ、ガードレール曲がれるの!?
しかし、カーブの前で彼女はギアを動かして原則し、見事峠道を我がものにしていた。
「……なかなかいい車ですね。」
「ことねさん!?私より運転上手いですね。」
ことねさんは空間把握能力が高いらしく、ルートを直前です頭に入れつつ、適度に先の道を見て加減速を調整している。
2回ほど対向車は来ていたけど、そこも譲り合いの精神まで完備していて路肩で車が去るのをきちんと待っていた。
しかし……
「ヤバい……酔った。」
「ちょ、舞衣!?もう食べるのやめて!上見て上!」
「うおっ!?めっちゃ振られる!?」
彼女の運転は相変わらずかんぺきそのものだったのだが、
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ運転が荒かった。
☆☆
「……到着しましたね。ん?皆さん、ぐったりしてますけど大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫よ、ことねさん。」
「私……もう……トイレ……。」
「きゃー!?舞衣!車ん中は辞めてね!私も着いていくから!」
「…………。(直輝放心中)」
車内は約30分の険道を体験してグロッキーになっていた。
彼女、運転は最強だけど……多分2人乗り以外は運転したことがないのかもしれない。
舞衣ちゃんは彩奈ちゃんにトイレに連れられ、まるで先程少しだけ見た長島ダムの放水のように吐瀉物を噴出したようだった。
「……ふふん、峠道は楽しいですね。車も最高でした。」
あ、これちょっと自覚してないタイプだ。
あとで少しだけ教えてあげよう。
さて、ここは寸又峡。
大井川北西部に位置する美女作りの湯と知られる温泉街である。
ここには名所としては温泉はもちろん、幻想的な吊り橋の通称、「夢の吊り橋」なんかも人気スポットである。
私たちは少し、上り坂を登っていく。
そこは温泉街というのもあるけど、ちゃんと人が生活してるという所に驚きを感じていた。
コンビニは見当たらないけど、売店の車が来ていてきちんと流通も工夫されてるなと思った。
「な……直輝くん……。」
「お、舞衣?もたれかかって……大丈夫か?」
「うん、ちょっとしばらくこうさせて〜。」
「しょうがないな、あんまムチャんすなよ。」
上り坂がしんどいのか舞衣ちゃんは直輝にもたれかかっている。
先程彼女はヒロインからゲロインに降格してしまったのできっと体調が優れないみたいだった。
ちなみに店もいくつか見えた。
足湯カフェや渓流そばのそば店……雑貨屋とか売店や川根茶のお店もあるようだった。
美味しそうなので明日食べに行こう。
今はちょっと……車酔いが食欲を削いでいるんだけど。
そんなやり取りをしてるうちに私たちは目的の旅館に到着をする。
木造の大きな旅館で、中庭と敷地内の1本の大きな木をみて、秘境の宿という名に恥じない景色に内心心躍らせていた。
車酔いで全体がゾンビのような足取りなのだが、自然の美しさと静けさが少しずつ私たちの心と体を癒してくれるようでもあった。
危険な道を乗り越えた達成感が、より私たちの背中を支えているのだが、少しだけ私はどうでも良いことに若干の憂いを感じていた。
「あ、帰り道……どうやって帰ろう。」
しかし今は、それを忘れてこのご褒美を楽しむとしよう。
だってここは……美女作りの湯なのだから。




