スケベな友人が泥酔お姉さんのせいでまともになる件 12話
笛吹さんはあれからずっと書いていた。
俺は別室でダラダラと時間を過ごして、彼女の集中を削がないようにしていた。
彼女は良くも悪くも注意散漫……、彼女の注意を逸らしてしまうのは大きな損失になると考えているのだ。
なので、俺はひと足早くベッドに向かうことになった。
床でねることに慣れてる俺としてはふかふか過ぎてちょっと違和感がある。
シーツはまるで絹の上にいるようなスベスベとした感触をしていて、身体を温めてくれている。
俺のいる部屋は少し暗くなっているのと……バイクの疲れが一気に俺の肩にのしかかってくるようだった。
いけね……ちょっと無理しすぎた。
体が悲鳴をあげている。
ここは少し早めに寝るとしよう。
そんなことを思っていたら気がついたら俺は深い眠りに入っていった。
夢を見たかも怪しい……そんな深い眠りについたのだった。
☆☆
……秋口に入ると、朝の音は静かになるものだ。
子鳥のさえずりとかで起きたりするのだけど……それもなく時刻は朝の五時だった。
少し明るいけどまだ朝の日差しは入っていない。
冬になると日照時間が減ると聞くのだけど……まさにこの境目の時間がその事実を静かに伝える。
そして、俺は起きようとするのだけど、昨日の疲れがまだ残っており、重力が疲れた肩や足などを強く引っ張ってる気がした。
でも、何とか考える前に立ち上がる。
俺は基本的に早起きなので習慣は大事にしていきたい。
それはそうと……笛吹さんは……。
俺は、彼女の部屋を見てため息をついた。
彼女は……案の定寝落ちしていた。
電気はつけっぱなし、テーブルに突っ伏してタブレットの電源も入っている。
おいおい、大丈夫かよと思って彼女のテキストアプリを見ると、1文字毎に保存されるクラウドタイプのものだった。
ああ……確かにガサツな彼女にはうってつけだ。
俺は、せっかくのベッドの感覚も味わうべきだと思い彼女をベッドに運ぶ。
彼女……確かに体に贅肉があるとは言ってたけど……それにしては身体が軽すぎた。
体重は体感50kgもない気がする。
もう少し栄養のいいもの作るべきか?と悩むほどだった。
「だから……れんれん……目玉焼きはウスターソースがいいんだよ……あはは。」
持ち上げると、彼女は寝言を言う。
いや……どんな夢見てんすか。
彼女をゆっくりと布団から降ろして布団を被せる。
そして、彼女の小説の……「ろくろとラブレットピアス」がほんのりと目に入った。
文字数は10万前後で、250ページから300ページ程度のものだった。
え、これ一晩で書き上げたのか?
彼女が寝落ちした様子を見る限り……ほんとさっきまで書いていたのかもしれない。
1点集中したら周りの世界をシャットアウトしてるとは聞いたけど……それにしたって行動力はずば抜けていた。
なんとなくだけど彼女の小説を読む。
小説は……まさに千鶴さんそのものだったけど、そこを笛吹さんがアレンジしていた。
気がついたら俺は彼女の書いた物語に没頭していた。
千鶴さんがなぜ親に反抗するのか……それは生きる意味とは何かを模索していたから、でもそれは孤独との戦いでもあるように彼女の孤独な体験や葛藤をしつつ、ろくろを回して成長していく。
時に愛した人に裏切られたり、不良に戻ろうかと悩むが手それでもろくろを回し続けるのだ。
そんな彼女のドラマが書いており、時折笛吹さんの独特な言い回しや語彙をみてやはり彼女がプロなのだと再認識されてしまう。
特にこの小説の全体のテーマは「夢」であった。
最初は「夢」を模索し……苦悩する千鶴さんの姿は今の俺に重なる部分を感じてひたすら読んでいた。
気がついたら俺は……既に半分近く読んでしまっていたのだけど、途中で辞めることになる。
俺はこの物語を読んで勇気とかが溢れるような気持ちになった。
そんな背中を押してくれる本だけど……ここで読み切ってしまうのがなんか失礼だと感じた。
それくらい完成度が高かったので……続きはお金を払って買おうと思う。
背を伸ばして、自分に問いかける。
俺にとっての「夢」とは何か……どうしたら笛吹さんのようになれるのか……、いや自分自身はどうなりたいのかだな。
ふと……俺はいくつもの追憶を頭に浮かべる。
そんな中俺はひとつの結論に着いたのだった。
「俺……美容師になりたいな。」
シンプルな答えだった。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
俺の親父は店を構えられるほどの美容師だった。
気さくで、それでいて気高い人で……そんな親父にたくさんの人が付いてきてくれていた。
パッと見はチャラいんだけど……仕事を本気でやる親父が好きだった。
決別して暴君だった母親に好き放題やられても、親父は髪を切ることに全てを捧げていた。
そんな親父の意志を……継いでいきたい。
そんな決心をして、また笛吹さんの様子を見に行くと……彼女は起きていた。
「おはよう……。」
「おはようございます、よく寝れましたか?」
「どうだろ、書き上げた時に日は昇ってたからまだあんま寝てないかも。」
「そーなんすね。」
「……れんれん、まだ眠い。」
「チェックアウトまではまだ時間がありますね。」
「じゃあ、一緒に寝て。」
そう言うと、彼女は俺を求めるように両手をこちらに伸ばす。
俺はため息をついて、確かにまだ少し寝たりない気持ちを感じつつ……彼女と密着して布団にはいる。
彼女の体温と彼女の肌からほんのりの湿気を感じて少しだけドキドキする。
そして、俺たちは抱きつけるように互いの体温を感じていた。
「……みた?私の小説。」
「ええ、少しだけでしたけど。」
「社外秘だぞー!」
「いやいや、セキュリティガバガバでしたよ。」
彼女におでこをグリグリと拳を打ち付けられる。
まあでも……確かに覗き見をしてしまった。
「でも、途中で辞めました。」
「え、なんで?」
「めっちゃいい話だったと思ったんですよ。すげー前向きたいなって思ったし、やりたいことが決まった気がしたんすよ。だからこの続きは……ちゃんと買ってから見ることにします。…ちょい見せの無料版ですね。」
「なんか、FANBOXみたいだね。」
「おいやめろ……。」
もっとこう……下ネタ以外で表現できんのかこの人は。
相変わらず笛吹さんは笛吹さんだった。
「それで、れんれんはやりたいことはなんなの?」
「ああ、美容師になります。」
「お父さんの意志を継ぐんだね。」
「ええ、それだけかっこいい親父だったんで。」
「……そっか。」
彼女は、みなまでは聞かなかった。
きっと眠いのもあるけど、全てを語る必要は無いからだと思ったのかもしれない。朝の日差しは……少しずつ強くなっていく。
でも俺たちはまるでこれから夜になるように静かな雰囲気になっていった。
「おやすみ……れんれん。」
「ええ、おやすみ。」
俺たちは……ほとんど同じタイミングでまた眠りについた。
この時、俺は夢を見ていた。
どんな夢かはすぐ忘れてしまったのだけど、多分人生で1番か2番目くらいにいい夢だったと思う。
再びシーツの香りと、温泉の香りに包まれて俺たちはまるでひとつになるかのように意識は静かに沈んで行った。
「ろくろとラブレットピアス」の書かれたタブレットは、電源を切って真っ暗になっていた。
裏面は手を焼くほどの熱さだったのが……静かに冷めていく。




