スケベな友人が泥酔お姉さんのせいでまともになる件 4話
長野県に突入すると、高速道路は一方的な登り道に変わる。
山梨は甲府盆地であるがゆえ、平地が多かったが長野県は特に標高差が高いように感じた。
東京ではまだ常夏のような気温に襲われるのに対して、ここはもう冬に差し掛かっている。
バイクその中で山と反響し合うようにエンジン音を鳴らしていてそれがとても心地よかった。
無意識に感じる……俺も最近生徒会やら、直輝の手助けやら、部活やらで無意識に疲れてイライラしていたことに気がつく。
それを自然が無意識に教えてくれて、運転に没頭しつつ自然をたまに眺めるのが体を癒していく。
山が見えたと思えば……次は巨大な湖が見えたりもする。
この間直輝と佐倉が花火大会に行ったという諏訪湖がこれなのかもしれない。
「れんれん!でっけ〜湖!」
「……ですね!多分あれ諏訪湖ですよ。」
「諏訪?神社?」
「ああ、なんか聞いたことあります。その神社の総本山がここにあるみたいですね。」
「降りる?」
「いや……また今度にしますか。日が暮れちゃいますよ。」
「むぅ〜、しゃーないな。」
太陽に照らしひかりを乱反射する諏訪湖は一段と綺麗だった。
それを見収めるかのようにトンネルと橋が湖をシャットアウトして、景色は谷のような景色に切り替わる。
そして、岡谷JCTが目の前にあるのだが……。
「えーっと……松本長野……名古屋……ん?どっちかだっけ?」
イマイチ地名が分からない。
名古屋は南にいくのか?
というか、伊那市って長野のどこに位置するんだろうか……。
「れんれん!名古屋方面でいいと思う。長野市は長野県の北端当たりだから新潟とかに行っちゃうかも!」
「なるほど!りょーかいっ!」
俺は右のレーンに舵を切って走ると、見事笛吹さんの提案は的中して伊那インターの看板が見えた。
景色を見渡すと、東と西には山並みがあり、北と南は山陰がなく空と地平線が続いている。
これがいわゆる伊那谷と言うやつなのかもしれない。
どうやら、諏訪からV時で南に南下したのでさっきまでいたところは山の先にあるようだった。
伊那インターを降りて、近くのスーパーで駐車をしてルートを確認する。
どうやら、ここから北に進むと山を貫く権兵衛トンネルというものがあるようだった。
そこから木曽という所をしばらく走って俺たちは下呂温泉に着くことになる。
ここまで走ること3時間弱……結構な長旅になっていて、俺も笛吹さんも少し疲れていた。
「酒……酒……。」
笛吹さんも酒が欲しすぎてミイラのように干からびていた。
「まだダメですよ、少し缶コーヒーでも買ってコーヒーブレイクにしましょう。」
「コーヒー……ブレイク……?」
しまった、この人仕事の合間に酒を飲んでるせいでコーヒーブレイクの概念がなかった。
とにかく、俺はホットの微糖のコーヒーを渡し、山を見ながら一緒に飲んでいく。
コーヒーは肩の疲れをリラックスさせ、心をホッとしてくれる。
「う……美味い……。」
「でしょ、たまには酒以外も良くないですか?」
「うん、コーヒーってこんなに美味しかったんだ……脳もスッキリするよ。」
全く……そんな当たり前なことにこんなに驚くなんてな……。
意外と俺は笛吹さんのそういう面を見るのが好きだ。なんというか、普段破滅的な事ばかりするから安心する。
もっと、健康に気をつけてくれれば俺は安心なのだがね。
「ああ……でも、スッキリすると不安が………。〆切……スランプ……将来の心配……独身。」
「いや、どんだけ悩みあるんすか。」
どうしよう、この人の頭の中が気になるけど虫眼鏡で太陽を見るみたいに焼かれそうな気がした。
「私もアラサーのババアだからな〜。れんれん……20過ぎるとあっという間だぞ〜!そして突然漠然とした将来の不安とかそういったものが足枷のように重くなり……。」
「やめろー!怖いこと言うな!」
どうやら、破天荒な行動はしてるけど歳への恐怖はじわじわと来ているようだった。
俺も25超えたらこうなるのかな?
「さて……そろそろ行きますか!体も落ち着いたことですし!最後飛ばしますよ!」
「うん……お願いいたします。もう、手の震えが……。」
うん、まずはそのアル中を改善することから始めた方が良いかもしれない。
山を登って行くと、景色は一段と高くなる。
西に数百メートル進むだけで標高が数十メートルも上がっていく。
今までいた景色が明らかに目線の下にいた。
空気も妙に澄み渡っている。
その先にトンネルがあった。
ひたすら長く、くらい道のりだ。
バイクの音とトンネルが激しく反響し合い、少しだけトンネル内は排気ガスの匂いがして気持ち悪い。
しばらく闇が続き……少しだけ一筋の光が見えてくる。
そして、超えた先はまたトンネル。
どうやら、巨大な山を空けてるのでかなり長いトンネルであるのが伺えた。
やがて、山を超えるとループ橋に切り替わり、木曽という地域に着く。
ここは長野県西部に位置する谷のような地域でさっきの伊那谷が比較的緩やかな逆だったのに対して、ここは所狭しと山があり、その先に川があって……すぐ山が見えていた。
たまたま時刻は昼間すぎだったので陽光が谷を照りつけていたが……間もなく山に隠れそうであった。
「すげー自然!てかなんもねー!」
流石にここまで景色が変わるとさっきまで底辺にいた笛吹さんのテンションが上がっていた。
木曽は信号も少なく、平均して車の速度も早いのでオレのバイクも早く進んでいく。
標高と寒さが特徴の木曽の地域だとライダースーツも心地よく感じてツーリングとしての最高のコンディションを演出している。
風が程よく吹き、川のせせらぎが心地よい。
川はエメラルドグリーンの美しい川となっていて、危うく見とれてしまいそうだった。
令和の時代でも……こんな世界があるんだな。
まるで都会の対義語のような世界だった。
高低差は激しいが、それも含めてアスレチックのような程よいスリル、他にも三河ナンバーなどのバイクや車があるので、ここは最高のツーリングロードなのかもしれない。
気がついたら俺の疲れはこの谷だけで吹っ飛びそうだった。
「れんれん……ここ、道の駅いっぱいだね。」
「いやほんと、さっきもありましたね。」
ただ、自然が雄大すぎるせいで何故か道の駅が頻繁に見えてくる。
そして、度重なるソフトクリームという単語が妙に俺の空腹を鳴らして言った。
「笛吹さん……ソフトクリーム食べません?」
「ソフトクリーム!?食べたい食べたい!」
テンションの上がった笛吹さんは俺の背中をバシバシと叩いた。
「ちょ、痛え!危ないですよマジで!」
「あはははは!れんれん、面舵いっぱーい!」
「それ、船に乗ってる時のセリフですよーー!?」
少し暗いコントラストの紅葉の中、俺たちはまたひと時の休憩をする。
長い長い道のりのツーリング旅は、無言の時間が長いけど……これはこれで自然の良さを二人で分かち合うようであり、到着したあとこの人どれだけたくさん話せるのかとワクワクしている自分がいた。




