スケベな友人が泥酔お姉さんのせいでまともになる件 3話
双葉サービスエリアには見晴らし塔があって、トイレに直行するかと思ったら笛吹さんは塔にのぼり、子どものようにはしゃいでいた。
「うおおおおーー!すげー!」
「ふ……笛吹さん……!トイレは……!?」
「あ、忘れてた。」
好奇心旺盛な子供かあんたは。
「あ、あれ……富士山じゃない?」
笛吹さんはある方向を指さす。
そこには、少し雪がかかった富士山が紅葉の山海に囲まれながら青くそびえ立っていた。
「うわー、富士山あんなはっきり見えるんすね。」
「ね!こんなでかいんだ……!」
風を浴びながら俺たちはドライブの疲れを伸びで癒す。
意外と何時間も同じ体勢は疲れるものだ。
笛吹さんは、すぐに飽きたのかトイレに直行した。
全く……騒がしい人だ。俺は自販機でホットの缶コーヒーを飲んで少しルートを確認する。
ううむ……こっから伊那市に降りて……そこから西に進んでいけばいいのか。
ある程度ルートを確認したら俺は笛吹さんを探すと……割とすぐ入口付近で立っていた。
見たところアップルパイの専門店があったので、それを見ていたようだった。
「……笛吹さん、食べたいんですか?」
「ぎにゃ……。」
なんだ、ぎにゃって……。
ちょっと笛吹さんは隠していた。
まあ、お互いの生活のために俺が外食とかコンビニとか制限をしてるから仕方ないんだけど。
「……買ってあげますよ。」
「え、いいの?」
「今日は気晴らしですよ。あの……これ、ひとつ下さい。」
俺は店員さんからアップルパイを受けとり、笛吹さんに渡すと子どものように喜んでいた。
こういう所は可愛いんだよな……。
後は毎日ちゃんと風呂入ってくれれば文句なしだ。
「んー!おいし、れんれんは優しいな〜!」
「いつも俺の事鬼呼ばわりしてませんでしたっけ?」
「そ……ソンナコトナイヨ〜。」
ったく……都合のいい耳してやがる。
それにしても、彼女は美味しそうに食べる。
酒もタバコも口に入れる時は本当に幸せそうなのだ。
「あ……れんれんも一口食べる?」
「えー、美味しいよ?」
笛吹さんの顔を見る。
どうやら、美味しさも共有したいようで目をきゅるんとさせている。
ぐぬぬ……アラサーのくせに可愛い。
「……一口頂きます。」
「あはは!よろしい!」
俺は一口食べさせてもらうと、リンゴに少しクリームが入っていて、リッチな味わいとパイのサクサク感が口を楽しませる。
あ、これ美味いわ。
良かった、なんか……今日の笛吹さん酒に逃げる事もなく比較的健康そうな感じだ。
少し安心したので再出発をすることにした。
バイクはエンジン音を鳴らし、快適に山梨県を走らせる。
笛吹さんもご機嫌なのか後ろで鼻歌を歌っていた。
「……笛吹さん、今日はお酒飲まないんですね。」
「あ、ほんとだ。今日は飲んでない!タバコも吸ってない!」
これは喜ばしい発見である。
笛吹さんはあらゆる意味での依存症だ。
タバコ、酒、ギャンブル……時には自慰行為。
普段家ではその繰り返しをして、たまに執筆をするのが彼女なのだけど、今日はそれに全く関心を示さない。
「笛吹さん……もしかして、なんかストレスとかあるんすか?」
少し気になる。
彼女が何故ここまでたくさんのものに依存してしまうのか。
それは……なにかストレスの原因があるのかもしれないと。
「うーん……なんだろう。」
「仮に……俺が突然、酒やタバコとか制限されたら?」
「……死にたい。」
行かん、どうやらこれは全ては彼女の人生の松葉杖のようなものなのかもしれない。
「分かるんだよ、こんなことばっかしてちゃいけないって……禁酒もした。したらね、気がついたら私自分を殺めようとしていたの。酒がないと……生きられない。」
普段酒で笑い上戸になっているから気づかないけど……彼女の闇は深い。
なんせ、家族の愛も知らないし、孤独に生きてきた。
小説も酔っ払いながら書かないと人に認められない。
だから、彼女はこれほどまでに執着してるのかもしれない。
「れんれん、もし嫌なら……こんな女捨ててもいいからね?」
「はあ!?」
うろたえてしまい、バイクは少し軌道が揺らいでトラックに気をつけろと言われんばかりにクラクションを鳴らされる。
「……すみません。」
「……い、生きてるから大丈夫。」
「あのですね、笛吹さん!冗談でもそんなこと言わないでくださいよ!」
「……ごめん、でもさ……私がいるせいでれんれんが本来普通の女の子と歩むはずだった青春とか、恋愛とか……そんなのが私みたいなダメなアラサーといることで、れんれんを不幸にしてるんじゃないかなとか……。」
暫く彼女と向き合う機会は少なかったけど、どうやら彼女は彼女で負い目を感じているらしい。
なんか、理解できた。
最近小説がスランプなのも、酒とかの量も増えたのも……俺が彼女に向き合えてなかった証拠である。
「……笛吹さん、考えすぎっすよ。俺は他の子じゃなく、笛吹さんといるのが楽しいんですから……この続きは夜に話しましょ、ちょっと晩酌でもしながら。」
すると、笛吹さんは何も言わず、俺の背中に頭をくっつけ抱きしめてるようにも思えた。
車通りのない坂道はどんどん俺たちの位置を高くする。
気がついたら1000m近くまで標高が上がり、無意識にまたライダースーツは俺たちの体を冷ましていった。
そして、ふとこの旅を感じてふと思う。
もしかしたら、この旅を通じて俺たちは変われるのではないかと……と。




