僕のクラスメイトは托卵女子 8話
佐倉さんは赤裸々に過去を俺に打ち明けてくれた。
謎のドリンクを飲んで判断力を失った俺たちは、その後も家で何かを話していた。
俺は、朝の10時くらいに目が覚めた。
チュンチュンと小鳥のさえずりが心地が良い。
俺の朝は妙に睡眠をよくとれたのかいつもよりも具合が良かった。
時計はまだ見ていない、目の前には佐倉さんも一緒のベッドに寝ていた。
俺は一瞬焦ったのだが、どうやらシーツも綺麗だし何かを致した形跡がなかったので話をしたあとの俺たちは多少の理性が残っていたみたいで安心した。
それにしても、佐倉さんの寝顔はなんというか顔が整っていて、何も無いと美少女そのものだった。
そう、彼女は周りに誤解をされているだけのただの女の子なのだ。
おっと、寝顔ばっかみてるとキモイやつだと思われる……。
すると、突如俺の携帯は着信の音を出した。
「もしもし。」
「直輝……大丈夫か?佐倉さんと2人が朝のホームルームにいないってことで連絡も特に来てないから諏訪先生心配してたぞ!」
俺はスマホの時計を見る。
短く太い針は、10時の方向を示していて明らかに俺たちが遅刻をしたのを悟った。
「すまん、佐倉さんと寝坊しちまったみたいだ。」
「あ!?え、どういうこと……もしかしてお前らヤッ……。」
「その心配はご無用だ。」
「ゴム用?いや、そこはエチケットとして遵守してくれ。」
「そっちじゃねえよ、まあいいや……みんなには適当に誤魔化してくれ。後で細かく話す。」
飯田は嘘が上手である。
しかし他人を攻撃する嘘ではなく……優しい嘘が得意なのでそこは信頼していた。
俺は電話を着ると……恐る恐る佐倉さんの方に歩き出す。
佐倉さんは……起きていた。
「ふあ〜。おはよう、直輝くん。」
「おはよう、佐倉さん。」
何か少し違和感は感じたが……普通に挨拶をした。
なんだっけ、この違和感。
「あれ、いつもは天野くんじゃなかったっけ?」
「今日から私……直輝くんって呼ぶことにしました!」
「唐突だね……でもいいよ、名前の方が好きだし。」
「じゃあ私は舞衣って呼んでもいいわよ、等価交換ね!」
「だが断る。」
「なんでよ!」
俺には女子を下の名前で呼ぶのはハードルがある。
この場において俺はチェリーボーイ特有のつまらないポリシーに囚われていた。
「じゃあ、呼んでくれないと私は直輝くんと一夜を共にして直輝くんが乱暴に私の中に直輝くんの証を注がれちゃったって言いふらすわよ。」
「いや、超遠回しに性行為を捏造するのはやめてくれ。」
こういうのなんて言うんだっけ、想像妊娠?
いやその前段階だからシンプルに虚言と表現するのが正しいか、しかし……今の状況だとその虚言も事実と疑われても仕方が無いので素直に従うことにした。
「ま……舞衣……さん。」
「よろしい!」
ふん!と鼻を鳴らしてドヤ顔をする佐倉さんは昨日の壊れた佐倉さんとはうってかわって天真爛漫だった。
まあいい、付き合うとかそういったリスクがある訳じゃないから目を瞑ることにしよう。
「そ、それより……俺たち遅刻だよ。早くこの家を出ないと!」
「大丈夫よ、遅刻は遅刻なんだし焦っても仕方がないの。もう少し……一緒にいない?」
彼女は至って冷静だった。
確かにそうである、今更焦っても昼前の授業はほとんど間に合わない。
13時からの授業に集中する方が得策なのだ。
じゃあどうする?
俺にはこの先の展開が全く予測が出来なくて狼狽えてしまう。母ちゃん以外の女性と長くいるのも初めての体験なので俺は事前に準備もできていなかった。
「ねえ、直輝くん……デートしよっか。」
☆☆
俺たちは渋谷のイタリアンのお店に行くことにした。
お昼後に学校に行くので制服を着てお店に行く。
イタリアンなんて初めてなのでオレにはどうすれば良いか……何一つ策を練ることができなかった。
なんて、俺は無力なんだろう。
どうやら舞衣さんがメニューをみてささっと注文してくれたので俺は座るだけでよかった。
いや、座るだけでいいのかとも少し疑問でもあった。
「お待たせしました。こちらは生ハムとブラータの盛り合わせと鴨肉のラビオリでございます。」
ウエイターのダンディーな男性から豪華な料理が運ばれる。俺のカタカナの食べ物はスパゲッティ止まりだったので男性の放ったカタカナを理解することは出来なかった。
生ハムのうえに白い巾着のものがあった。
恐る恐るナイフを突き刺すと……ドロっとした濃厚なクリームのようなものが流れ出てきた。
「これ、正解の食べ方かな?」
「大丈夫よ、これで合ってる。」
舞衣さんは手馴れた手つきでフォークとナイフを器用につかってブラータとやらを口に運ぶ。
俺も見よう見まねと動きを模して口に運ぶ。
すると、驚きの美味しさであった。
このブラータとやらはチーズだった。それも上品な……モッツァレラチーズをつかってるな、これ。
もうひとつのラビオリとやらも口に運ぶ、ソースはクリームと胡椒をつかったカルボナーラのような味わいである。
ラビオリというのは、一言で言うとパスタだった。
中には鴨肉と野菜のピューレが詰められておりモチモチした食感がソースと絡んで、より食欲をそそった。
あまりにも……美味しかった。
「美味しいでしょ!私この店好きなんだ〜、料理が美味しいのと…お店の雰囲気がいいのよ!ウエイターさんからの気兼ねないサービスというか…そこが特に好き!」
彼女はとてもにこやかな笑顔だった。
昔からずっとここに来ているようだった。
「ここにはよく来るの?」
「うん!お父さんがまだ私に優しかった頃からよく一緒に行ってたかな!」
彼女は少し遠い目をしていた。そう、思い出といっても明るいものもあれば暗いものもある。
彼女からするとそういった追憶があるのかもしれない。
次にはピザが来た。
定番のマルゲリータと4つのチーズを使ったクアトロフォルマッジオ、こちらもピザの生地がモチモチで甘く……それでいてイーストの香りがするピザのチェーン店とは明らかに違う味であった。
こんなに食って大丈夫なのかと思ったが、そういえば舞衣さんは俺の倍以上食えるのでほとんど彼女が平らげてしまった。
「まだ12時か……あと1時間あるね。」
「少し……散歩しながら行かない?意外と東京って歩いても案外遠くなかったりするのよ。」
俺たちは、会計を済ませると学校への方向へと歩いていく。
都内となるとおしゃれなカフェや高くそびえるビル、綺麗な庭園など……歩くだけでも見慣れない景色が沢山あった。
目に留まることはそこまではないけど、学校を遅刻するという焦りを落ち着かせてくれる。
俺の気持ちは冷静そのもので、むしろこの時間を楽しんでいたりした。
「佐倉さんって……結構テーブルマナーとか出来るし、色んなことを知ってるよね、すごいと思う。」
すると、彼女は少し顔をしかめて俺を睨む。
あれ、何か気に触ること言ったかな?
「こらー!また佐倉さんって言った!舞衣って言ってくれないと嫌なんだけど!」
「あ……ごめ。」
呼び名がすぐ元に戻ってしまった。
俺は学習能力はそんなに高くないので同じことを失敗することもしばしばだ。
機嫌を損ねてしまったのは大きな失態だった。
彼女は続けた。
「じゃあ、直輝くんには罰ゲームをしてもらいます!」
「ジンオウガ狩るとか?」
「それはただのゲームよ!」
しまった、余計に怒らせてしまったかもしれない。
そういえば最近モンハンやってなかったな……、そろそろコントローラーのあの感触が恋しいな。
「……学校に行くまで手を繋いだら許してあげる。」
「え、ちょ……それは……。」
「……だめ?」
俺は少し躊躇ったが背に腹はかえらないので素直に従うことにした。
手を握ると……細く柔らかい指がほんのり暖かく感じた。
俺は少し、冷や汗をかいた。
手汗とかしたら嫌だなとかその程度の事を心配していたのだ。
俺はゆっくり……彼女の歩幅に合わせて学校へと向かった。




