メイド長と優男シェフの慰安旅行 13話
※100日チャレンジ77日目
帰り道は……驚く程静かだった。
それだけあきらさんにとっては重い出来事だったのだと直感する。
私たちは別に話したくない訳じゃないけど……なんて声をかけていいか分からない状態だった。
私たちは穂高市を抜け、今は諏訪というところに来ていた。
ふと、体が催し不快感に見舞われたので休憩を提案してみることにした。
「あきらさん、宜しければあのサービスエリアよっていきますか?」
「ああ、そうだね。僕も喉いちゃった。」
「ありがとうございます。」
車は駐車場で停止すると、私はトイレに直行する。
対する尾崎さんは……少しだけ諏訪湖を上から眺めていた。
サービスエリアは高台にあり、そこから見る夜の諏訪湖はあかりが湖を縁どり、ある意味幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そして、私はトイレに行き便座に腰掛け用を足す。
便座が暖かい事に気が付き、私の家のトイレの不便さをより一層実感する。
そして、トイレの中で少しだけホッとした。
……少しだけ、やりすぎたかな。
きっと疲れてるだけだから会話がないだけだ、なんて思ってるあたり、この無言と気まずさに私も無意識に悩んでいたようだった。
しかし、私はハッとする。
いけない……あまりにトイレが長いとうんこしてると思われるかもしれない。
わたしは急いでトイレから出ると、まだあきらさんは諏訪湖を眺めていた。
「すみません!小!小なんです!ながくないですよね!?」
「…………どうゆう事?」
しまった、気が動転して余計なことを言ってしまった。
あきらさん明らかに困った顔してるじゃない。
そして、しばらくするとなにかに気がついたのかあきらさんはまたいつもの笑顔に戻った。
「ああ、そういうことか。大丈夫、生理現象なんだからそんなことで引かないよ。」
どうやら本気でうんこしてきたと思われたみたいだ。
というか、私なんでもうアラサーの女になるのにこんなにも頭の中でうんこを連呼してるんだろう、はしたない。
「そうだ、スタバにでも行こう!」
元気づけようとしてくれてるのかあきらさんはスタバを指さす。
そして、店に入ると思ったよりも空いててすぐに注文できた。
これがスタバ……女の子が本来行くべきところ。
それに対して私はタバコを吸ったり、ラーメン二郎を食べたりしてるから私にはあまりにキラキラしたところだったので緊張してしまう。
しかし、あるものが目に入った。
桃のフラペチーノである。
すごく美味しそうだ。
「じゃあ……、カフェラテにしようかな。ことねさんもどう?奢るよ?」
「じゃあ……カフェラテにしましょうかね。」
でも、私にフラペチーノなんか飲んではいけない。
お金がものすごく高いんですもの。
桃なら、いくらでも食べる機会はあるんだし、質素にしようと考えた。
「……じゃあ、カフェラテお二つでよろしいですか?」
「ああ、すみません。間違えました。1個キャンセルで桃のフラペチーノお願いします。」
「ええ!?」
すると、店員さんは手際よく準備してくれた。
カフェラテとフラペチーノが用意される。
「本日は、新婚旅行ですか?」
「え……しんこ……?」
「ああ、いやいや……彼女とは最近お付き合いしたばかりなんですよ。」
「そうだったんですね!あまりにお似合いでしたから間違えてしまいました!」
「いえいえ、彼女も口ごもってますが内心喜んでます。」
私は顔は隠してるけど、顔がニヤついてるのはあきらさんにはバレバレだった。
「お待たせしました!旅行……楽しんでくださいね!」
「ありがとうございます!」
「あ……ありがとう……ございます。」
私はこんな時、人見知りが発生するみたいだ。
いつもは人前でメイド服を着て萌え萌えきゅーんとか言ってるくせに。
「そういえば、あきらさん……なんでフラペチーノを。」
「ああ、だって……5秒くらいフラペチーノのポップを凝視してるから、飲みたいのかなって。」
「正直、飲みたかったので嬉しいです。」
「遠慮しなくていいからね。もっと自由でいていいんだよ?俺曲がりなりにも彼氏やってるんだし。」
やだ、何この人イケメンすぎる。
子宮の奥がキュンとして彼の子どもを産みたいと本能的にドキドキしてしまった。
男の魅力は、こうした安心感から生まれてるのかもしれない。
そう思いつつ、車に乗り込むとロードスターが発進する。
夜の高速道路は少しだけいけない事をしてるようでスリルがあり、気分が高揚する。
そして、少し口が寂しくなってきたのでフラペチーノを飲んだ。
「お……美味しい……!こんなものがあったなんて。」
驚いた、こんなに美味しいものがあったなんて。
桃の果肉が入っていて、アイスをクラッシュさせたドリンクは冷たく、それでいて甘かった。
これは女子高生が殺到するのも納得である。
タバコでもなく二郎でもなく、増してや温泉でもない。
そんな、おっさんと化した私にとって遠いものだと思っていたものが手にある。
私は、年齢とか世間体ばかり気にしていたけど、案外それはまやかしなのだと気がついた。
「スタバ、初めて?」
「ええ……私には遠い存在でした。ラーメン二郎の方が楽なので。」
私はなんでスタバのドリンク飲んでるのに二郎の話をしてるんだろう。もう、戻れないとこまで行ってるのかもしれない。
「あはは!ことねさん……やっぱ面白いな!二郎いいよね、僕いつも野菜ニンニク背脂マシマシにするよ。」
「え?そうなんですか?一緒です。」
え、あきらさんも行くんだ。
「そういえば……勢い余って富山ブラック食べるの忘れてたし、今から二郎行く?」
「え、でもいいんですか?私ニンニク臭くなりますよ。」
「じゃあ……僕も同罪だ。」
ちょっと涙出そうになった。
一緒に二郎行かせてくれる男性っていたんだなと神に感謝を捧げたくなる。
世間体的には最悪だけど、ジロリアンな私にとっては月1回のご褒美を分かち合える存在がいるのはもはや奇跡なのだ。
「じゃあ、ご褒美にこれ1口飲んでいいですよ。」
「おいおい、それ僕が買ったやつだよ。」
「どうするんですか?」
「遠慮なく、いただきます。」
そういって私はストローを向ける。
あきらさんはそれをパクッと口に入れる。
もはや間接キス位では何も思わなくなってきた。
それ程に私たちは気を許してるのである。
ラーメン二郎を食べたい私たちは車を加速して一気に山梨県を突っ切る。
高速道路は……オープンカーだとほんのりガソリン臭さが入り交じっている。
夜の甲府盆地は光を無数に放っていて、地面に星空があるようだった。




