メイド長と優男シェフの慰安旅行 12話
※100日チャレンジ76日目
堤防には波が打ち寄せ、その先には果てしない水平線が見える。
さらに奥に目をこらすと、蜃気楼越しに何らかの大陸が見えた。
あれは……中国!なんてボケたら尾崎さんがあれは多分石川県の能登半島と突っ込んでくれた。
潮風を感じ、水は光を乱反射して光沢を纏っている。
そんな景色に……私は心の内を漏らしてしまう。
大きく息を吸って……おもいっきり。
「……ホタルイカミュージアム……やってねええーーーーーーーーーーーー!」
今日は火曜日、どうやら……定休日のようだった。
「……ふう。」
「ことねさん、ふう。じゃないよ……めっちゃ周りの人見てるよ。」
「すみません、特に言うことがなくて。でも大きな声を出してみたかったんです。」
「そうなんだ、悩み事とかある?あるなら聞くけど。」
「特にありません、悩みを持つのが悩みです。」
「そ……それは良かった。」
昔からそうだ。
私はパッと見何考えてるか分からないらしい。
何かを思い詰めてるかと思われて、結局なにも考えてなかった時がよくあるのだ。
「あ、そうだ……。私、あきらさんのお父さんに挨拶したいです。」
「いや、なんで!?」
「なんでって……彼女ですし、あきらさんのこともっと知っておきたいんですよ。ちょっと遅いけどお盆休みらしいことしましょ!どちらにいらっしゃるんですか?」
「長野県の穂高市にいるよ。」
「じゃあ……善は急げです!」
「え……今から行くの?」
「もちろんです!!」
私はあきらさんの手を掴み、ロードスターに乗って車を走らせた。
今から高速で行けば、まあ2時間くらいで到着をする。
そこから東京は2時間程度なので、行きの道とそうそう時間は変わらないはずだった。
あきらさんの顔を見ると……少しだけ困惑していた。
「そんなに……お墓参りいやでしたか?」
「い……いや、そんなことは……。」
「ちなみに、お義父さんにお墓参りしたことは?」
すると、あきらさんはぷいっとそっぽを向いてしまう。
「なるほど!無いんですね!」
「ことねさん、エスパーなの?」
「はい!あきらさんのことなら全て読み取れてしまいます!」
まあエスパーはさておき、あきらさんは本当にわかりやすいのだけれど。
一応場所は分かってたみたいだったので私たちは車を走らせる。
海辺の景色から徐々にまた山へと変わっていく。
海と山は全くの对なる存在だと思ってたけど、案外簡単に切り替わるものだと思ってしまう。
長野県に入ると魅力的な地名がいくつも見えてきた。
例えば長野市の善光寺とかは私でも知ってるし、上高地ってとこもこの夏の避暑地としてうってつけである。
旅行の味をしめた私は、いつかそこにも行ってみたいと心を躍らせていた。
それに対して、あきらさんは少しだけ居心地が悪そうな顔をしていた。
適度にため息をしたり、思い詰めてる顔をしている。
「いや、どんだけ行くの躊躇ってるんですか。」
「なんというか、まだ半人前なのに親父に顔見せできないなと……。」
「いや、何を言ってるんですか、お店があんなに繁盛したというのに。それにこんなに可愛い彼女を連れてるんですよ?」
「いや、自分で言う?」
「……違うんですか?」
「……………………可愛いよ。」
少し照れてしまう。やっぱ好きな人から可愛いと言われるのはご褒美なのかもしれない。
そんな事を言っていると……私たちは遂に穂高市へとたどり着く。
標高が高いのか……ほんの少し涼しく感じて、周りは山々に囲まれている。
辺り一帯は田んぼに囲まれていて、農耕地体であることが瞬時にわかった。
「どうして、ここに埋葬されたんですか?」
「親父の故郷だからな。」
「まあ、素敵ですね。私もこんな所で生まれ育って見たかったです!」
「あれ、ことねさんの出身地ってどこなの?」
「埼玉県の春日部市ですよ。」
「そうなんだ!春日部って……そう、なんというか……いいよね。」
「褒めるとこなさそうですね。」
「いや、ぶっちゃけ思いつかないよな。住みやすそうだけど。」
そんなやり取りをしつつ、墓地に行く。
少し歩いて曲がったところに尾崎家という墓があった。
私たちは、ホームセンターで買ったお線香に火をつけて、おやきと言う長野の郷土料理のまんじゅうのようなものをお供えして、手を合わせる。
私は冠婚葬祭はほとんど経験してないので形式だけお祈りをしてるのだが、あきらさんはどうやら親に報告することがあるのか、険しい表情で長く手を合わせしていた。
そして、私は酒瓶をあきらさんに渡すと、墓石に酒をかける。
「親父……久しぶりだな。1度も酒を交わすことは出来なかったけど、こうして飲めたら良かったな。」
墓石は徐々に上を濡らし、気がついたら全体が酒に濡れていた。
「俺はまだまだ親父には程遠いよ……。それでも元気でやっていく、それだけだ。多分……もうここに来ることは無いかもしれない。じゃあな。」
そういって、あきらさんはあまりにもドライな言葉を墓石にかけて回れ右をして歩いていく。
私は、もう少し居てもいいのではと思いつつ、墓石に向かって会釈をしてあきらさんを追いかけた。
「いいんですか?もっと報告することがあっても……。」
「俺と親父は……そんなもんさ。もう、お互い許し合うことも出来ないんだ。」
きっと、彼なりの父親への接し方なのだろう。
家の形はそれぞれである。
私は、物心着く前かは母は死に、それから気が狂った父に何度も身体を弄ばれたけど、結局は自殺してしまった。
その時、私の精神は壊れていたから何も悲しくはなかった。
目の前の父親だったものをただのタンパク質としか見てなかったから。
親子というのは、不思議である。
あまりにも色んな形がありすぎて正解が分からない。
「そういえば、ことねさんの親御さんの墓はどこにあるの?」
「知らないんですよ、誰も教えてくれなくて、どの親族も受け入れてくれなかったから、私は施設に行きました。だからこそ、私のようにはなって欲しくないなと思いました。」
「……そっか、ありがとう。」
そういってあきらさんはそっと私の手を繋ぐ。
夕方に差し掛かる穂高市は8月とは思えないほど冷たく、田んぼからは無数の鈴虫が鳴いていて、もう夏も本格的に終わるのだと実感をした。
それも相まってか、あきらさんの手は少しだけ震えてるような気がした。
「……帰ろっか。」
「ええ。」
再びロードスターを走らせる。
あきらさんの父親はここでどう育ったのか……、それを知りたいとは思ったけど、今の私たちにはそれを知る術はなかった。
それでも、その父の意志を違う形であきらさんが継いでいるような気がして、やっぱり来てよかったなと思った。




