メイド長と優男シェフの慰安旅行 4話
※100日チャレンジ68日目
車は埼玉を超えて、そして群馬を超えて行くと長野県北東部まで来ていた。
私は長野県を超える辺りでハッと気がついた。
エンジン音はまだ続いている。
というか…私、寝ていたみたいだった。
「はっ!?」
「あはは、おはようございます。ぐっすり寝てましたね。」
「す…すみません、あまりに快適なものでしてつい寝てしまってたみたいです。」
「そうですね…ざっと2時間くらいは寝てましたね。昨日は疲れてたんですか?」
「ちょ…ちょっと。」
いけない、だらしのない女だと思われたかしら。
尾崎さんはずっと運転していたというのに私ときたら…。
昨日さやかの介抱で少し遅くなったのかもしれない。
そう思いつつ、私は赤面して顔の調子を整えていた。
「でも、普段と違うことねさんって言うのも新鮮でした。意外と無防備な時もあるんですね。ほら、いつもは仕事完璧なイメージがあったんですよ。」
「私…いびきとかかいてませんでした?」
「そ…それは…あはは。」
いけない、かいてたみたいだった。
「え、どんな感じでした?怒らないのでストレートに教えてください。」
「そ…その…、なんといいますか…ぐおー!がががが!……ゴリッゴリって感じで寝てましたよ。」
私は何かの機械かなにかなのだろうか。
というか、歯ぎしりまでしてるのか。
「引きました?」
「い…いえいえ!全くです!ほら…疲れてたりするといびきって出やすいっていいますし、疲れたんじゃないんですか?」
確かに、ここ最近の私は無理をしていた。
尾崎さんの仕込みとか手伝っていて、13時間くらい働いてばかりだった。
それをあの畳の上で寝てるのであればそうなるのも無理はない。
ちょっと憂鬱な気分になると車はトンネルをくぐって行く。そして、トンネルを抜けると大きな海が一面に見えていた。
「わ!海すごく綺麗…!」
「でしょ!僕太平洋も好きなんですけど、日本海の方が透き通ってる感じがして好きなんですよねー。」
一面の海は太陽を乱反射してキラキラと輝いていた。
オープンカーは空気を全面に感じることが出来て、海の潮の香りも全面に感じることが出来た。
「私…来て良かったです。」
「いや!?まだ旅の半分も行ってないですよ!?」
私は職場と家を行き来して、東京という鳥籠の中で生きて来たけど、それがちっぽけだと海を見て思った。
自然と言うのはどうしてこうも美しいのだろう。
コンクリートの海を見てばかりの私にとってまるで別世界のようだった。
「海…寄ってみます?」
「え!?いいんですか?」
「急ぎの旅路じゃありませんし、海見てタバコでも吸いましょうよ。」
なんと言う心遣い…もう尾崎さん大好き。
私は親不知海水浴場というところで車を停めて日本海を一望することにした。
ザザーッザザーッと
一定のリズムで波を立てていく。
私は不思議とそのリズムが心地よかった。
「尾崎さん…本当にありがとう。」
「あはは、これくらいはお易い御用ですよ。」
「私、親の愛情を知らないで施設で暮らして、里親に見つかったらメイド喫茶に打ち込んでばかりだったから、今がすごく幸せなんです。」
尾崎さんは、静かに頷いていた。
なんでこの人には全て喋ってしまうんだろう。
彼といると安心という気持ちが強くなる。
「僕もなかなか大変だったよ。親父に憧れてさ…料理人になったら親父他界しちまうもんでさ、急に経営をしたりとかすげ〜バタバタしてばかりだったよ。」
「でも、だからこそあんなに仕事できるんじゃないですか?」
「確かに、いい機会だったかもね!」
二人で浜辺を座っては笑っている。
なんというか、何気ない日常でも幸せがあるのだなと感慨深く思った。
「そういえば、尾崎さんって本当に彼女さんとかいないんですか?モテそうなのに。」
「いや、いないよ。もうかれこれ4年はいないさ。」
なぜか、心の中でガッツポーズをとる自分がいた。
いや、なんのガッツポーズなんだよ、と心の中でツッコミをいれてしまう。
「ことねさんは?美人だし、人気もすごいから僕にとっては高嶺の花だからね〜。」
「いません。」
「え?」
「いた事…無いです……。この28年間。」
「ええ!?そうなの?でも口説かれたりとか言い寄られることとかはあったでしょ。」
「いや…その……メイド喫茶で来る人たちはお客さんってカテゴリーに入っちゃうというか……男として見れなくなるというか……。」
「それ……絶対他の人には言わない方がいいかも……。」
「あはは、もちろんですよ。」
私は波音が心地よいあまり携帯灰皿を砂浜に差し込んでタバコを吸った。
ちょっと固い女って思われたかな。
「こんな女……どうです?なんというか……気持ち悪いですよね。」
「へ?あ……いやいや!それはチャンスとか無かったとかそういうもんだと思うよ!俺は……その……ことねさん素敵だと思うし……。」
少し意外だった。
尾崎さんは予想以上に慌てふためていている。
普段はしっかりしてるけど実際は歳下で尚且つ20代半ばのまだまだ若い男性なのだ。
ちょっと可愛いとさえ感じていた。
海をみて開放感が強いのか、少しだけ彼に大胆なアプローチをかけてみる。
緊張はしている…だけど、なぜか衝動は抑えれるに抑えられなかった。
私は彼の手の甲に手を重ねて彼に近づいた。
かなりの至近距離だったと思う。
でも、少しだけ彼にアプローチしたかった。
「私……空いてますよ、ずーっと。尾崎さん……私とかどうです?」
「は…はわわ。」
彼は立ち上がり砂埃が舞ってしまった。
「ことねさん!あの屋台にイカ焼きあるんで買ってきますね!一緒に食べましょう!」
彼は屋台にダッシュしてしまった。
そして、自分の行動に恥じらいを感じてしまった。
いけない!私痴女みたいじゃないの!
でも、尾崎さんは少し距離が近くなってわかったのだけど、かなり草食系……というか、出会い無さすぎて性欲を自己研鑽に走るタイプのようだった。
なので異性の耐性がほぼゼロみたいなものだった。
私は太陽の光を反射する波打ち際を背に尾崎さんをみて強く思った。
私、尾崎さんのことが好きなんだ。
そして、尾崎さんをリードしないと私たちは付き合うこともできないとも思った。
私は、この旅で変わってみせる。
自分に正直になって、自分なりの幸せを見つけ出そう。




