学校のマドンナはおとこの娘 12話
※100日チャレンジ63日目
翌日、俺たち3人は土曜日ということで渚の最寄り駅に集まった。
渚の最寄りは二子玉川駅だった。
ここは駅の開発が進んでおり、大きな商業施設であったり、オシャレな庭園や映画館まで搭載してある以下にも高級住宅街の中心であるようなところだった。
「すげーな…こんなところに住んでるんだな。」
「いいな〜、少し都会の喧騒から離れた感じ……。でも程よく栄えてるし、庭とかあって綺麗ね。」
「うん!とは言っても少し歩くと落ち着いた住宅街ばっかだけどね。」
駅周辺には大きな河川敷があったり、高級志向の某デパートもある。
こんなところに住んでるなんて、渚の家はさぞ金持ちなのだろう。
だから気品のあるお嬢様のような立ち振る舞いができるのかもしれない、男だけど。
さて、本題だ。
今日は渚と母親が面と向かって話をするのだ。
内容はシンプル、渚の性自認は男だということ。
これ以上の干渉は金輪際やめて頂きたいということ。
これだけなのに渚はとても重いことを言うように少しだけ居心地が悪そうだった。
「……こわいか。」
「うん、流石直輝くんだね。母さんは本当に怖いんだ。ヒステリック起こすし、選択を間違えれば去勢される。」
渚が母親と関わる度に冷や汗をかいていた、きっと逆らえないのだろう。
でも、渚は変わりたいと考えている。
きちんと自立して、男として今後の人生を歩みたいと思ってるのだ。
「大丈夫よ、もしなんかあったらサポートする!私たち…友達だもの!」
「舞衣さんまで……ありがとう。もし、僕がパニックになったら助けて欲しい。」
「当たり前だ、力になるよ。」
俺たちは渚の家へと向かった。
渚の家は俺の家に近いような一軒家だった。
車も1台停めてあるので、本当にお金があるようだった。
「入って、どうぞ。」
家を入ると、少しどよめいてるような湿気のようなものを感じる。
一見、一般的な家庭に見えるけど妙にブランド品もあったりして、金持ちなのか見栄っ張りな母親の性格が垣間見えるようだった。
リビングに入ると、男性がいた。
少し疲れたような顔をしていて、もみあげにはほんのりと白髪が生えている男性だ。
心なしか覇気を感じられない顔立ちをしていた。
「ただいま、父さん。」
「ああ…渚、おかえり。珍しいね……2人は友達かい?」
「はい、天野直輝といいます。」
「私は佐倉舞衣っていいます。」
俺たちがお辞儀をすると渚の父親もそれに合わせて礼儀正しくお辞儀をした。
「父さん……母さんはどこ?」
「彩子は……買い物に行ってるよ。今日は仕事休みだからね。なんかあったのか?」
「そう、今日……母さんときちんと話そうかと思ってる事があってね。丁度いいからお父さんにも話すよ。」
空気が一変する。
渚の父親は何を話すんだろうと少しだけ不安な表情をしていた。
ガッツリと家を引っ張ってく亭主関白ではなくかかあ天下の父親なのか、少しだけ怯えてるような感じもした。
「父さん……ボク、性自認は男なんだ。だから今後は母さんの干渉を辞めてもらおうかと思ってる。」
渚の父親は仰天していた。
どうやら、あまりに衝撃的に見えていたらしい。
「そうなのか?母さんの方針は……違ったのか?」
「うん、ボク……それまで直輝くんと会うまでは女でいようとしていた。メイクも楽しいし、何より僕の容姿を素敵だと言ってくれる人がいたからね。」
「そうか?今は違うのか?」
「全く違う…むしろ違和感だらけで気持ち悪いくらいなんだよ。ボクは男だ、どうせなら父さんとキャッチボールをしてたかったくらいだよ。」
すると、父親は渚を強く抱き締めた。
そして、すすり泣いているような感じがあった。
「すまなかった…俺は全然渚の事を見てやれなかった。母さんに、メイクをされて、女ものの服を着ている時も……母さんに女性ホルモンを投与されてから、嘔吐する渚を見ても俺は見ているだけだった。」
「ううん、父さんは悪くないよ。母さんに圧をかけられながらも…ちゃんとボクを見ててくれたし。それにグローブを2個買ってあったから……ボクを息子として見てくれようとしてたんだよね。」
渚が指差すと、2つグローブが下げられていた。
片方は右利き用のやつと……もうひとつは左利き用のグローブがあった。そういえば渚は左利きだった。
ペンを使う時も化粧をする時もほとんど左利きだった。
この父親は……渚の細かいところを見ていて、男として生まれたことを否定する母親に反して、渚の存在そのものを受け入れてたのかもしれない。
「こんな……弱い父を許してくれるのか?お前もこんなに身体が変わってしまった。なりたくもない姿にさせてしまった。」
「うん。だからこそ……今日母さんと決着をつけるんだ。」
「そうか、渚がそうなら…俺もきちんとあいつに話をしなければならないな。なあ、渚……それまで少しだけキャッチボールしていいか?」
「うん、ボクも怖くて震えそうだから気が紛れるからやってみたい。」
そう言うと、渚と父親は外に出た。
俺達もそれを見守るように眺める。
父親は元々野球部だったのか、フォームはとても綺麗だった。
球をゆっくりと投げると見事に渚の右手にスパンと入る。
「いいキャッチだ。」
「ボク……投げれるかな。」
「大丈夫だ、父さんの息子だからな!」
「じゃあ……えい!」
渚も本能的に手だけでなく全身を使って綺麗に投げる。
父親の左手から少しズレたとこに投げたが父親はキャッチをして笑っていた。
「いい球だ!やるじゃないか!」
高校生と、父親が庭でキャッチボールをしている。
何気ない景色なのに俺はそれがものすごく羨ましく感じた。
俺も……父親がいたらこんなことできたのかな、なんて思ったりする。
「直輝くん……こういうの、いいね。」
「そうだね。ちょっと渚が羨ましく感じるようだよ。」
父親は渚の少し外れた球を見事にキャッチする。
渚はどんどん上達して球のコントロールが上手くなっていった。
まるで、少しずつは隔てていた壁が壊れるかのように……そして、2人の気持ちが重なるようにキャッチボールはスムーズになっていく。
すると、突然後ろからハイヒールのコツ…コツ…という音が聞こえた。
「なに…してるの……?」
後ろを振り返ると少し青筋を立てた、厚化粧の綺麗な女性が立っていた。
顔立ちも上品さも全て渚に似ている。
そう、彼女こそが渚の母親だと気がつくには……そう時間を要することはなかった。




