俺と母ちゃんの富士五湖修行 13話
※100日チャレンジ 20日目
俺がハンモックに乗ってから1時間ほど経っていたのだろうか。
俺の脳は…覚醒しきれてないけど何処か体が休まった時特有の体が軽い感覚がある。
目が覚めると母ちゃんはそこにはいなかった。
「あれ…母ちゃん…?」
荷物はあったので遠くに入ってないはずだ。
少し休憩でも入れたのかな?
スマホをみると、いつも通りの友達の通知しか来ていなかった。
俺はゆっくりと体を起こして、またテーブルに座った。
頭がボーッとするのでコーヒーを頼んで、少しずつ飲んで行った。
美味しい。
コーヒーはクリームと砂糖を入れるのだけど、寝起きは尚更美味しく感じる。
頭が落ち着いて、スッキリして…香りが体のエンジンをかけてくれてるような感覚だった。
ひぐらしが鳴いていたので、自然と夏の終わりを感じる。
富士山が赤く照りつけており…もうすぐ夕方の時刻なんだと認識する。
この夏は…いろいろあった。
勉強したり、キャンプしたり、旅行に行ったり……今まではゲーム一択だった俺の人生に初めて道ができたようだった。
暗いトンネルを抜けて、様々な道を選べるようになったように…進んでみると、予想よりもたくさんの景色が見れたように。
最初は母ちゃんと二人三脚から……徐々に仲間が増えて言って、随分賑やかになったもんだ。
そんな夏休みももう少しで終わる。
寂しいけど、次のページが楽しみになるようだった。
次はどんなストーリーが待ってるのだろう。
しばらくすると、後ろから人の気配がした。
「あれ、直輝起きてたんだ〜。」
「母ちゃん…どこに行ってたの?」
「ああ、普通にトイレよ〜。帰り道にちょっと迷っちゃった。」
すると、2人を湖と富士山から流れる赤い陽光が一際強く色を放って俺たちの目を奪った。
「富士山綺麗〜!……楽しかったわね。」
「うん、なんか夏休みの最後にはとても良い1日だった。誘ってくれてありがとうな。」
「こちらこそ!おかげで沢山ブログ書けたし、マンネリ化した私の日常の解消にはなったわよ。」
「マンネリ化してたんか。」
「そりゃそうよ……!さて、帰ろっか!」
「うん!」
俺たちは夕日の森を進んでCX5を見つけると、ゆっくりとエンジンをかけた。車は静かに心地よくエンジンを鳴らすとゆっくりと進んでいく。
「で、直輝…こっからどう帰ろっか?」
「んー、近くのインターから高速入って……大月JCTから中央道で帰れば同じルートで帰れるよ。」
「さっすがうちの息子!我が家のブレイン担当!」
「いや、未成年にブレインを委ねるなよ。」
恐らく、これが富士五湖修行で最後の車の搭乗になるだろう。
帰り道の高速も…はっきりと富士山が見えていて、これで見納めと言わんばかりの雄大な佇まいだった。
車の中で流れる曲は…福山雅治の「生きてる生きてく」。
ドラえもんの映画でも主題歌になった、優しく語りかけるような歌い方が特徴の歌だ。
ギターが優しく弦を鳴らすのも心地が良い。
自分は沢山の先祖たちの頑張りによって成り立っているということを教えてくれる曲だった。
俺には先祖の存在は知らない。
分かるのは母ちゃんだけだ。
母ちゃんだって、俺の知らないような血反吐を吐くような努力や絶望の先に立っていて…この過程は成り立っている。
生きてるって素晴らしい。
母ちゃんが災害から生きて、俺を産むって覚悟をして…俺を女手1つで育てて、沢山のことを捨てていく。
でも、その先に幸せがあるのだ。
そんな奇跡を……本当にここ数日で教えてくれた。
そんな事を感じながら俺たちは大人になっていく。
そうやって人生を未来に託していくのだ。
俺も今のやりたい事をやり遂げた時に自分の子孫に受け継いで行けたらいいなと思う。
最後のフレーズに大きく心を揺らがされた。
「大きな夢を1つもっていた、恥ずかしいくらいバカげた夢をそしたらなぜか小さな夢がいつの間にか叶ってた。」
そういえば俺もなんとなく前に進もうと大それた夢ではなかったけど、進んでいって……ずっと知らなかった母ちゃんの事を知ることが出来たし、俺を知ってくれる人達が増えてくれた。
そうか、俺は小さな夢をもういくつも叶えてたのかと富士山を背中に強く感じる。
とにかく、頑張ろう。大学受験を頑張って……ハッキリとした夢をもつのだ。
それが今のおれの夢。
最後に大きな収穫だった。
「なんか、この曲俺たちみたいだね。」
「うん!私もちょっと思った。直輝も早く孫の顔見せてくれよ〜。」
「いや、気持ちはええよ!まだ32歳でしょ。」
「見切り発車でも覚悟があれば案外なんとかなるものよ〜。」
「あんたが言うと説得力が段違いだよ!!」
大月JCTを超えると……八王子が見えてくる。
自然の中にある非日常が、見慣れたコンクリートジャングルの日常へと戻ってくる。
「まあ、冗談よ!私だってまさかお父さんとの間に子供ができるなんて16の時は思ってもいなかったからね!でも、今となっては素敵なサプライズだったよ!産まれてきてくれてありがとう。」
少し鼻の下がむず痒くなる。
母ちゃんもこの選択に後悔のこの字もなかったみたいだった。
八王子を超えると……該当が高速道路の上で光り、まるで空港の滑走路のようだった。
「へー!高速道路もこんなに綺麗なんだ!」
小さな絶景に俺たちは見とれていた。
日は完全に沈んでいって……これから夜がくる。
見慣れた景色になるにつれ、身体が安心感と一緒に眠気を感じてきた。
初台について、やっと高速道路を下りることになる。
ゆっくりと都会の喧騒を感じながら、車を走らせて…少しずつ日常の景色に戻って行った。
気がついたら、俺たちはもう家の前に着いていた。
そして、ゆっくりとドアを開けていく。
「「ただいま!」」
富士五湖修行は、ドアを開けて幕を閉じて行った。