俺と母ちゃんの富士五湖修行 6話
※100日チャレンジ14日目
俺たちは精進湖の前のホテルに到着をした。
湖を見ると、先程の富士山がみえる。
「へー!ここも富士山綺麗じゃん!」
「そうだな、それにしても……あの富士山の小さな山はなんなんだろうね。」
本栖湖と比べると、明らかな違いとして手前に小さな山がある。
青い富士山と、緑色の山が色のコントラストを出している。
一先ず、俺たちはホテルに入ることになった。
「いらっしゃいませ。」
「あの、予約していた天野です。」
「天野様!お待ちしておりました。202のお部屋のキーですね。お支払いはチェックアウトの際にお願いします。」
なるほど、ホテルのチェックインってこんな感じなのかと驚いてしまう。
旅行なんて小中学校の修学旅行くらいしか無かったのでこれはこれで良い経験だと思う。
後ろを見ると母ちゃんが目をキラキラさせていた。
「ああ……ドラマで見たのと同じだ〜!最高!」
そういえば、ここはドラマの聖地だった。
母ちゃん楽しみにしてたもんな。
ノスタルジックで歴史を感じさせる作りは、このホテルの長い歴史そのものもを語っている。
清掃は隅まで行き届いていて、温泉もあるみたいだった。
そこを抜きにしても、ここは湖も綺麗だし良いところである。
「あの!高速で走れる宇宙人いますか!」
「え……?宇宙人……?」
俺は母ちゃんの口を手で抑える。
「あー、ごめんなさい!ドラマの聖地らしくて舞い上がってるんですよ!すみません!」
「いえいえ!ドラマのおかげでうちのホテルも問い合わせ多いんですよ!」
どうやら、話を聞くとこのホテルの従業員が宇宙人の設定だったらしく、俺の母ちゃんは素直にそれを聞き入れてしまったようだった。
フロントの方とは話のきっかけが出来たので俺も気になることを一つ聞くことにした。
「すみません、あの富士山は本栖湖のものと随分違いますね。」
すると、女性は待ってましたと言わんばかりににっこりと教えてくれた。
「あれはですね、子抱き富士って言うんです!」
「「子抱き富士?」」
「はい、あの緑の山を富士山が抱っこしている親子のようだと言う様子から子抱き富士と言われてるみたいですよ!たまに風が凪いでたら逆さ富士もみれます。」
子抱き富士、親子なんだな。
こうして見ると赴き深い、青い富士山が母ちゃんで、小さな山は俺のようだった。
そこを湖が綺麗に照らしている。
今日俺達が泊まるにはここ以上の場所が見つからないくらいだった。
「教えて頂いて、ありがとうございます。」
「では、ごゆっくり。」
俺たちは、指定された部屋に歩く。
夕飯は食べたし、旅行とはホテルに着くと案外暇なものである。
「さーて、この後どうするか。」
「んー、なにかして欲しいの〜?全く、これだから思春期は……。」
「やめろ、気持ち悪い。」
「直輝……最近はっきりと気持ち悪いって言うようになったね。じゃあ一緒に寝てあげよっか。」
「いや、何のためのツインベッドだよ。」
俺たちはホテルの部屋に入室をする。
部屋は洋室をベースとしており、部屋全体は白を基調としたものとなっていた。
窓には夕焼けによってほんのりと赤みがかった子抱き富士がそびえ立っており、湖を紅色が乱反射していて絶景と言わずしてなんと言おうかと言うものになっていた。
ただ……一つ気になったものがある。
「ベッドが……1つしかねえ。」
何故かベッドが予約のツインではなく……ダブルのものとなっていた。
いや、キツいて……ほんまキツいて。
「あら〜、私は別にいいんだけどね。最近息子との触れ合いも足りてないし〜。」
「もしもし、フロントですか?ベッドがツインではなくダブルなんですけど。」
「いや、直輝対応はやすぎるでしょ!?」
人生で初めてクレームを無意識にした。
そうか、クレームとはただ騒ぐだけではなく心に収まりきれないほどに理不尽を感じるからこそ本来生まれるのだな。
「申し訳ございません……、本日空きがあるのがこのダブルベッドのみで。」
「ええ!?いや……電話ではツインとお伺いしたのですが。」
「すみません、手違いだった様です。他の部屋もダブルのみとなっていて……。」
なにこれ、神様が母ちゃんと一緒に寝ろとでも言ってるのか?
まあいいや……ある程度距離を保てばそこまで困ることもない。
「……分かりました、こちらで対応しますのでダブルで大丈夫です。」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」
旅にトラブルはつきものである。
「今日は…………一緒に寝るか。」
「いいわよ。でも母ちゃんが美しすぎるからって手を出さないでね?」
「出す訳ないでしょ!」
こうして見ると母ちゃん、俺のこと大好き過ぎるよな。まあ年齢差だと姉に見えなくもないけど。
ちょっと疲れたけど、この部屋も悪くはない。
より赤みがかった子抱き富士は俺たちの心を癒してくれていた。
「こりゃあ……富士山を見るには特等席だな。」
「えへへ……たまにはお酒でも飲もうかしら。」
母ちゃんが荷物から日本酒を取り出していた。
純米大吟醸のお酒だった。
え、これ全部1人で飲むの?
そういえばお酒を飲む母ちゃんって……あんまり見ないかもしれない。
「じゃあ、温泉に入ったら……お互い晩酌しますか!」
「俺は飲めないからコーラで頼む。」
「はいはい!」
俺たちは温泉に向かう準備をする。
最大限まで赤く染まった子抱き富士は……ほんのりとなみ揺らぐ湖と調和して、ほんのりと暗さをほのめかしていた。
ゆっくり……ゆっくりと夜が近づいていく。




