俺と母ちゃんの富士五湖修行 5話
※100日チャレンジ12日目
車を走らせると、いよいよ本栖湖とのお別れである。
とても良い湖だった。
何度でも行きたい、そう思わせてくれる。
「へー、本栖湖ってヒメマスっていう固有種が食べられるんだね。」
「マス!?……くぅ、お腹空くな〜。」
いよいよ今日の目的地である精進湖はあと少しである。
ただ泊まってもいいとは思うけど俺もお腹が空いている。
「ひとまず、目的地のホテルまで行ってみてから美味しそうなお店があったら寄ってみる方向でいいかな?」
「ありそうかな〜。」
「あるみたい!精進湖の入口に……ほら!」
俺はたまたま見つけた近くのお店を母ちゃんに見せる。
「へー、鹿カレーに……ほうとう!?やばい、わたし山梨に来たくせにほうとう食べてないわ!」
「じゃあ……決まりだね!」
俺たちはCX5を北に走らせる。
曲はそうだな……この曲にしようかな。
「あ、これ聞いたことある!」
車で流した曲は涼宮ハルヒの「God knows...」。
今回泊まるホテルが宇宙人未来人超能力者が出るということで完全に俺の脳ミソはハルヒとなっていたのだが、普通にこの曲も好きだった。
時折流れるギターソロのパートがかっこいいのと、
どこか共に歩んでいきたいというハルヒの弱々しい部分を見せつつ、ロック調の曲で彼女なりの生き方の覚悟が垣間見えるのがいい。
「ん?母ちゃんってハルヒ見たことあったっけ。」
「無いけど、前のAV監督がしょこたん好きでさ〜。よくカバーしてる方を聞いていたの。」
そうか、そういう知り方もあるんだな。
俺の好きな曲を知ってるのは嬉しいものだ。
曲は一気にサビに行く。
それと同時に、車も加速をしていく。
「ねえ、ハルヒってどんなキャラなの?かわいいの?」
そっからか、と少し肩を透かしつつ敢えてシンプルに答えてみることにした。
ハルヒがどんなキャラ?そんなの一つである。
「母ちゃんみたいなキャラかな?行動力あるし、やりたい事を勝手に叶えちゃうし。」
「何それ〜、じゃあこんどそれのコスプレしよーかなー。」
「うん、それはやめようか。」
ハルヒのコスプレをした母親をみるなんてなんて罰ゲームなのだろう。
あれ、車酔いのせいかな。
リバースしかけてきた。
そんなこんなで目的地のお店に着く。
まだ精進湖はみえなかった。
☆☆
俺は鹿カレー、そして母ちゃんはほうとうを頼むことした。
座ってから15分しないくらいでテーブルに並べられている。
鹿カレーは角を模した装飾をしており、少し赤いカレーで美味しそうだった。
母ちゃんのほうとうもグツグツ煮立っていて、夏の暑さには少しきついものがあったが、味噌の素朴な匂いや、かぼちゃの黄色や人参の紅色などの野菜が見せる色のコントラストが食欲をそそっていた。
母ちゃんは美味しそうにほうとうを食べるが少し顔は難色を示していた。
「んー、ほうとうすすれない。」
「いや、ラーメンじゃないんだから噛んで食べなよ。、」
「は〜い。」
母ちゃんは猫舌なのか食べ方がぎこちなかった。
こういったところは不器用なんだと驚かされる。
「あ、直輝ひとくち食べる?」
「頂こうかな。」
「はい、あ〜ん……ってめっちゃ離れるのやめてくれる?」
「こっちこそ!高校生になった息子にあ〜んするのやめてくれる?」
「なによ〜、失礼しちゃうわ!こっちは人気AV女優よ!ご褒美じゃない。」
「いや、人気AV女優以前に母ちゃんなんだって!」
いかん、めっちゃ人前で親子揃ってAVと言ってるからなんかヤバいやつみたいだ……落ち着け落ち着け。
「いや、もういい……あ〜ん。」
諦めて母ちゃんのれんげの上にあるほうとうを口にする。羞恥心はあるが人前でAVと連呼するよりは遥かにマシである。
ほうとうは驚くほど美味しかった。
麺がきちんとねってあるのかコシがあり、汁にはかぼちゃが溶けだしていて、野菜の旨みとかぼちゃの甘み、そして味噌の塩気がマリアージュしていて、1口なのに高い満足度だった。
「……美味い。」
「でしょー!」
母ちゃんはどこか嬉しそうだった。
そうか、この美味しいって気持ちをシェアしたかっただけなのだ。
相変わらず、母ちゃんは不器用だな。
「……鹿カレー、食べる?」
「えー!いいの?」
「ああ、ほうとう貰ったしな。」
「直輝はイケメンに育って母ちゃんは嬉しいよ。舞衣ちゃんは幸せだな〜。ね!結婚式はいつあげるの?」
「はえーよ!……舞衣とはまだそんなんじゃない。ほら、カレー食えカレー。」
俺は話を誤魔化してカレーに鹿肉を乗せて母ちゃんの口に運ぶ。
何やってんだ、こちとら親子なのに新婚カップルみたいなことしてるし。
「おいしー!」
母ちゃんはまるで子どものような反応を見せていた。
全く……、もう少し息子としては大人びて欲しいんだけどね。
「……でも羨ましいな。私はあなたのお父さんが16で無くなっていたから、そうやって恋愛を楽しむのが羨ましい。私は働いてばかりだったから。」
その言葉に俺はカレーが喉を通らなかった。
そうか、俺を産んでから母ちゃんは俺を守ることで精一杯。俺とこうしてじゃれる事も彼女なりに幸せなのかもしれない。
俺が、本来の母ちゃんの幸せを奪ってしまったのではないか、その罪悪感が鹿カレーを通さないようだった。
「…………その、なんかごめん。」
何に対しての謝罪なのか分からないけど謝ってしまった。俺はこの歳になっても迷惑をかけてばかりだ。
そんな事も知らずに相変わらず扱いは雑である。
俺は、母ちゃんに何を与えられるのだろうか。
すると、急に母ちゃんの指が俺のおでこを弾く。
その痛覚で、初めて俺は母ちゃんにデコピンされたのだと気がついた。
「ばーか!母ちゃんは幸せだよ。何俺が母ちゃんを不幸にした、なんて顔してるの!べ〜!」
「…………やったな。」
俺も仕返しとばかりにデコピンを仕掛けようとした。
しかし、それを母ちゃんが防御する。
その様子が、あまりにも悪目立ちしてしまった。
「ごほん!」
年配の店主が咳払いをすると俺たちは取っ組み合いをやめて少し赤面をする。
大人げないことをしてしまった。
お互いに水を一気に飲む。
「……すまん、取り乱した。」
「こちらこそ、でもね……直輝がこうして前を向いてくれるだけでも母ちゃん幸せなの。元気が何よりの報酬よ。」
そうか、デコピンは母ちゃんなりの元気づけてくれたのが。
気がついたら、鹿カレーを食べきってしまった。
あんまり意識して食べなかったから、ちょっと味わっておけばと後悔してしまう。
「さあ、行きましょ!目的地はあと少しよ。」
俺たちは車を走らせる。
湖の周りをゆっくりと……。
ふと富士山が見えたので見つめると、富士山の麓に小さな山があり、まるで富士山が子供を抱いているようだった。
まるで、俺と母ちゃんが二人で一つであることを対比するかのように。