俺と母ちゃんの富士五湖修行 1話
※100日チャレンジ8日目
ミーンミンミンミンミン……
朝、俺は鳥の声で目が覚めるのだが最近は蝉の声のほうが脳に響く。
蝉というのはどういう構造であんなにうるさいのだろうと疑問さえ抱いてしまうほどだ。
俺は天野直輝、AV女優の母親を持つごく一般的な高校生だ。
夢はまだない。
でも、母ちゃんと向き合ってからは大学に行くために勉強をしていた。それからは少しずつ友達が増えてきて、沢山繋がりが増えてきた。
人生って、ある瞬間から突然景色が変わるものだと思う。
暗いトンネルをたまたま走ってただけで、抜けると山から海に変わるように進んでいたんだと実感される。
俺は、まだ夏休みの真っ最中。
宿題もみんなとの協力もあって夏休み半ばなのにほとんど終わってしまった。
さて、今日は何しようかとぼんやりと朝の7時にリビングに進む。
「おはよう〜母ちゃん。」
「あ!直輝、おはよ!」
この人は天野遥香。例の元AV女優の母ちゃんだ。
その甲斐あってか今は一生働かなくてもそこそこの金があるので主婦業に専念している。
努力家で、優しい最高の母ちゃんだ。
「はい!朝ごはんね!」
母ちゃんは、朝からコーヒーを沸かしてハムとチーズの乗ったトーストとココアをかけたトーストを作って、ベーコンエッグとサラダのプレートも作ってくれた。
質素だけど、ちゃんと美味しく栄養のある食事だ。
我が家には贅沢という概念がない。
でも、幸せだった。
「うん!美味しい!」
「えへへ……ありがとう直輝。」
朝のこうして何気ない時間さえも、最近は幸せに感じる。
しかし、俺はひとつの事に違和感を感じる。
テーブルに一枚の紙がある。
そこには「ファイナンシャル・プランナー、合格」と書いてあった。
そういえば、母ちゃんは資格勉強も趣味にしていた。
もう働く必要があるのか疑問だけど、頑張るのが好きみたい。
「母ちゃん、資格取れたの?」
「うん、何とか取れた!直輝も頑張ってるし、私もなにか頑張ろうと思って始めたけど、やってみて良かった!」
俺も大学の進学のために勉強の成果がでて、母ちゃんは資格を取れてきている。
まさに、俺たちは二人三脚だった。
「そっか!次はなにかやりたい事とかあるの?」
「んー、そこ……今悩んでるんだよね。」
「悩んでる?」
「そうなのよ。資格も吟味してるけど、もっとなんか出来ることないかな〜とか考えるの。」
どうやら、母ちゃんは次の目標を考えてるみたいだった。その行動力は計り知れない。
「なんで目標がほしいの?母ちゃんはもうやり切ったと思うんだけど。」
「人はね、やることが無いと心にくるものがあるのよ。私は働く必要が無いくらいお金はあるけど、何かをしないとなんのために生きてるんだろうって感じる時があるの。」
そうか、それは一理あるのかもしれない。
金持ちがボランティアしたり仕事したりするのもそこが起因してると思うと腑に落ちる。
母ちゃんにも新たな挑戦が必要なのだ。
「母ちゃん、ブログ書いてみたら?」
「ブログ?」
「うん!知名度はあるみたいだから元AV女優の旅行記とか、修行日記とかかいてさ!母ちゃんの凄さをもっとたくさんの人に知ってもらうとか……どう?」
母ちゃんはバンっと立ち上がり目をキラキラしていた。
こうしてみると、子供みたいな一面もあるんだな。
「それ!それめっちゃいいじゃない!」
「食らいつきめっちゃいいね。」
「思い立ったらやってみましょ!直輝……今日暇?」
「ああ、暇だよ。勉強しかやることが無い。」
「そうと決まったら……アカウント作るわよ!」
こうして、母ちゃんの新たな挑戦が始まった。
☆☆
「じゃあ、アカウント名はかつてのAVの時の名前の橘遥香にしますか!」
「……なんというか、母ちゃんって堂々としてるよね。隠すよりもさらけ出すスタンスはすごいと思う。」
「まあ、もう失うものもないからね!」
凄い、ちゃんと覚悟決まってるよ。
母ちゃんは相変らず最強だった。
黙々とアカウントを開設して、ホーム画面などを編集していったり、本人確認なども終わらせること20分たった。
「ふう〜!なんとかアカウント作れたわ!」
「結構入力事項とか、やることいっぱいなんだな。」
「ええ、なかなか難しいわね。…………さて直輝、まだ始まったばかりよ。」
「そうだね……ここからゆっくり書いて。」
「いえ、取材に行きましょ。」
「へ?」
取材?いやいや、自己紹介とか生い立ちとかまだ順序がある気がするんだけど。
「か……母ちゃん……?まず小さく動いてみるのはどうかな?書くのだって座らないとできないし。」
「旅行に行きながら書きましょ!ネタ探しにもなるし、やるなら全力でやるわ!」
何たる行動力。
思い立ったらすぐ実行。
それこそ、総出演2000本の名AV女優たる所以なのかもしれない。
相変わらず、母ちゃんは近くにいるのに遠くにいるようだった。同じ景色なのに高さが違いすぎて見えてるものが違う。
俺は、諦めて母ちゃんのその無謀さにかけてみることにした。
「……わかったよ、行こう。そういえば俺たちまだ旅行行ってなかったしな。どこに行こうか?」
母ちゃんは、少し考えた。
そして、10秒くらい経ったくらいでいつもの不敵な笑みに戻り腕を組んだ。
「じゃあ……修行という意味で山梨の富士五湖でも行くわよ!車も出すわ!」
母ちゃんはすぐに身支度をすると、家の前に停めてあるマツダのCX5に乗り込む。
俺もそこまで荷物は用意しないで弾丸旅行に望むことにした。
「それじゃあ、修行の旅……しゅっぱーつ!」
黒いCX5はディーゼルエンジンを静かに鳴らし、道を進んでいく。
不安と……楽しみが入り交じる母ちゃんとの2人旅。
道はすいていて、いつもより速度はやや早めで運転をする。
車の中で、ドラゴンボールのエンディングの「ロマンティックあげるよ」が流れる。
子気味良いリズムと心に刺さる冒険へのワクワクが伝わる歌詞が母ちゃんの心を見事に表現しているように感じた。
さあ、冒険の始まりだ。




