うちのメイド長はヘビースモーカー 9話
私たちはスカイツリーに着く。
スカイツリーの下はソラマチという商業施設があり、人々で賑わっていた。
地下には駅があり駅直結型の施設となる。
「スカイツリーなんて、今まで意識して見たこと無かったわ。いつできたんだっけ?」
「んー、私が小学生の頃からあったから……10年?」
「10年!?もうそれくらいたったの?」
「ことねえが歳をとるわけ……いたた……ことねえ痛ーい。握ってる手がいたい〜。」
さやかのノンデリケートさがフルスロットルなので咄嗟に手が出てしまう。
メイド喫茶のメイドさんが粗相をしても感情が動かないのに不思議だ。
まあ、自覚はある。
私は28歳、世間からすると若い子には見劣りがしてしまう。
女の世界は若さこそ価値であり、そこからは右肩下がりなのが一般的だ。
歳をとったら武器がない限り私の価値は無いも同然になる。
さやかは……小説家だから積み上げた知名度があり、歳をとっても右肩上がりだろう。
私たちはこの地を這う幾つかの線路のように人生の角度は大きく変わってしまう。
「さやかは……一緒に暮らしてる男の子とはどうなの?」
「んー?れんれんのこと?」
「そうね。」
こんなに破天荒なさやかを受け入れてくれる男性のことを気になってしまう。
私にはそんな存在がいないので少し羨ましくも感じる。
さやかは少し考えた。
「んー、成り行きで一緒に暮らしてるからねえ。あと、家事とかやってくれたりしてなんか親みたい。あ、たまにムラムラするかられんれんのベッドで致すとすげー怒るんだよね。」
想像以上に気ままであった。
大丈夫かしら、いつかこの子殺されたりしない?
「そういうことねえはどうなの?」
「私は全然ダメ、大学生の頃は合コンとかしてたんだけど……私は真顔がすごく怖いので、メイドという仮面がないと私はどうにもモテないのよ。趣味は何?って言われたからメイド喫茶でバイトする事以外ないって言ったらドン引きされちゃって。」
その言葉に驚いたのか、さやかは目を白くしていた。
私……やっぱり変わってるのかしら。
「ま……まあ、その……私が言うのもあれだ……。」
「はっきり言ってよ。」
「なんというか、男ウケは悪そうかも。もう少し笑ったりとか、仕事でできてるのならそういう場でも出来るんじゃない?」
彼女にしては珍しく一般的な意見である。
分かってる。笑えばいいことくらいわかっている。
笑顔は人と人を繋ぐ架け橋だと考えてるくらいには分かっている。
「メイド喫茶という特殊な環境でないと、やっぱり私は人気のことねになれない。」
「良くも悪くも天職なんだね。」
お互いに少し気まずい空気が流れる。
気が付くと、辺りは少し暗くなっていた。
「…………せっかくスカイツリーに来たんだし、登ってみる?」
「おお!いいねえ!夜景見てみたい!」
私たちはお金を払ってエレベーターに入り、一気に上まで昇っていく。
気圧のせいかしら……少し……頭がぼうっとする。
ちょっとこの感覚が苦手だった。
少し内蔵の内側からむせ返るのを感じる。
40~50秒経ったのだろうか、少しずつ上昇してエレベーターを上がるとガラス張りの回廊がチューブ状に続いていて、まるで宇宙船の中みたいだった。。
どうやら、ここがフロア450というところであるみたいだ。
東京の最も高いところに位置するらしい。
「すげーー、なんだこれ!空中散歩じゃん!」
「ちょ、恥ずかしいからはしゃがないでよ!」
さやかはまるで子どものように駆け巡っていた。
だけど……気持ちはわからないでもない。
景色は夜景という暗がりに、東京タワーを中心にまるで下の灯りが無数のイルミネーションのようだった。
「綺麗……こんなところだったんだね。」
いつも背景のように感じていたスカイツリーの上から見た光景は……まるで東京を従える支配者のように並ある高い建築物を見下ろしていた。
ほんのりと、落ちきった夕日が都会の縁に黒にほんの少しのオレンジをコントラストとして彩っていて、地球って球体なんだなと実感させる。
意外と……メイド喫茶に通うわたしも、小説を書くさやかもちっぽけなんだと感じる。
「……来てよかった。私たちから見てるスカイツリーは、いつもこんな景色で私たちを見ていたんのね。」
ゆっくりと、二人で空中散歩を続ける。
ぶっちゃけ、どこがどこなのかはわからない。
もう何十年も東京に住んでるのに……私は本当に狭い世界に生きていたのだろう。
「ことねえ、泣いてる?」
ふと……さやかが心配そうに私を見ていた。
いつも笑顔で糸目のさやかとは真逆な表情なので私も咄嗟に顔に手を当てる。
「なんでだろう……私……泣いてる。わからない。」
きっと、何かをずっと我慢していた。
私は私の事を勝手に否定ばかりしていた。
その感覚から解き放たれたのかもしれない。
「泣いてるけど、ことねえ……少し嬉しそう。」
「そうね、少し……気が晴れたのかもしれない。私……こんなにちっぽけな世界で自分を追い詰めすぎてた。ぶっちゃけめちゃくちゃ焦ってた。」
「ことねえ。」
「さやか…私夢ができたわ、宣言する。私は私のお店を作ってみたい。私ももっと広い世界をみながら私のやりたいことをやってみたい。」
さやかは……何も喋ることもなくゆっくりと頷いた。
「私も……夢を持ってもいいかしら。」
「えへへ〜ことねえ、その道はイバラの道だよ。」
「もちろん、やってやるわよ。」
都会の喧騒は、夜になっても賑やかなままだ。
小さな光を灯しても、他の明かりで埋もれてしまう。
それが都会であり、競争でもある。
私は、このスカイツリーという東京の頂点でほんの少しの明かりを灯していく。
スカイツリーはライトアップされて、東京の背景を少し強く照らしていった。
まるで、私の心の灯と呼応をするように。