うちのメイド長はヘビースモーカー 8話
夏も真っ只中、私たちは隅田川を超えてスカイツリーに向かっていた。
人の賑わいよりかは少しオフィス街となっていた。
私はさやかの後ろを歩きながらゆっくりと進む。
「はーるのーうらーらーのーすーみーだーがーわー!」
「……なんだっけ、それ。」
さやかは少し考えて、ピンと来たみたいで元気に言葉を返す。
「たれきんたろう!」
「いや滝廉太郎ね。あんた……ほんと偏ってるわね。それよりもどこ向かってるの?浅草って反対の方向の方が賑わってない?」
「今日は〜私のお気に入りの場所でーす!」
彼女はそういうと、小さなこじんまりとしたお店を指さしていた。
コンビニが近くにあって、そこまで目立たないので普段なら素通りしてしまう……そんなお店だ。
「ここは……ショコラティエ?」
「そう!ショコラティエ田中です!」
そういうと、彼女はお店に入っていった。
「田中さーん!いる〜?」
いや、めっちゃ友達感覚じゃない。
そんなツッコミをしつつ、お店を見てみる。
お店は整理整頓されていて、みていて景観美を感じる。
ショーケースにはチョコレートがあるのだけれど、
デザインが美しい。
可愛いチョコレートだけでなく、和を基調としたデザインをしている。
味もオレンジなどのベターなものもあるけど、1部麹味なんてものもあり、浅草と和風……そしてショコラティエという3つのコンセプトから成り立っているお店だった。
「あら、さやちゃん!お久しぶりね!」
中からふた周りほど年上の女性が出てくる。
私の親が生きていたらこれくらいの歳かもしれない。
「あれ?田中さんは?」
「シェフは今日はおやすみよ〜。わざわざベルギーに仕入れに行ってるんだから。」
彼女の言うシェフは不在らしい。
旦那さんなのかな?
夫婦で成り立っているお店が今もこうしてあるのはどこか応援したくなる気持ちもある。
「えー!久しぶりに小説のネタ集めに来たのに〜!」
「さやか……シェフとは知り合いなの?」
「うん!たまたまここに来た時があって……そん時ね!この方はそのシェフのお母さんだよ。」
私は一瞬目を丸くした。
確かに、チョコレートのデザインを見るとどこか若々しい。
暦年の職人はシンプルになりがちだが、このチョコはどこか尖っているのだけれど、それがまた力強さを感じた。
「娘さんだったんですね。」
「ええ!海外に修行に行って……そっからお店やりたいって言い出してね!それで紆余曲折って今に至るのよ。」
素敵なお店である。
親の以内私たちにとっては、こんな親が良かったな……なんておもってしまう。
小さくとも、やりたいことをやって夢を叶えてるのだ。
それだけで夢も親もない私にとっては深く心に突き刺さるものがある。
「すみません、そしたらこのチョコのセット頂けますか?」
「ええ、もちろん!じゃあサービスで……オレンジのピールをチョコでコーティングした試作品も良かったら。」
「いいんですか?」
「ぜひ!このチョコ美味しいんだから!」
私たちはチョコを受け取る。
袋越しに中を見ると、和の市松模様や矢絣などのデザインがあり、久しくなかった心を動かされる気持ちが込み上げてきた。
「じゃあ……また来ます。」
「ありがとうございました!また気軽にお越くださいね!」
「勿論。」
私たちは、静かにお店を出てスカイツリーをめざして行った。
「いや〜やっぱあの店好きだわ〜。」
「ね!なんか……不思議と安心感と勇気を貰ったわ。」
「私がデビューする前から好きだったからねえ〜あはは。」
なぜ、酒とタバコしかほとんど口にしないさやかがショコラティエなんて洒落たものを選んだかわかった気がする。
この店とチョコには個性がある。
それは、どんな形だっていい。
追い求めるからこそ、こんなに美しいチョコレートがあるのだ。土地を調べたから、和風と洋風を組み合わせたデザインが出来たのだ。
夢に向かって進むからこそこのチョコは生きているのだ。
夢っていうのは、人柄や仕事にこんなにも輝かせるのかと痛感した。そして、一生懸命にやると身近だけど協力してくれる人がいるのだ。
「1個、好きなのを食べましょ。」
「いいの!?」
「印税払いね。」
「むう〜、ことねえはそういう所はちゃっかりしてるよね。」
私たちは、そう言ってチョコレートを口に運ぶ。
チョコレートはしっかりと温度管理をしているからカリッとしつつ舌触りは滑らかで……中にはオレンジの味とクリームと混ざったガナッシュチョコレートの味がした。
一時の夢であったかのように、その一口は口に消えるけど……その中にチョコレートに対するこだわりが凝縮していた。
美味しい、最近誰かと触れ合って美味しいものばかり食べてるのでこんな私が幸せの気持ちに浸っていいのかとさえおもってしまう。
「あはは、ことねえめっちゃ美味しいって顔してるよ!いつも真顔なのに!」
「そう?最近表情が緩くなったかもしれないわ。」
「歳?」
「ビンタするわよ。」
「ちょ……ことねえ、ビンタってパーでやるでしょ。グーは不味いって。」
ついつい、怒りの感情が込み上げてきた。
さやかと一緒にいると喜怒哀楽という感情が出てくる。
どうやら、私はメイドという動物からほんの少しだけ、人間になれているのかもしれない。
気がつくと、ただの背景となるスカイツリーはどんどん近づいていく。
見るものから見上げるものへと変わっていくにつれ、スカイツリーへの距離が間近になっていくのを感じた。
口にほんのりとチョコレートの味を残して、私たちは都会の喧騒と共に歩んで行った。