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第二章 昔なつかしアイスクリン その六

【過去編:ふたつの出会い その二】


 れいは夢をみていた。

 なぜかはわからないけれど、これが夢だとはっきりとわかる。


 夢の中、うっすらと目を開けて最初にみえたのは、知らない天井。

 ほとんど飾り気のない、無機質な印象の天井だった。

 どうやら、ベッドの上に寝そべっているらしい。


 寝起きだからだろうか、なんだかやけに視界が霞んでいる。

 それに、妙に息苦しかった。

 くぐもった呼吸音が耳にとどく。


 とくに意識もせずに顔のほうに手を伸ばそうとして、腕に何かがまとわりついていることに気がついた。


 ―――点滴。


 そう、病院などでみかける点滴のチューブだ。

 他にも、おそらく血圧や心拍などを計測するための機器がいくつも取りつけられ、また顔には酸素マスクが被せられていることに気がついた。


 れいは、不思議に思った。

 れい自身は、今まで一度も入院したことが無いし、そこまで大きな怪我や病気をしたことも無い。

 テレビのドラマやドキュメンタリー番組などで時どき見かけることはあるけれど、今おかれている環境はやけにリアルだ。


 これは、誰の夢だろう。

 他の誰かの夢、いや記憶だろうか。自分以外の誰かと記憶を共有しているような不思議な感覚だった。


 窓際にかけられたカーテンが、外の光で赤く、赤く染まっている。

 夕暮れ時なのか、それとも夜明けか。時計を探してみたが、視界に入る範囲には見当たらなかった。

 でも、なんとなくだけれど、ぼんやりとする頭で前者だろうと思っていた。



 だって、逢魔が時(おうまがとき)、というじゃないか。


 昔から、逢魔が時、つまり夕暮れ時には魔に出会いやすい、と言われている。


 その証拠に、それを証明するように、今、すぐ目の前に不気味にほほ笑む少女の顔があった。


 自分とは逆さまの向きで、空中に浮かぶ少女。

 反対向きのまま、目線だけが合っている。


 見たことのない少女だ。

 小学校高学年くらいの髪の長い、赤いワンピースの少女。


 およそ体温などないような青白い肌で、まるで人形のように見える。長く、黒い髪は垂れることなく宙を漂っていた。

 細めた目に、口角のつり上がった口。張りついたような笑みを浮かべている。


 よく見ると、そのどこを見ているかわからない瞳のなかで、赤と黒がぐるぐると渦をまいていた。


 そうか、この少女は、教室でみた()()怪異だ。

 姿かたちはだいぶ異なるけれど、たしかにシルエットは同じようにみえる。


 そうだとすると、この記憶の持ち主は……。


 夢だからだろうか。

 目の前の少女の怪異は、不気味ではあるけれど、教室で遭遇した時のようなとてつもない恐怖は感じなかった。


 そして、もうひとつわかったことがある。


 自分は、と言うか、この記憶の持ち主は、()()()()()()()()()()()()()()

 身体につながったたくさんの医療機器。霞む目。苦しい呼吸。


 生と死のはざまで、()()()()に足を踏み入れようとしている。

 それでは、この少女の怪異は、今まさに命の灯が燃え尽きようとしている憐れな魂を回収しに来た死神か何かなのだろうか。


 ――――――。

 ――――――――――――。


 その時、少女の怪異が何か言った。

 れいには聞き取れない。しかし、元の記憶の持ち主には理解できているのがわかる。


 ―――――――――。

 ――――――――――――。

 ―――。


 それは、何かの契約だった。

 少女の怪異は何らかの契約をもちかけ、記憶の持ち主はそれを承諾した。


 そして、怪異は少女の姿から、あの赤と黒の異形の姿へと変貌し、記憶の持ち主は一命をとりとめた。


 どのような契約が取り交わされたのか、れいにはわからない。


 だってこれは、誰かの記憶を夢でのぞき見ているにすぎないのだから。



 ―――そして、不思議な夢は終わり、れいの意識は現実世界へと戻って行った。



「おーい、おーい。ごじゅうすずかわさーん」


 なんだろう。

 なんだかとても能天気な声がする。


「もうホームルームも終わっちゃったよー。もうみんな帰っちゃったよ、ごじゅうすずかわさんってばー」


 ごじゅう……すずかわ?


「これは、ごじゅうすずかわじゃなくて、五十鈴川(いすずがわ)って読むの」


 れいは大きなあくびをしながら起き上がった。

 どうやら、机で突っ伏して眠ってしまっていたらしい。

 首がいたい。


「あ、おきた」

 れいの目の前に、いたずらっぽく笑う、ちょっとつり目の女子生徒の顔があった。れいの机のまえでしゃがんで、れいの顔を見つめている。


「おはよう、よく眠れた? いしゅじゅがわさん」

 噛んだ。


「んー。まあまあかな。えっと、りんこさん、だっけ」

 このちょっと猫っぽい顔の、なんだか美味しそうないい香りがするクラスメイトにははっきりと覚えがあった。


「おー、よく知ってくれてたねー。いすじゅがわさん、りんこの隠れファン?」


 クリクリとした大きな目を丸くしたあと、()()()、と変な笑い方をした。そして、また噛んだ。


更科さらしなりんこだよ。よろしくね」


五十鈴川(いすずがわ) (きよら)。隠れファンってなに?」


 満面の笑顔のりんこに、少しあきれたように答えるれい。


 りんことれいちゃん。

 これが、数奇な運命、と言うほどでもないが、後にちょっとした物語を紡ぐことになる、更科りんこと、五十鈴川清、ふたりの出会いだった。


 つづく

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― 新着の感想 ―
夢の中に見た不思議な光景、そして現実世界でのちょっと間の抜けた出会い。今回の物語は、二つの異なる場面が鮮やかに描かれていて、読んでいる私もれいと一緒に不思議な夢の世界を覗き見ているような感覚になりまし…
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