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第二章 昔なつかしアイスクリン その四

【れいちゃんの過去編その三】


 佐久間の喫茶店から中学校までは、鼻唄まじりに歩いて三十から四十分ほどかかる。

 喫茶店がある繁華街から駅前をぬけて、踏切をわたり、のどかな田園風景が広がる田んぼ道へ。ようするに、どんどん辺鄙(へんぴ)な方へと向かって行くことになる。


 小さな田舎街とはいえ、中学校がひとつしかないというのは如何(いかが)なものだろうか。

 (さいわ)いにも街にふたつある小学校のうち、ひとつが近くにあったので、これまでは通学というものにそれほど苦労は感じていなかった。


 れいは、あまり体力があるほうではない。

 同学年の女子と比べると身長こそ高かったが、体重は平均を下回る。そのわりに胸囲は人並み以上なのだから、いかに瘦せ型の体形か分かろうと言うものだ。

 実際、小学校のころには、たびたび貧血や立ちくらみで保健室のお世話になっていた。


 これはいい体力づくりになるぞ、などと考えられるほど、れいは前向きな性格でも楽観的でもなかった。

 これから三年ものあいだ、行きたくもない学校に小一時間かけて通うことになるのかと、早くも憂鬱だった。


 しかし、れいを憂鬱にさせる理由はそれ以外にも()()()()()あった。


 ―――あー、幽霊女(ゆうれいおんな)じゃん。通学路いっしょなのマジサイアク……


 道の少し前を両親と並んで歩く、同じ制服の少女がれいの方を一瞥(いちべつ)して、わざと聞こえるように大きなため息を()いた。

 れいは長い前髪で顔を隠すように少しうつむき、歩く速さをわずかに落とす。


 その少女は、れいの小学校のクラスメイトだった。


 『幽霊女』

 れいは、小学校でそんな呼ばれ方をしていた。

 

 幼いころ、母とともに放浪生活を余儀なくされ、本来であれば感受性が(はぐく)まれる多感な時期を、ひたすら母に迷惑をかけないように感情をおし殺して育ったためか、れいは感情表現がとても不器用だった。


 感情が無いわけではない。

 楽しいことも、うれしいことも、怒りも、悲しみも、ちゃんと感じている。しかし、その顔はまるで能面のように凍りついたままだった。


 加えて、れいは生まれつき目つきが悪かった。

 顔立ちそのものは、控えめな和風美人の母の血を濃く受け継いでいるのだが、誰に似たのか目元だけが異なっている。

 切れ長、と表現できなくもないが、それはまるで『(へび)』のようで、そのつもりがなくても睨みつけているかのように見えてしまう。


 れいは、自分の目が大嫌いだ。

 鏡を見ることを嫌い、長く伸ばした髪で顔を隠そうとする。

 鏡を見ないため、自然と身だしなみにも無頓着になり、その風貌はさらに異様な雰囲気を発してしまっていた。


 他人の目をさけるため、あまり外で遊びたがらず、肌は青白い。腰まである長い髪も、あまり手入れは行き届いておらず、ロングヘアーと言うよりも、伸び放題、と言った方がふさわしい有様だ。


 しかも、である。

 れいは母と同じく、心霊や怪異をみることができた。

 周囲の子たちから見れば、何もない空間を意味ありげにじっと見つめる姿は不気味そのものだった。


 悪いうわさが絶えない状況が生まれ、うわさがうわさを呼び、れいは嫌われ、避けられ、(さげす)まれた。


 れいはれいで、母と佐久間以外の人間にあまり興味はなく、そんな小学校生活は憂鬱ではあったが、それほど寂しさを感じたりはしなかった。



 ―――友というのは良いものですぞ。共に笑い、共に泣き、共に過ごした日々はかけがえのない宝ともなりましょう。おひぃさまにもいずれきっと―――


 先ほどの佐久間の言葉が耳に残る。


「べつに、友だちなんてほしくないし」

 自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。

 でも、もしも佐久間が言うような友人が自分にもできたなら。

 少し、ほんの少しだけ、胸が高鳴るのを感じた。



 田園風景の中、ぽつりと(たたず)む小さな個人商店にさしかかった。れいも小さなころから母や佐久間と一緒にときどき訪れていた雑貨屋である。腰の曲がった老婦人が慎ましやかに営んでいて、食料品やお菓子の他、文房具やおもちゃ、さらには衣類など、取り扱う品は多岐にわたる。


 他人に興味が無いれいだったが、ここのおばあちゃんのことはけっこう好きだった。

 かなりの高齢のため、近く店をたたんで隠居し、大手のコンビニエンスストアに生まれ変わるという噂を耳にしたのは、少なからずショックだった。


 帰りによってみようか。

 寄り道なんてしたことがない。でも、もう中学生だし。買い食いなんかしちゃってもいいかもしれない。


 少し心おどらせて雑貨屋を通り過ぎる。


 しかし、すぐにれいの表情は再びくもった。


 道の先、まだ遠く。路線バスの停留所、いわゆるバス停が見える。バス停にはバスを待つひとりの男性の姿があった。


 この道を毎日通って中学校に通うのが憂鬱な、もうひとつの理由が()()だった。


 バス停の前に静かに立つ男性。

 もう桜が咲く季節だというのに、首元にはマフラー。グレーのトレンチコートを着込んでいる。帽子を目深にかぶり、その表情は見えない。会社勤めのサラリーマンだろうか、手さげの革鞄をぶら下げている。


 れいは、ごくり、と喉を鳴らした。

 うなじのあたりに寒気を感じ、ほんの少し身震いをする。

 寒気がするのに、なんだか生あたたかい風を感じ、れいは男性から目を背け、足早に通り過ぎようとした。


 でも、やっぱり思い直して、男性の前で立ち止まる。

 男性の方を見ることはせず、前をむいたまま、れいは言った。


「あ、あの、バスは来ませんよ。もう、廃線になったんです」

 

 古びたバス停。

 塗装ははげ、ところどころに(さび)がういている。

 本来あるはずの時刻表は剥がされ、かわりにこの路線が廃止になる旨の案内が掲示されていた。その日付はとうに過ぎ、すでに十年もの年月が経過していた。


 れいが横目でバス停の方を見ると、そこに男性の姿はなかった。

 気がつくと、先ほどまでの悪寒は消え、気持ちの悪い風も止んでいた。


 ホッと胸をなでおろす。

 男性に声をかけたのは、もう何度目だろう。

 男性がどういう人物だったのか、なぜここでずっとバスを待っているのか、それは分からない。


 今日はもういなくなったけれど、明日もきっとバスを待つのだろう。けっして来ることのない、バスを待ち続けるのだろう。


 人に害のある(たぐい)ではないけれど、その存在はとても悲しくて、とても寂しい。


「友だち、できるといいな」

 れいは自分でも思いがけず、ぽつりと口にした。


 つづく 

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