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りんこにあったちょっと怖い話☆  作者: 更科りんこ
第五章 星のピノ、ハートのピノ
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第五章 星のピノ、ハートのピノ その八

【美しき風の花 その四】



 疑問はたくさんある。

 問いたださなければならないことも山ほどある。


 でも、それでも、今はただ、りんこが生きていることが嬉しい。


 れいは、りんこの小さな身体をぎゅっと抱きしめた。



「んふふ、れいちゃんのにおいがする」


 目を閉じて仔猫みたいな顔になったりんこが、れいの身体を抱き返した。小さな手の平から伝わる弱弱しい力加減が愛おしい。



「この、ばかりんこ! 本当に、もう会えないかと思ったんだから! もう、もう、二度とあんな無茶なことしないで」


 れいの声は震えていて、とても小さく、途切れ途切れだったけれど、りんこの耳にはしっかりと届いていた。



「ごめんね、れいちゃん。でも、ああしないとれいちゃんが死んじゃう未来(ルート)だったの。れいちゃんは死んだら生き返らないでしょ? だけど、りんこならぜったいに死なないから大丈夫だし」


 りんこが、さも当たり前のことのように話している内容が、れいには少しも理解できない。

 それが、とても寂しく、そして悲しかった。


 もはやお互いに知らないことなど何もないとすら思っていたのに、何だか急に、とても遠い存在に感じてしまう。



 れいは、りんこの存在(ぬくもり)を確かめるように、強く、強く抱きしめた。



「んっふふー。れいちゃんってば、りんこのこと好きすぎでしょ」


 りんこはそう言ってほほ笑むと、れいの豊かな胸に顔をうずめ、頬ずりをするように顔を左右に振った。



「ずっとこのままでいたいけど、はやく終わらせないとあかりちゃんがお風邪ひいちゃうかもだし、美咲さんも心配だから」


 りんこは名残惜(なごりお)しそうにそう言うと、優しくれいの身体を押し、やんわりと離れた。



「あ、あのさ、りんこ」


 りんこから離れながら、れいが問いかける。



「なぁに? れいちゃん」


 小さく首を(かし)げるりんこ。それは普段と変わらない、可愛らしい仕草だった。



「りんこは、あたしが知ってる、()()りんこ、だよね?」


 問いかけたれい本人にも、よく意味がわからない質問だった。

 ただ、りんこの口からはっきりと聞いておきたかったのだ。


 自分は、れいが昔からよく知っている『更科(さらしな)りんこ』であると。



 五十鈴川(いすずがわ) (きよら)に、()()()()()()()などと言う本人にとってきわめて不愉快(ふゆかい)な理由で『れい』というあだ名を勝手につけ、毎日毎日飽きもせず、ずっと一緒の時間を過ごしてきた、れいにとって他の誰よりも大切な友人、更科りんこである、と。


 れいは、今、胸の中にある、この言葉で言い表せないもやもやとした不安を解消し、安心したかった。


 りんこに、安心させてほしかった。



「んー? そりゃそうでしょ。りんこがりんこじゃなかったら、いったいなんなのさ? んふふ、おかしなれいちゃん」


 悩めるれいの胸中などお構いなしに、りんこはあっけらかんとした様子で、本当に可笑(おか)しそうに()()()()と笑っていた。


 その声、その表情、その仕草、すべて、れいがよく知る、りんこそのものだった。




 れいはよく知っている。


 りんこは嘘はつかない。


 バカな事ばかりするうえ、わがままで空気は読めないし、突拍子もないことや奇想天外なこと、意味がわからないことを突然言い出したりもするけれど、決して嘘だけは言わない。


 言いたくないことや、都合が悪いことがある時は、とてもわかりやすく挙動不審(きょどうふしん)になって口を(つぐ)む。

 そのため、何か隠し事があると丸わかりなのだけれど、その反面、故意に事実と異なることを言ったりは絶対にしないのだ。


 これは、りんこの性格というか、それを越えた習性のようなもので、少なくとも、れいはりんこが大なり小なり嘘をつくところなど、ただの一度も見たことが無かった。



 そのりんこが断言するのだから、いま目の前にいるりんこは、れいが昔からよく知っているりんこに間違いない。


 いや、いま目の前にいるりんこが、もしもりんこじゃないのなら、平気で嘘を言っていてもおかしくないのか、とれいは首を捻った。


 しかし、この目の前の()()()()()()がりんこじゃない事などありえない。



 れいは自分がいったい何について悩んでいたのか、よくわからなくなっていた。



 しかし、何だろう。

 れいは心のどこか片隅で、ずっと何かが引っ掛っているのを感じていた。


 疑問が喉元(のどもと)まで出かかっているのに、具体的な言葉にできない。



 れいは、もどかしさを胸に抱いたまま、隣りを歩くりんこのつむじをぼんやりと眺めていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 灰色のアスファルトにつなぎ留められている筑波祢(つくばね) 真昼(まひる)のもとに向かう、りんことれい。



 赤いワンピースの怪異は、何故(なぜ)かりんこについて来ようとはせず、同じ場所でじっと立ち止まったまま、静観しているようだった。


 小学生くらいの少女の形をした闇のかたまり。


 身体の赤い部分がワンピースに見えることから、れいは『赤いワンピースの怪異』と呼んでいるけれど、実際のところ、アレが何なのかについては依然(いぜん)として不明、正体をつかむ糸口さえつかめていない。



 以前から感じていたけれど、この赤いワンピースの怪異は、どうにもこう人間臭いと言うか、りんこやれいたちの空気を読んでいるような行動を見せる時がある。


 いつもりんこにつかず離れず、周囲をうろうろしているのだけれど、りんこの用事が終わるのを離れた場所で待っているような動きをみせたり、街路樹の桜や野に咲く季節の花々、鳥や蝶などといった動植物を愛でたり、天気の良い日にはひなたぼっこをしたりといった、そんな風にも見える態度をとることが度々(たびたび)あった。



 りんこに取り憑いていることと、筑波祢 真昼を圧倒したその強さ以外、何もかもが謎に包まれたまま。


 明らかに絶命していたはずのりんこが、瞬時に、さらに一切の痕跡(こんせき)も残さず生き返ったのも、間違いなくこの怪異の力だろう。



 身の毛もよだつほど恐ろしい存在である事に変わりはないけれど、案外悪いやつではないのかもしれない。



 そこまで考えて、れいは首を振った。


 怪異は怪異。そこには善も悪もない。


 生き物ですらない怪異は、人間とは異なる常識と価値観を持ち、決して相いれない。

 お互いに理解することはほぼ不可能と言える、根本的に異なる別次元の存在なのだ。






「れいちゃんはさ、まひるちゃんをどうしたい?」


 不気味に(うごめ)く黒い毛髪のような何かによってアスファルトに拘束されている筑波祢 真昼を見下ろして、りんこが言った。



「本当はね、ルゥナーを、もう一度、会わせてあげたかったんだ」


 れいは、ほんの短い時間だったけれど、たしかに友人であった異国の少女の、その雪の妖精(スネグーラチカ)のような姿を思い出しながら、静かに答えた。



 もう一緒にいられないのなら。


 離れ離れでも、お互いを思っていられるのなら。



 ―――せめて、ちゃんとお別れをさせてあげたかった。



 たとえ、宇宙から降ってきた隕石に当たったみたいな、偶然の一言で済ませるにはあまりに残酷すぎる事故がきっかけで、ルゥナーが命を落とすことが、避けようのない運命だったとしても。


 たとえ、ルゥナーが、あの夜の先に待ち受ける過酷すぎる未来から逃れるために、自ら望んだ死だったとしても。


 ちゃんとした挨拶もできないまま永遠にお別れするなんて、そんなの、クリスマスには似合わない。



「あたしは筑波祢 真昼のことはよく知らないから、どうしてもルゥナーのことばかり考えちゃう。でも、美咲さんが言うように、筑波祢 真昼を救ってあげたい気持ちがないわけじゃないんだ」



 れいは、地面に伏せたまま、呪い殺そうとばかりに血走った眼で(にら)みつけてくる真昼の、そのどす黒く塗りつぶされた顔を哀憐(あいれん)に染まった瞳で静かに見つめていた。




「ほら、あたしは中学の時はりんこ以外の友だちなんていなかったし、欲しいとも思っていなかったからさ。学校の人に興味が無かったから、あんたのことも最近まで知らなかったんだけど。あんた、すっごい人気者だったんだって? 美人で誰にでも優しくて、勉強も運動もできてさ。それに先生とか、街の大人たちからも評判良くかったんだってね。びっくりしたよ、うちのお母さんや佐久間さんもあんたのこと知ってた。すごく褒めてたよ、とってもいい子だったって。不幸な事件に巻き込まれて、いなくなっちゃって、すごく残念だって。それに、あたしは知らなかったんだけどさ、美咲さんから聞いたんだけど。ルゥナーとあんたが会ってた公園って、あたしの家のすぐ目の前にあるんだよ。あのころは家から出るのがいやだったから、すぐ近くにいたのにぜんぜん知らなかった。知っていても、見かけても、きっと何も起きなかったし、何も変わらなかったと思うけどさ、もしかしたら、って思っちゃうんだよね。ええと、何の話だったっけ……」



 真昼に語り掛けるれいの目から、いつの間にか涙があふれていた。

 その様子を、りんこは黙って見守っている。



「つまり、何が言いたいのかって言うとさ」



 れいは、そこで言葉を切った。

 考えをまとめるように、胸に手を当て、深く呼吸をする。



 そして、顔をくしゃっと歪ませ、本当に、本当に悲しそうに言った。



「あんたも、つらかったんだよね。みんなから美人だって言われてた顔がそんなになるほど、本当に、つらかったんだよね。あんたはすごく優秀だったから、いろいろ考えすぎて、行動しようとしちゃった。でも、でもさ、もう、がんばらなくていいよ。十分すぎるほど、がんばったよ。やり方は間違えちゃったけど、本当にすごいよ、()()()()()



 れいは思う。


 中学校時代に、この筑波祢 真昼という少女に出会っていたなら、やっぱり自分も憧れただろうか、と。


 校舎の廊下で見かけるだけで、すれ違うだけで、その日一日、ちょっと気分が良かったりしたのだろうか、と。




「ねえ、ルゥナー。ルゥナーのподруга(ぽどぅるが)(愛しい人)は、すごいよね。本当に、すごい人だね」



 天を仰ぎ見て、最後に、そうつぶやいた。



 そのつぶやきは誰にも届くことなく、星が瞬く夜空に吸い込まれていくだけだった―――。





















 ――――――はずだった。






「そんなのあたりまえでしょ! まったく、寝言は寝て言いなさいよ? この、дурачок(どぅらちょーく)(おねぼうさん)」







 つづく

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