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りんこにあったちょっと怖い話☆  作者: 更科りんこ
第四章 雪見だいふく
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第四章 雪見だいふく その九

【月と太陽 その四】



 美咲の左腕は、(ひじ)と手首の間、ちょうど真ん中の辺りで切断されていて、そこに鈍い光を放つ金属製の義手が取り付けられていた。


 太い骨のような金属部品の間を()って、細かい歯車やクランクのような部品がぎっしりと詰まっている。



 美咲はその義手をぐーぱーぐーぱーと動かして見せた。

 指の動きに合わせて、互いにかみ合う部品が滑らかに可動(かどう)()()()()()()という金属音が静まり返った部屋の中に響いた。



「こうやって、ただ(にぎ)ったり開いたりはできるんだけどね。重い物を持ったりとか、文字を書いたり、(ひも)(しば)ったりみたいな複雑な動きはできないの」


 美咲はそう言って、照れくさそうに笑うと、義手の指先で頭をぽりぽり(カチャカチャ)()いた。



「もともと左利きだったから、今でもまだ不便な事もあるんだけれど、そうも言ってられないし」


 そこで、りんことれい、(あかり)の三人が言葉を失って食い入るように義手を見つめている事に気がつき、美咲は(あわ)てて両手をぱたぱたと振った。



「あ、ご、ごめんね。こんなの、あんまり見ていて気分がいい物じゃないよね」


 そう言って、美咲は義手に再び黒い革手袋をはめる。手袋をしている事そのものに多少の違和感は残るものの、見た目では義手である事はまったくと言っていいほどわからなくなった。



「美咲ちゃん、いたくないの?」


 りんこが両手の指を()()()()と動かしながら心配そうに声をかけた。肉体との接続部がどうなっているのか分からないので、何となく怖い想像をしてしまう。



「ぜんぜん痛くないのよ? 手がとれちゃった時は、そりゃあもう痛かったけどねー」


 想像してしまった。

 れいの足もとから頭の先までぞわぞわという悪寒が駆け巡る。


 見ると、りんこと灯もどうやら同じようだった。

 二人とも涙目になって、身体が硬直していた。



「その、それは、例の通り魔事件の?」


 灯がおずおずと遠慮がちに(たず)ねた。

 その表情はまだ強張ったままである。



「うん。犯人にね、大きな刀みたいなもので切られたの」


 美咲の言葉に、三人はごくり、と息をのんだ。



「だからね、そのお人形さんも、全然思ったように作れなくて。形はいびつだし、手足の長さもばらばらでしょ? これじゃ申し訳ないなぁって思ったんだけど、でも、こういうのは気持ちかなって」


 美咲はおろおろとしながらも、穏やかな笑みを浮かべて言った。

 れいは、当初想像していた話の流れと大きく異なる展開に、少し混乱していた。



「あの、美咲さん。この人形って何のために作ったんですか?」


 れいが問いかける。そう、まさにそこが最大の謎だった。

 れいは、つい先ほどまで、てっきり何かの呪術だとか、儀式だとか、そういう(たぐい)のものだと、勝手に思い込んでいた。


 しかし、今のこの美咲の表情や雰囲気から、それはまったく見当違いで、大きな勘違いをしていたのではないか、と思い至る。



 美咲は少しの時間、逡巡(しゅんじゅん)したあと、様々な感情が入り混じった、とてもとても複雑な表情でこう言った。




 ―――たいせつな、お友だちへの(とむら)い、お供え物なの。



 美咲は何か尊い記憶を思い出すかのように、自分の胸に手をあてて、静かに目を閉じた。





「美咲さん、失礼ですが、そのお友だちというのは筑波祢(つくばね) 真昼(まひる)さんの事、ですか?」


 静寂(せいじゃく)を破って、灯が口を開いた。

 れいも同じ質問をしようとしていたのだけれど、何故か禁忌(タブー)のような気がしてしまい、切り出せないでいたところだった。



 美咲は、灯の口からその名前がとび出した事に驚いたようだったけれど、やがて小さく(うなず)いた。



「うん、真昼ちゃん。私の大切な、とても大切なお友だち、だった」


 噛みしめるような美咲の言葉。

 その言葉に込められた微妙なニュアンスの変化に、この時、この場所にいた誰も気がつく事ができなかった。



「でも、なんでお人形さんなのー? お花とか食べものとかじゃなくて?」


 りんこがほっぺに指を当て、可愛らしく小首を(かし)げる。

 それは、至極当然(しごくとうぜん)の疑問だった。



 そして、れいの頭にもうひとつ、新たな疑問が生まれた。

 美咲は、人形を思ったように作れなかった、と言った。上手く作れなかったから申し訳ないと思った、とも。


 それは、人形を作るにあたって、何かモデルとかモチーフになるもの、または、お手本のようなものがあったのではないだろうか。



 そして、それは、おそらく。





「あ、えっと、あの、それはね……」


 りんこの質問にどう答えたらよいのか迷うように、美咲は言い(よど)んでいた。口を開こうとしては()め、また話そうとしてはやっぱり口を閉ざす。



「真昼ちゃんには、大好きなお友だちがいて。えっと、そのお友だちの子がね。すごく、大事にしていたお人形さんがあってね」


 やがて、美咲が()()()()と話し始めた。

 その表情は先ほどとは異なり、どことなく冷ややかなものとなっていた。



「その子が、もういないから。せめて、その子が大事にしていたお人形をお供えしてあげよう、と思ったんだけれど」


 感情のこもらない無機質な声。

 それには、美咲があえて、真昼の友だち、という表現を用いた事が関係していそうだった。




「見つからないの。思いつく場所、ぜんぶ、たくさん、たくさん探したのだけれど。なんなら、今でも探しているのだけれど。真昼ちゃんは、きっと本物じゃないと満足してくれない。私なんかが作った、あんな不格好な出来損ないのまがい物じゃ、ぜったいにゆるしてくれない。きっと、きっと……」


 うつむいて、ぶつぶつとつぶやき続ける美咲。



「美咲ちゃん、どうしたの? ちょっと、こわい、よ?」


 明らかにおかしい美咲の様子に、りんこが恐る恐る声をかけた。



「えっ? あ、ごめんなさい。私ったら、またぼんやりしちゃって。てへっ」


 りんこの声で我に返った美咲は、そう言って握ったこぶしで自分の頭を軽くコツンとたたいた。




 ふと、れいと灯の目が合った。

 灯はどうやら、ここでルゥナーの事を話しても良いか思案(しあん)しているようで、それにはれいも考えあぐねていた。



 美咲の様子からは、ルゥナーに対してあまり良い感情を持っていないように感じる。


 そして、灯にも知らせていない事だけれど、おそらく美咲が探しているだろう本物(オリジナル)の人形を、れいは今、鞄の中に持っているのである。



 普通に考えれば、素直に美咲にルゥナーの事を話して、人形を渡すべきだと思う。


 思うのだけれど、れいは、何かが引っかかって、決断できないでいた。




 思い起こせば、昨晩、ルゥナーは()()()()()()()姿を消したのではないか。そんな風にもとれるタイミングだった。



 だけれど、そもそも地縛霊の事を気づかって、目の前の美咲を信用しないというのも何だかおかしな話だった。



 考えがうまくまとまらない。

 れいは灯と再び顔を見合わせた。




「真昼ちゃんのお友だちって、もしかして、るーなちゃんのことかなぁ?」


 その時、りんこの明るい声が響いた。



「あ、このばかりんこっ!」


 慌てて制止しようとしたけれど、れいのいる場所からでは遠すぎた。

 りんこの隣で、灯が驚いて目を丸くしている。



 そして、れいと灯の二人はほぼ同時に美咲の方を見た。




「るーな、ちゃん? るーなちゃんって、ルゥナーのこと?」


 そうつぶやく美咲の顔には何の感情も浮かんではいなかった。

 美咲の足が、すっと音もなく一歩前に進んだ。



「ち、違いますよ。私たちのクラスに、るなちゃんっていう子が……」


 灯がりんこの口を両手でふさぎながら、適当すぎる出まかせを口にする。


 ダメだ、さすがにそれで誤魔化(ごまか)せる状況ではない。


 



 ―――次の瞬間、()()()()()()、ように見えた。



 本当に、そう見えたのだ。

 りんことれい、灯の目の前で、美咲の姿が消え、(まばた)きをする間もない次の瞬間、れいの目前、身体が触れんばかりのところに立っていた。



 一瞬、何が起こったのか理解が追い付かず、呆然(ぼうぜん)と目の前の美咲を見下ろすれい。



「本当の事を話して」


 美咲は直立不動の姿勢で、視線だけが上目遣(うわめづか)いの状態のまま、れいに(ささや)いた。それは、つぶやくような小さな声だったけれど、脅迫(きょうはく)にも似た強い語気をはらんでいた。




「ぅわあっ!?」


 頭が混乱し、れいは悲鳴をあげて尻もちをついてしまった。

 その拍子に身体がテーブルに当たり、れいの鞄が床に落ちる。



 これは偶然なのか、はたまた決められていた運命か、それとも因縁、もしかしたら筑波祢(つくばね) 真昼(まひる)やルゥナーの呪い(ねがい)によるものだろうか。



 きちんと閉じられていたはずの鞄が開き、こっそりしまっておいたルゥナーの人形が(こぼ)れ落ちる。



 音をたてて床に転がった人形(それ)をぼんやりと見下ろして、佐倉(さくら) 美咲(みさき)は、本当に、本当に、心の底から、あふれ出す喜びを抑えられないように、まるでラストーチカの店内にあるよりもたくさんの花が一気に花開いたように、とてもとても嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。




 つづく

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