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りんこにあったちょっと怖い話☆  作者: 更科りんこ
第三章 ハーゲンダッツラムレーズン
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第三章 ハーゲンダッツラムレーズン その六

【ハーゲンダッツ事件 その四】


「今日も来ませんね、りんこちゃん」

 うつむき加減のれいを横目で見ながら、(あかり)が遠慮がちにつぶやいた。


 放課後。

 夕日がさし込む、すっかり人気ひとけのなくなった教室。

 窓際(まどぎわ)には、並んで立つれいと灯の姿があった。


 校庭の方から、部活動に勤しむ生徒たちの掛け声が耳に届く。


 先日のコンビニでの()()一件から、数日。

 教室の入り口からひょこっと顔をのぞかせるりんこの姿は、今日も見られなかった。


 毎日、学校には来ているし、授業の合間や教室を移動する際には、時おり姿を見かけることもある。

 しかし、れいや灯を視界にとらえると、あからさまに驚いた様子で脱兎だっとのごとく逃げてしまう。


 大げさなリアクションがある分、無視されるよりも気が楽ではあるのだけれど、事態は膠着(こうちゃく)状態のままだった。


「メッセージの方はどうですか?」


 灯の問いかけに、れいはただ首を左右に振って答える。 

 スマホに連絡を(こころ)みても、いつも電源が入っておらず、メッセージを送っても既読マークがつくことはなかった。


「はあ、困りましたね」

 灯は(まゆ)を寄せると、(ほお)に手をあてて深く息を吐いた。


 どうやら、自分がきっかけで起きた騒動のようであるし、灯はなんとも居心地が悪い。


 灯が見たところでは、お互いが大切な存在だからこそのすれ違いなのだけれど、二人ともまっすぐで不器用な性格が災いして、解決の糸口が見えてこない。


 騒動の原因となった、りんこを自宅に(まね)きたくない理由については、れいにいくら(たず)ねてもはっきりとした納得のいく説明は得られず、灯としては白旗を振りたい気分だった。


「もういっその事、お母さまにお会いするのはやめにしませんか?」


 それで、りんこに(あやま)ってお互いに水に流した方が、と提案した灯に対して、れいは再び静かに首を左右に振った。


「それじゃ何の解決にもならないですし。りんこのことは一旦(いったん)おいておきましょう」


 困ったようにほほ笑むれい。


(本当に、似た者同士、なのかもしれませんね)


 お互いに相手のことが気になって気になって仕方ないのに、意地を張って歩み寄る事ができない。灯は心の中で呆れながらも、普段と変わらない笑顔をれいに向けた。


「れいさんがそれでいいのなら。それでは、予定通りに日曜日にお邪魔しますね」


 灯はそう言って、よろしくお願いします、と頭を下げた。

 夕日を浴びてきらきらと輝く白金色の髪(プラチナ・ブロンド)が、花のような香りとともに音もなくふわりと揺れた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ―――そして、日曜日。


 すっかり涼しさを増した秋風がやわらかく吹き抜け、この時期としては幾分あたたかな日差しが降り注ぐなか、いつものコンビニエンスストアのベンチに腰かけ、れいはコーヒーをちびちびと(すす)っていた。


 季節限定のフレーバーや特別な豆を使った商品もあるなか、れいはあえて代わり映えのないいつもと同じコーヒーを飲んでいた。


 味の違いがよくわからないというのもあるけれど、それ以上にずいぶん前に聞いた佐久間の言葉が強く影響していた。


『おひぃさま。最高のコーヒーというのは、何も高級な豆や珍しい豆、有名なバリスタが淹れたものだけを言うのではないのです。毎日毎日、一年中飲んでも、一日に何度飲んでも飽きない、楽しい時、悲しい時、いつ飲んでもうまい。それが本当にうまい、最高のコーヒーだと私は思います』


 まあ、単純に限定品は値段が高いというのもあるけれど。


 れいは、カップから手のひらに伝わる温もりをじんわりと感じながら、空を見上げた。爽やかな秋晴れの高い高い空がとてもまぶしい。


 結局、りんことは話ができないままだった。

 こんなに長い期間、りんこと話さなかったことがあっただろうか、と記憶をたどる。



『バカはれいちゃんじゃない! りんこがいなかったら、おともだちなんかできなかったくせに! 今でもずっといじめられてたくせにっ!』


 不意にあの時の言葉がよみがえり、涙を(こぼす)すりんこの顔が浮かんだ。


 りんこがいなかったら。

 たぶん、友だちなんかできなかった。

 きっと、今でもずっといじめられていた。


 まさに、その通りだった。


「りんこの……ばか」

 れいは唇をとがらせて、()ねた子供のようにつぶやいた。



「お待たせしました!」


 その時、軽い足音とともに、それほど大声ではないのによく聞こえる、澄んだ心地よい声がれいの耳に届いた。


「あ、おはようございます。おおぅ……私服だ」

 れいは駆け寄ってくる灯に小さく手を振りながら、その姿に目を見張った。


 シックな黒いタンクトップ風のインナーに、抜け感のある淡い桃色のシアーブラウスを重ね、トップスと同じ黒いスキニーパンツを合わせている。肌にぴったりと密着したパンツが細いシルエットを描きだし、見事なまでのスタイルの良さを十二分に引き出していた。


 足もとはピンクのローファーが(いろど)り、肩から掛けた同じくピンクの少し大きめのサコッシュが可愛らしさを演出する。大人っぽさの中にもガーリッシュな雰囲気のある都会的なコーディネートだった。


「私服だ、って。今日はお休みですよ?」


 当たり前じゃないですか、と灯は肩をすくめた。

 そして、れいの方をじっと見つめて、その足もとから頭のてっぺんまで撫でるように眺める。


「れいさんこそ、どうしてジャージ? それも学校指定の」


 ため息まじりに灯は言った。


 れいは学校指定のえんじ色のジャージ姿だった。

 靴こそやや高級そうなスニーカーではあるものの、長い髪を無造作に後ろで一本に束ね、その風貌(ふうぼう)は実に芋っぽい。体育の授業中か、でなければ課外活動の途中といった雰囲気だった。


「まあ、いいです。それについては、あとで会議ですね」


 いったい何がおかしいのだろう、といった感じできょとんとするれいに、灯は額を押さえてかぶりを振った。


 灯が見る限り、れいは自分で思っているよりずっと魅力的な容姿をしている。

 重度のコンプレックスの要因となっている、そのいささか鋭すぎる目元も、見ようによっては舞台の男役のように見えなくはないし、長身ですらっとした体形や、今もジャージの下から主張してやまない豊満な胸元など、むしろ(うらや)むべき点も多い。


 問題があるとすれば、今のこのジャージ姿に象徴されるような、まったく花の女子高生にあるまじき、ファッションへの関心の無さ、自分の容姿に対する無頓着(むとんちゃく)さであろう。


 そんな二人をよそに、コンビニエンスストアの横を古ぼけた軽トラックがガタガタと荷台を揺らせながら通り過ぎて行った。


「それじゃ、行きましょうか」


 れいはそう言って、カップを片手に立ち上がると、灯をエスコートするように先を歩き始めた。


 ティーン向けファッション誌のモデルさながらの灯と、まさに、()()()()()といったれい。


 なんとも不釣り合い(ミスマッチ)な、だけれども不思議と息の合う二人の前に、ひび割れたアスファルトの道がどこまでも続いていた。



 つづく

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