表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
反障害者障害  作者: 蠍戌
1/2

全文

 もしもし。もしもし。警察か? 捕まえてくれ。早く、早く、早く捕まえろ! 誰をって、俺だよ。俺を捕まえてくれ。

 なぜって? 殺したからだよ。人を殺したんだよ。俺が人殺しだからだよ。人? 人だと? あいつがか? いや、あいつは人なんかじゃねえ。人間じゃない。あんな奴が人間であってなるものか。俺と同じ生きもんだ。俺と同じで、生きていちゃあいけない生きもんだ。いいから早く捕まえに来い!

 俺は人間じゃない。あいつだって人間なんかじゃない。人間じゃない生きもんが人間じゃない生きもんを殺しただけだ。

 だが俺やあいつみたいな生きもんでも人間だと見做されちまうのはこの世の常だ。だから人間が人間を殺したことになるんだ。俺は人殺しだ。人を殺した人間だ。

 人間を殺した人間は罰せられなきゃならない。そのためにはまず捕まえられなくちゃならん。そして俺を捕まえられるのはあんたらしかいない。だから捕まえてくれ。早く俺を捕まえてくれ。

 なに? どうしてだ。へえ、そういうものなのか。前と随分違うな。まあそうか。前は現行犯だったもんな。今回は自首だもんな。ちゃんと調べなきゃなんねえのか。出頭つうんか? いや自首でいいんだよな。

 あ? ああそうだよ。前にもやったことがある。だがあんときは罰せられなかった。罪に問えないんだとよ。俺が障害者だからだとよ。

 ああ障害者だ。見たところでわかりゃしねえよ。手もある。足もある。目はいいほうだ。耳も悪くない。健康だ。体力もあるほうだ。人間殺せるぐらいだかんな。だが障害があるんだよ。見えない障害だ。数字で出せない障害だ。

 反障害者障害。

 それが俺の障害だ。

 障害者を受け入れられない障害だ。

 だがそんなこと関係ない。公平に裁け。

 いや、俺が反障害者障害なら、むしろ冷酷に裁け。

 いやいっそ裁判なんかいらん。ぶち殺せ! 八つ裂きにしろ! 反障害者障害の奴なんざ、人間じゃねえんだ! 俺が殺してやったあいつとおなじだ! あいつも俺も人間じゃねえんだ! だからとっととブッ殺せ!

 ああそうだった。あんたらは俺を殺せはしない。殺しちゃいけない。俺はあんたらに殺されるわけにはいかねえ。ちゃんと裁判にかけてくれ。今度こそちゃあんとだ。

 弁護士なんていらねえ。俺に弁護なんかいるものか。どうせ障害を理由に「責任がない」とか「責任が限定される」とか、糞みてえな戯言繰り出されるだけだ。被害者や遺族や世間はもちろん、俺さえも納得できねえ弁護をされるに決まってる。そんで法律はそれを汲み取って判決を出すんだ。どうかしてるぜ。「障害者を受け入れられない障害を持つ障害者だからその障害のために障害者を傷つけ死なせたとしても罰することはできない」とかな。

 ふざけんな! 俺を障害者と一緒にすんな! 障害者が何をした! 障害者は人間じゃないとでもいうのか! この俺と一緒にすんな! 生きる価値のないこの俺なんかと同じであってたまるか!

 そうだとも。違うとも。障害者は人間だ。障害のない健常者と同じように人間だ。俺とは違う。あの人たちは人間だ。俺なんかとは違って人間だ。なのに俺が傷つけた。殺しちまった。人間じゃない俺が、人間を傷つけ、殺した。こんなこと、許されるはずがない。許されてはいけない。だが俺はろくに裁かれなかった。だから俺は罰せられなかった。俺が障害者だからだ。どういうことだ! 人間を傷つけ、人間を殺した俺を、なぜ裁かない! なぜ罰しない!

 あ? ああ、そうだよ。たち、だよ。一人じゃない。何人もいる。捕まったのは一度だけだ。それまでだって、何度もやった。数え切れないほどだ。

 種類や程度で選んでなんかいねえよ。車椅子の人だとか、白杖ついた人だとか、介助犬ごとやったこともある。ぱっと見でわかんないような人だって、俺ならすぐわかるんだ。やってみたらやっぱりさ、補聴器つけてたり、義足だったり、オストメイトだったりするんだ。身体障害者だけじゃない。知的障害者も、精神障害者も、発達障害者も、構わずやった。ヘルプマークなんてもんはあてにならん。大馬鹿な健常者がファッションかぶれで身に着けてることもあれば、ドクズの健常者が悪用してることもある。俺ならすぐに違いがわかる。馬鹿とクズはどんなに不愉快にさせられても、それこそぶっ殺してやりたくなっても、ちゃんと我慢ができる。どんな理由があっても、人を殺すなんて、自分が死んでもしちゃいけないことだからな。だが、障害者に対してだけは、自分を押さえられなくなる。

 なぜそんなことになるのかわからん。説明もできない。止められないんだ。障害者を目にすると、殺したいほど不快になる。誰かが障害者だとわかると、襲って殺したくなる。衝動的にやるばかりじゃない。後をつけたり、素性を調べたり、親しげに接して油断させたこともある。次に気が付いたときには、後始末まで含めて、全て終わった後だ。

 やってるときは、何も考えられない。やり終えた後は、満足してる。ちっとも嬉しいわけじゃない。嫌なことがなくなったっていう感覚だ。だが、すぐに我に返る。

 なんで俺は、人を襲ったんだ? この人が俺に、いったい何をした? 何もしちゃいないよ。ただ普通に暮らしていただけだ。ただ普通に生きていただけだ。なぜ俺は、それを受け入れられないんだ?

 いくら後悔したってもう遅い。慌てて逃げ出して隠れて震える。人を殺した恐怖。自分を止められなかった恐怖。何度も繰り返しているうちに、きっとまたやってしまうという恐怖も増えた。その恐怖を、何回も味わった。数え切れないほど、経験した。それでもやめることができなかった。

 だが俺はずっと捕まらなかった。どういうわけだか一度も足はつかなかった。俺の障害者殺しはいつだって完璧なんだ。やった本人は何も覚えちゃいないがな。障害者の存在に気がついて、殺意が湧いて、次の瞬間には俺に殺された障害者が死んでる。

 そのときのことは、後になると思い出せる。どんな風に襲ったか、どんな風に殺したか、そのためにどんな風に俺が動いたか、逃げ出した後で全て思い出す。隠れて震えてるうちにだんだん思い出していく。全部俺の夢だったんじゃないかって錯覚する。そうだったらいいのになって空想する。それなら殺された障害者なんていなくって、殺した奴もいないってことになる。望ましい世界。理想的な社会。だがそんなことはなかった。れっきとした事実だ。確かに障害者が殺された。その事実はニュースにもなる。犯人の足取りはいつも不明。安心なんてしたことはない。すぐにでもあんたらが俺を捕まえにくるって思ってるからな。でも捕まえられたことはない。

 なんで俺は捕まらないんだろう。俺ほどではないにしても、毎日のようにひどい殺人事件が起きて、クソみたいな犯人が捕まってる。なのに俺は、どうして捕まらないんだろう。

 もしかしたら俺は、正しいことをしたんじゃないか? だから俺は、捕まらないでいられるんじゃないのか? そんな風に思ってみて、そんなはずはないって否定する。

 正しいはずがない。人間を殺すことが正しいわけがない。じゃあ、相手が障害者だから、正しいのか? そんな風に思うこともあって、やっぱり否定する。

 そんなはずもない。障害者は人間だ。人間を殺すことが、正しいわけがない。障害者を殺すことが、正しいはずがない。

 それでも自首だとか出頭だとかはしなかった。ああ、今回が初めてだよ。本当に俺がやったことなのか? やっぱり俺がやったことじゃないんじゃないか? 俺は障害者殺しなんていう、最低最悪の事件の犯人になったつもりになって、ひとりで勝手に苦しんでいるだけなんじゃないか? だから捕まらないでいるんじゃないか? そう思ったからな。

 あるいはこうも思った。もしかして、世間の連中は、俺がやったとわかっていて、それなのに捕まえないでいるんじゃないか? どこのどいつかわからないクソそのものみたいな連中が、ネットの世界で顔も名前も明かさずに、犯人よくやったとか、障害者は死んで当然だとか、誹謗中傷を垂れ流してるのを見聞きすると、そんなことがあるはずねえだろ! って、こいつら探し出してブチ殺してやりたいほどムカついて、それでもそうなのかもしれないって思ったりする。

 確かなのは、いつまで経っても俺が捕まらなかったということだ。もしもあの後で、あのときに捕まらなかったら、俺は今も、ああやって障害者殺しを続けていたんだろう。俺が反障害者障害だということを、俺が知ることもないままに。


 あの日は、あの場に居合わせた誰にとっても、本当に災難で不幸な日だった。俺だって例外じゃない。あのとき俺が、犠牲者の一人に名を連ねていれば、俺は幸福でいられただろう。もちろんほかの人たちにとってもだ。事故でも災害でもなく、事件によって犠牲になる人は、ただの一人もいなかったはずだ。

 最初に事故が起きたんだ。実際にあの場にいた俺が言うんだから間違いない。あの事故だけで、どれだけの人が死んだか、どれだけの人が怪我をしたか、もうわかりゃしない。せめてどちらかだけだったら、犠牲者はもっと少なかっただろうよ。

 どうにか事故が収まった直後の現場に、あの災害が起きた。よそでも大勢の人たちが被災したようだが、俺たちにとっては追い討ちみたいなもんだ。あのせいで、事故で動けなくなってた人たちが、さらに死んだ。何人もそういう人を、目にしたよ。

 助けられるものなら助けたかった。救えるものなら救いたかった。でも俺には何もできなかった。俺も事故の段階で半ば押し潰されて、動けなくなってたからな。ただ救助を待つしかない中で、誰がどれだけ死んでいったか、あの場にいた俺にさえ、もうわかることはない。

 だが、本当に不幸だったのは、それからだ。俺がその原因だ。このうえさらに俺が事件を起こして、犠牲者を増やしちまった。

 気が付いたときには俺は、救助された後だった。何かにぶつけたのか、多少痛みのあるところもあったが、無事といって差し支えない。何てことない擦り傷があちこちについてたぐらいだ。だが大事を取って、そのまま療養させられた。

 だだっ広い建物の中、次々運び込まれてくるのは、事故か災害で死んじまった人と、色んな怪我人だ。俺と同じぐらい軽い人もいれば、息があるんだかないんだかわからんぐらい重い人もいた。そしてその中に、障害者がいた。

 正確に言えば、障害者になったばかりの人たちだ。手や足がもがれちまってたり、目が潰れちまってたりしてた。見た感じはそれほどではないが、頭や背中を打っちまってて、いずれ後遺症が残ったりする人もいた。意識を取り戻した後で、もう耳が聞こえないだろうって人もいた。後に精神障害だって診断されるぐらい心に傷を負っちまった人もいた。俺にはわかるんだ。なぜわかるかって? 俺が反障害者障害だからだよ。障害者を受け入れられない障害だからだよ。

 だから俺はその人たちを手にかけたんだ。どうにか怪我人を助けようとする医者やら救急隊員やらの中で、俺はその怪我人の障害者を殺していった。あの騒動だったからな。周りが俺のやってることに気づくまでには十分すぎるほどの時間があった。取っ捕まることでようやく俺が止められたときは、ちょうど最後の一人を終えたところだった。

「何やってるんだ」とか、「何でこんなことしたんだ」とか言われたが、俺が聞きたいぐらいだ。要は現行犯だよ。そうでもしないと俺は止められなかったんだ。いっそ殺してくれでもすればよかったのにな。

 そして俺はようやく、これまでの事件も俺がこの手でやったんだってことを認識できた。何かの間違いでもなければ、別の誰かがやったわけでもないし、世の中の人たちが俺の悪行を知ってて見逃していたわけでもない。心底良かったと思ったよ。これでもう、俺はこんな事件を起こさないだろう。これでようやく、俺はこれ以上の罪を重ねないで済む。もう誰も死ぬことはない。これで世の中が良くなるってさ。

 警察だか検察だかの取り調べで、これまでのことを全て話した。隠す気もなけりゃ、言い訳なんてする気もない。障害者を見ると、殺さずにいられない。あの事件は俺がやった。その事件も俺だ。行方不明扱いされて、明るみになっていないだけで、もっと多くの障害者を殺した。事故と災害が立て続いたあの場所で俺が障害者を殺す前に、もっと多くの障害者を殺してきた。誰一人として、殺されるような謂れはなかった。精一杯、一生懸命、生きてきた。これからだってそうだったろう。それを俺が奪ってしまった。命を奪い、過去を汚し、未来を閉ざした。残された家族に、親しい人たちに、どれだけの悲しみや苦しさを与えたかしれない。本当にひどいことをした。申し訳ないことをした。死んで償うなんてできるわけもない。それでもそれしか俺にはできない。そうしてくれていい。泣きわめきながら全部話した。

 すぐに精神鑑定にかけられた。医者だか心理士だかに色んなことを聞かれて、取り調べのときと同じように正直に話した。よくわからんが色々な検査も受けさせられた。変な模様見せられて何に見えるかとか、木の絵を描けだとか、数字を計算していけとかな。

 ああそうだ。過去のことも根掘り葉掘り聞かれたな。ガキの頃の思い出、家族との関係、友人付き合い、学校での過ごし方、大人になってから。大抵の答えは一緒だ。障害者がいなければ何の問題もなかった。思えばいつだってそうだった。同じ園に通ってたいつももたついてる園児だとか、校舎の奥のほうの特別支援学級にいる生徒だとか、近所に住む障害者だとか、気がつけばそういった人たちに、何らかの嫌がらせをしてた。ひどい言葉を投げかけたり、紙に書いて置いていったり、直接攻撃したことだってある。

 それでいつも咎められる。親だとか教師だとかからな。どうしてそんなことするのかってよ。何も答えられなかった。俺にだってわからなかった。なんでこんなことしちまうんだろうって。俺に傷つけられて、悲しんで苦しんでる人を見て、俺も嫌な気持ちになる。でもやめられないんだ。どうしてもあの人たちのことを、受け入れられないんだ。当然周りからも避けられる。あいつはおかしいって非難される。それについて異論はない。俺が障害者にやったことと似たようなことをされたこともある。文句も不満もない。正当な罰だ。

 それでもやめられないんだ。もうこんなことしたくない。でも止められない。どんなに頑張っても、俺は障害者を受け入れられない。障害者を見たり、その声を聞いたりすると、それだけで全身が身の毛立ち、汗が吹き出てくるんだ。悪寒が走り、動悸がして、眩暈がしたり、腹の中のものを吐き出したり、気を失ったこともある。うっかり近づかれたり、触れられたりしたら、もうパニックだ。そのせいで、思わず暴れて、怪我をさせたこともある。

 いつも孤立していたもんだが、たまに近づいてくる奴もいた。「俺もガイジが嫌いだ」とかな。「障害者なんて殺処分すればいい」とかよ。そういう奴を遠慮なしにぶん殴って、また問題になる。あのときばかりは、詫び言ひとつ吐いたことはない。「俺を手前みてえな人でなしと一緒にするんじゃねえよ」って言ってやったぐらいだ。

 長い時間をかけて、診断が出たよ。そこでようやく俺の障害が明らかになった。そうだ、俺も障害者だったんだ。反障害者障害という、障害のある人間だ。

 ああ、あのときは驚いた。そんな障害があるのかってな。それからほっとしたよ。長年俺を苦しめていたものの正体が、やっとわかったんだからな。俺はこの障害のせいで、障害者を受け入れられなかったんだなって。だからずっと、生きづらい人生を送っていたんだなって。

 そしてその次に感じたのは、耐え難い罪の意識だ。反障害者障害! 俺はこの障害のせいで、障害があるというだけの、俺と同じ人間を、他の誰とも変わらない人間を、受け入れられなかったんだなって。そしてそのせいで、誰かを、人間を、襲い、傷つけ、その挙句に、殺したんだなって。

 ああ! あああ! そうだ! 俺は人を殺したんだ! 障害があるというだけで、その人を殺した! 俺は人間じゃない。人間であってはならない。人を殺すような奴が、人間であっていいものか。ましてや障害があるというだけで人を殺すなんて、していいものか。そんな奴は、人間であってはならない。そんな奴は、俺だ。俺は、人間であってはならない。俺は、人間じゃない!

 死刑にしてくれ! 俺は、生きてちゃならない。人を殺した俺は、生きているべきじゃない。そうだろう? 殺されるべきだ。死刑になるべきだ。生まれるべきでもなかったんだ! 今すぐにでも、俺を殺してくれ!

 いや、俺の本当の罪は、人を殺したことじゃない。障害者を受け入れられないことだ。反障害者障害であることだ。だから俺は障害者を殺したんだ。俺が障害者を受け入れられたなら、俺は人を殺したりなんてしていない。

 だから俺を死刑にしてくれ。障害者を受け入れられないという大罪。それだけで俺は十分に死に値する。そうだろう? 障害者を受け入れられないような奴が、人間として生きていくことなど、到底許されるはずがない! 生まれてくるべきではなかった。生きていくべきではなかった。だから死ぬべきだ。すぐにでも殺されるべきだ。死刑になるべきだ!

 だが俺は、死刑にされなかった。俺が起こした事件は全て、俺の障害が起こしたことだとされた。障害者を受け入れられない障害。反障害者障害。俺はその反障害者障害の障害者。障害者がその障害のために起こした事件は、罪に問えない。だから、俺に責任は、ないというんだ。

 俺は必死に抵抗した。「いいや違う、俺は障害者じゃない。健常者だ。障害者を受け入れられない、異常な健常者だ。反障害者障害だと? そんなもの、聞いたことがない。そんなもの、あってたまるか。そんなものがあるのなら、障害者を受け入れたくない奴が、自分は反障害者障害だと嘯いて、障害者を襲い、傷つけ、殺すことができてしまう。そして障害者だからと、裁かれなくなってしまう。そんな悪い見本を、作ってくれるな。俺をそれに仕立て上げるな。だから裁いてくれよ。咎めてくれよ。俺を人間として、罰してくれよ。それがだめなら俺は、いっそ人間じゃなくていい。そうだ反障害者障害者は、人間じゃないんだ。ほかの障害者とは違う、人間を殺さずにいられない障害者なんだ。そんな奴は人間じゃない。人間じゃない奴が生きていちゃいけない。だから俺を殺してくれよ。なあ、頼むよ、殺してくれよ! なあ! 殺してくれ!」


 俺は釈放された。


 絶望したよ。俺はこんな障害を背負ったまま、これからも生きていかなきゃならないのか。障害者を受け入れられない、障害のある人を受け入れられない、そんな奴が、この世の中を、生きていかなきゃならないのか。この世の中は、そんなことを望むのか。俺みたいな障害者に、この世界に存在しろというのか、この社会で生存していけというのか。

 それからの俺は誰にも見つからないように、身を潜めた。誰からも隠れて生きてきた。そして、そうやって生きていくことができた。皮肉なもんだ。自分の障害がわかったことで、対処ができたんだ。

 簡単なことだった。障害者を避けていればそれでよかった。馬鹿やクズの対処法と一緒だ。俺からは決して近づかず、寄ってこられても黙ってこちらから離れれば済んだ。それがいいことだとは思わない。まるで障害者を、人として扱っていないみたいだ。それでもまだ、障害者を、れっきとした人間を、人ではないものと見做して、襲ったり、傷つけたり、殺したりするよりは、よほどましだ。そう信じた。

 実際にあの後の俺は、ただの一度たりとも、障害者を攻撃することはなかった。平穏だった。障害者にとっても俺にとっても、穏やかな日々だった。それでも幸福だとは感じなかった。感じてなどいけなかった。かつて襲い、傷つけ、殺した人たちに対して、申し訳なかった。許されることはない。許してもらわなくていい。許されるべきでもない。だからせめて、もう同じ過ちを繰り返さないように、そのためだけに、俺は障害者を避け続けた。

 だが、それもいけなかった。

 障害者ではない人たちと出会ううちに、俺はあいつと知り合った。知り合っちまった。あいつはいい女だった。いい女だって言ったこともある。あいつも俺に言ってくれた。いい男だってさ。幸福を感じた。あいつと一緒にいると、この上もなく幸福だった。あいつのことを考えていると、それだけで幸福だった。

 あああ! なぜあいつが、あいつがあんなところにいたんだ。なぜ俺は、あんなところに行ったんだ。それさえなければ、俺はあいつを殺さずに済んだ。あいつは俺に殺されずに済んだ!

 いいや違う。俺が悪いんだ。障害者の俺が、誰かを愛するなんて、しちゃいけなかった。人間ではない俺が、人を愛することなんて、許されなかったんだ。あいつもあいつだ。あいつが障害者の俺なんかに、惚れたりなんてしちゃあ、だめだったんだ。

 いや…そうじゃない。

 やっぱり全部俺が悪い。

 俺があいつにただの一度でも、障害があるということを、話したか? 俺が障害者だと、一言でも伝えたか? 俺が反障害者障害という、この世にいてはいけない異常者だということを、教えてやったか?

 話すはずがない。伝えるはずがない。教えるはずがない。今だって、後悔してる。あいつが俺の過去を、俺の現在を、俺が反障害者障害だということを知らなければ、あいつは俺に殺されることはなかった。俺があいつを殺すこともなかった。俺とあいつは今も、未来も、一緒に過ごせたはずだった。

 ああ! なんで俺は、俺が反障害者障害だということを、あいつに明かしちまったんだ! 一生の間、いや永遠にだって、黙っていればいいことだった。そうすれば俺は、俺たちは、いつまでも幸福に過ごしていられたはずだ!

 いや…それも違うな。

 俺はどこかで、それをしようとしていた。

 愛し合ってる瞬間にも、幸福の真っ只中でも、夢が覚めていきなり現実に引き戻されるようなことが、何度もあった。俺みたいな奴が、反障害者障害の奴が、人を好きになど、なってはいけない。誰かに愛されるなんて、もってのほかだ。そう思うことは、一度ならずあった。俺はこいつを、解放してやらないといけない。俺なんかがこいつを好きになってはいけないし、こいつが俺のことなんかを愛してはいけない。

 それでもそのとき、それができなかったのは、その幸福を失いたくなかったからだ。目先にあるほんのちっぽけな幸福のために、本当に大切なものが見えなかった。いや見えてはいたのかもしれない。見ないふりをしていただけかもしれない。だからずっと悩んでいたんだ。だから俺はあのとき、ついにそれを明かしたんだ。

 俺たちは、いつか必ずこうなってた。早いか遅いかの違いだ。俺とあいつは、いつか二人じゃなくなるときが来て、やっぱりここに辿り着いたんだ。


 あの日はさ、あいつが俺に会いたいって、そう言ってきたんだ。もちろん応じたさ。俺だって、いつだってあいつに会いたいからな。

 いつもみたいにイチャついて、くだらないこと言い合って、真面目な顔で愛し合って、それからまた笑い合うんだ。昔のことなんて何も思い出さない。今のこの幸福がいつまでも続くって信じていられる。いつもみたいに幸せなひとときだった。

 しばらくしてからあいつさ、「話があるの」って言うんだよ。「なんだどうした」って聞いたらよ、嬉しそうにさ、しかも勿体ぶってさ、「秘密ー」とかふざけて、なかなか答えないんだよ。俺は俺で、「なんだよ言えよ言えよ」って、抱き着いたりしてさ、またイチャつくわけだ。

 やがてあいつがさ、俺に言うわけだよ。自分の腹を愛おしそうに撫でさすってよ、「妊娠した」ってさ。「あなたの子よ」って、こう言うわけさ。

 俺は狼狽した。俺の子どもは、障害があるに違いない。そういう親と子は、よくいたもんだ。障害のある男が、障害のある女とまぐわい、障害のある親として、障害のある子どもを産む。親の片方だけが障害者だってこともある。なにも珍しいことじゃない。それは別にいい。親に障害があろうとも、生まれる子どもに障害があろうとも、それは別にいいんだ。障害があったって人間だ。何も悪いことじゃない。

 だが、障害があろうがなかろうが、俺の子どもは、俺の子どもだ。この、人たるに値しない俺の、人間でないものの血を受け継ぐ存在だ。俺の子どもは、人ではないものの子どもだ。人ではないものでありながら、人のようにしか見えないもの。人として生きていてはいけないもの。それが俺だ。その俺の子どもが、こいつの腹の中にいる。

 俺は、とんでもない怪物を、この世に生み出そうとしている。それは、多くの人を傷つけてきたこと、殺してきたことより、なお恐ろしい罪を犯すことだ。

 だが、まだ防げる。いや、防がなきゃならない。俺はもう、これ以上、罪を重ねたくない。俺はもう、この世界と、この世界の人々を、傷つけたくない。

 俺はあいつに頼んだ。「堕ろしてくれ」

 あいつはきょとんとしてたな。そりゃそうだよな。愛を語り合った男から、その愛する男の子どもを棄てろって言われてるんだもんな。それから悲しそうに怒って、色んなことを問い詰めてきたんだ。

 俺はすぐに謝って、必死で否定した。「ごめんよ。そうじゃない。お前が嫌いになったわけじゃない。他に好きな女なんているもんか」落ち着かせるためにあいつを抱き締めた。泣きじゃくって叩いてきて離れようとしたが許さなかった。「俺はお前を愛してる。だからこそだ。ちゃんと話すから聞いてくれ」

 あいつは怒った涙目の顔しゃくり上げて、それでもこっち向いてくれた。その顔見てると決意が揺らいだ。全部嘘だって言いたくなった。質の悪い冗談だってことにしたくなった。こいつを失いたくなかった。でもそのために俺は、もっと大切なものを、俺にとってのこいつみたいに、誰かの大切なものを、奪いたくなかった。もう二度と、そんなこと、したくなかった。一度だって、するべきじゃなかった。

 話そうとして、俺は思わず泣いた。あいつが驚くぐらいに、あいつよりもずっと激しく泣き喚いた。あいつは俺を慰めてくれたよ。こうさ、頭を抱え込んでくれて、優しく撫でてきてくれた。こんなひどい俺のことをだ。こいつを失うことが辛くて、俺はまた泣いた。こんなにいい女を騙していたことが申し訳なくて、ずっと泣いた。

 ようやく泣き止んでから、俺はきちんと説明した。

「俺は障害者なんだ。反障害者障害の障害者だ。反障害者障害のために、これまでに何人もの障害者を傷つけ、殺し、捕まった。そして反障害者障害のために、裁かれることも罰せられることもなく釈放された、人たるに値しない生きものだ」

 あいつは、信じられないって顔してたな。信じたくないって感じかな。本当のことだって教えてやるために、最初から最後まで話してやった。殺した人のことすべて、その殺し方も全部。ときにはその後始末についても、話してやった。おぞましくて、聞くに堪えない内容だ。勝手なことだが、話すほうだって辛いんだ。俺はそんなひどいことをしたのかって、改めて思うんだ。言えば言うほど、なんで俺は生まれてきたんだって、何のために生きているんだって、なぜ裁かれなかったんだって、どうして殺されなかったんだって、絶望していくんだ。そんな思いも吐き出しながら、何もかも話した。長い時間かけて、すべて話し終えた。あいつは最後まで、じっと聞いてくれてた。

 俺は謝った。「今まで黙っていて悪かった。もう二度とお前には会わない」そして俺はもう一度頼んだ。「だからその子どもを堕ろしてくれ。反障害者障害の血を引く子どもを堕ろしてくれ。そして俺のことを忘れてくれ。反障害者障害の男のことなんて忘れてくれ」


 俺はそれきりあいつの前から姿を消した。

 あいつだけじゃない、誰にも何も言わずにいなくなった。離れて暮らす家族。新たに勤めていた職場。知り合うことのできた友人。その誰にも何も伝えなかった。ああそうだ、あいつの家族にだけは電話をかけたんだ。あいつに話したように、「俺は反障害者障害です」って、「だから一緒にはなれません」って、泣きながら謝ったんだったな。こんなことになるんなら、会いになんて行くんじゃなかったな。会ってほしいってあいつにせがまれたときに、断ってりゃよかったな。

 また大勢の人に迷惑かけちまったろうな。心配もさせたかもしれない。でも勘弁してくれよな。どうあっても俺はこうしなけりゃならないんだ。反障害者障害者は、誰にも裁いてもらえない。この世の中は、こんな俺に生きろという。障害者を受け入れられない障害のある俺に、人間として存在してはいけない俺に、あくまで人間を装い生きろという。俺はそんなことできやしないし、そんなこと、俺にさせるべきでもない。この世界に、俺はいらない。反障害者障害者なんて、必要ない。だから俺がいなくなれば、全部解決だ。みんなが幸せになるために、俺はいなくなるんだ。

 一番適した場所を探してあちこち彷徨ううちに、ようやくここまでたどり着いた。道具は幾つか準備しておいたが、最も確実なやりかたも決まった。これで俺はもう、これ以上の罪を重ねずに済む。これから先はひとりの人間も傷つけずに済む。

 最後に考えたのは、やっぱりあいつのことだった。俺が生涯でただ一人だけ、心の底から愛した女。その腹の中に残しちまった、俺の生涯で最大の不始末。

 あいつは俺が望んだとおり、反障害者障害者の血を引く子どもを堕ろしてくれるだろうか。あれほど頼んだことだけど、もしかしたら産むかもしれないな。あいつはいい女だ。相手の男がどんな人でなしでも、自分の子どもを堕ろしたりはしないかもしれん。しかし俺にはどうしようもない。俺と同じ怪物が生まれてしまうかもしれない。それでも俺には何もできない。

 でももしかしたら、あいつの血が混じったことで、まともな人間が生まれてきてくれるかもしれないな。あいつが親であることで、まともな人間が育つかもしれないな。障害者を人間として扱う、まともな人間が。俺みたいな生き物とは異なる、まともな人間が。

 そう思ったら、少しだけ救われる気になったよ。あいつが俺との子どもを産む。あいつが子どもを育てる。子どもはすぐに成長する。一人で立てるようになって、あいつと手を繋いで歩くようになって、そのうちあいつの背なんて超えちまうかもしれないな。

 そこに俺はいられない。寂しいよな。寂しいよ。あいつは別の男を見つけるかもしれない。それはそれで望ましいことだが、それはそれで寂しいな。どうして俺は、あいつや子どもと一緒に、いられないのかな。

 わかってるさ。どうしても何もない。俺が反障害者障害だからだ。俺は人間じゃない。人間じゃない俺が、人間と一緒に、生きていてはいけない。俺があいつらと一緒に、いてはいけない。

 そうだよ、だから俺はここに来たんだろう。俺が決して裁かれることのない反障害者障害だから、自分の手で俺を仕留めるために、俺はここに来たんだ。俺がいなくなるのはあいつらのためだけじゃない。俺がいなくなるのはこの世界のためだ。この社会のためだ。人間のためだ。人間が人間として生きられる世の中のために、俺はここで死ぬんだ。

 ああ、ついさっき、そう思ったところだったのに、あいつがやってきたんだ。あと少しだけ早ければ、こんなことにならなかったのに。いや、あいつの声を聞いて、あいつの顔を見て、それでも構わずやればよかったのに。

 ああ、俺はいつも、気がつくのが遅れる。いつだってそのせいで、失敗する。俺が反障害者障害だとわかったときに、こうしていればよかったのに。あいつと初めて出会う前に、こうしていればよかったのに。あいつと会ってからだって、いつでもこうすることができたのに。そもそも反障害者障害だなんてわかる前に、障害者を受け入れられないことがわかったときに、こうしていればよかったのに。

 あいつに真っ正面から抱き着かれて、俺は完全に、動けなくなった。こうしてまた、あいつに会えたことを、心のどこかで喜んでいた。俺はその喜びを必死で抑えて、あいつに怒鳴った。「何しに来た。どうやってここを調べた。とっとと帰れ」

 あいつは言った。「子どもを堕ろした」ってさ。

 しばらく経ってから、俺は思わず答えていた。「そうか」

 あんなに望んだことだったのに、ひどいことさせちまったなって思ったよ。またあいつに会えた喜びも吹き飛んだし、こうしてあいつがやってきたことへの怒りも消えた。あいつの体をそっと離して、顔を見て、頭を下げた。「辛い思いさせたな」

 あいつは首を振った。「だからこうして会いに来た」って言うわけだ。「やり直そう」って。

「だめだ!」俺はあいつを見ないように振り返った。そのまま俺はあいつに言った。「俺がお前と付き合ってたら、また同じことが起きる。俺は反障害者障害だ。障害者を受け入れられない障害だ。そんなもん、人間じゃない。この世界で生きてちゃあ、いけない奴だ。生まれてきちゃ、いけない奴だ。うっかり生まれてきちまったら、とっとと殺さなくちゃいけない奴だ。忌まわしい存在。人間として認められてはいけない生き物。そんな奴を受け入れるな。お前は俺なんかとは違う、ちゃんとした人間だ。ちゃんとした人間として、俺のいない世界で、生きていってくれ」

 それなのにあいつは俺に言うんだ。「それでも私はあなたを愛してる」

「やめろ!」思わず叫んだが、今度は振り払えなかった。涙が溢れてきた。俺のためにここまで言ってくれるのかって、情けないぐらい嬉しかったし、俺なんかのためにここまで言わせちまってるのかって、本当に申し訳なかった。俺は愛する女に、俺が求めたように、子どもを堕ろさせた。そんなことまでさせちまった。すべて俺のせいだ。俺がいなければよかったのに。俺が反障害者障害でなければ、こんなことにならなかったのに。俺がちゃんとした人間だったらよかったのに。

 あいつはなおも言うんだ。「あなたが言うようなちゃんとした人間なんていない。みんな同じようなものよ。私だってあなたと違うわけじゃない。世の中にいる障害のある人の全てを受け入れられるほど、私はできた人間じゃない。それに」

 あいつはしばらく黙っていた。俺が促すまで、何も言わなかった。「それに? なんだ」

「それに」あいつはようやく続きを話した。「子どもを堕ろしたのは、あなたに求められたからじゃない。反障害者障害のあなたの子どもだからじゃない。障害があるとわかったからよ」

 俺は思わず聞き返していた。「障害があるとわかったから、だと?」どういうことなのか、詳しく聞いた。あいつが言うには、出生前診断をしたそうだ。その結果、胎児に障害があるとわかった。産んで確かめる必要もない。だから中絶手術に踏み切った。

 あいつはこう言った。「あなたの子どもだから堕ろしたんじゃない。障害があるとわかったから堕ろしたのよ。父親が誰であろうとも、私は障害のある子どもを産む気はない。障害者の親になる気はない。子どもはまた作ればいい。次こそは、障害のない子を作ろう。もう一度、あなたとの子どもを。私たちと変わらない、人間の、あなたとの子どもを」


 気がついたときには、こいつは死んでいた。

 前にもよく、似たような光景を目にした。

 思い出すまでもない、俺が殺したんだ。

 大勢の、そして色んな障害者を殺してきたが、俺と同じ反障害者障害を手にかけたのは、これが初めてだ。そもそも反障害者障害なんていう文字どおりの人でなしが、俺のほかにもいたなんてな。あんなに近くにいたのに、わからなかったな。何度も繋がってひとつになったのに、気づかなかったな。

 反障害者障害。そしてその反障害者障害の障害者。それはこの世界に存在してはならない障害であり、生存することが許されない障害者だ。だが、それでもなお、人間だ。誰かが勝手に、裁いちゃいけない。正しく裁かれなかったそのときには、自分で手を下さなきゃならない。俺が俺のことをそうするために、ここまで来たように。

 だから俺は、こうしてあんたらに連絡したんだ。自分で死ぬ前に、こいつを殺しちまったから。だから俺はまだ、死ねない。勝手に死ぬわけにはいかない。今度こそちゃんと、裁いてくれ。今度こそ俺を、殺してくれ。そのためにまず、俺を捕まえてくれ。

 ああ、でも、俺はまた、釈放されちまうんだろうな。ただでさえ障害者の俺だ。また障害を理由に免責されるんだ。しかも今回は、こうして自首だか出頭だかまでしてるから、情状酌量されるだけの理由もある。

 だったら、やっぱり俺は、俺自身で俺を裁き、俺の手で俺を殺さないといけないんだ。また捕まっても、また釈放されちまったら、また同じことを繰り返しちまう。それを防ぐためにも、一刻も早く、俺は死なないといけない。

 ああそうだ。俺はそのためにここに来たんだった。こいつが来たから、忘れちまってた。でもこいつが来てくれてよかった。おかげで俺は、俺と同じ反障害者障害の障害者を、仕留めることができた。俺のような奴が、この世界にいてはいけない。こいつが生きてたら、あいつもいつか俺みたいに、障害者を、障害があるというだけの理由で、殺していたかもしれない。現にこいつはそれが自分の子どもでも、愛し合った男の間にできた子どもであろうとも、障害があるからっていう理由で、いとも簡単に殺したんだ。そんな奴を生かしておいてはいけない。俺と同じだ。生まれてきてはいけない存在だ。

 ああ、ここに来てくれ。

 だが、もう俺を捕まえなくていい。

 だから別に、急がなくていい。

 俺とこいつの死骸を片付けてくれりゃあ、それでいい。どちらも見た目は人間だがな、気にすることはない。人間のフリした別の生きモンだ。そのまま踏み潰してくれていい。ごみ溜めにでも捨ててくれていいぐらいだ。

 だったらあれだな、いっそ人のかたちをしていないほうがいいな。俺のほうもやり方を変えてやる。うまくすれば欠片も残らない。こいつは俺がやっておいてやる。いいっていいって、遠慮すんな。任せておけ。これぐらいのこと、何度もやったもんだ。

 あ? ああそうだよ。何度もやっちまったんだよ! 人間の皮を被った化けモンが、障害があるってだけの人を、殺すだけじゃ飽き足らずによ! 障害があるってだけの人を、人に近い姿をしていることが許せないってよ、人の形じゃなくなるまで傷つけたんだ! 毎回じゃないけどな。そんなゆとりがないときも沢山あった。だが大抵の人は、俺が捕まって話すまで、見つかってすらいなかった。だからあんたらも、俺を捕まえられなかったのかもな。

 まあでも、これでもう、そんなことは起こらないだろう。この世界の害悪である反障害者障害の障害者が、二匹もくたばったんだ。もうこの世界は大丈夫だ。ようやく平和になるんだ。健常者も障害者も関係なく、人間が人間として生きられる世の中に変わっていくんだ。そうじゃなきゃ嘘だ。何のために俺がこいつを殺して、手前で死ぬと思ってるんだ。全部この世界のためなんだ。全て人間のためだ。


 でもな。

 なんでだろうな。

 なんでなんだろうな。

 なんで俺たちはそこにいられないんだろうな。

 なんで俺たちは人間ではいられないんだろうな。

 なんで俺たちは人間じゃないくせに、人間の姿をしてるんだろうな。

 俺たちが別の生きもんだったら、こんなことになっちゃいねえのにな。

 なんで俺たちは人間として扱われちまうんだろうな。

 障害者を受け入れられない。人間として到底相応しくない。そんな俺たちが、なんで人間だって見做されちまうんだろうな。

 それとも俺たちは、やっぱり人間なのかな。

 だったらなんで俺たちは人間のはずなのに、同じ人間を受け入れられないのかな。

 俺たちがちゃんとした人間だったら、俺たちも平和な世界で生きられたのかな。

 俺たちがちゃんとした人間だったら。


 いや、ちょっと待てよ。

 お前、さっき確かにこう言ったな。

 あなたが言うようなちゃんとした人間なんていないって。みんな同じようなものよって。私だってあなたと違うわけじゃないって。世の中にいる障害のある人の全てを受け入れられるほど、私はできた人間じゃないって。

 もしかしたら、そうなのか?

 確かに障害者差別なんて、いつの時代だってあるよな。クソみたいな嫌がらせに誹謗中傷。一方的な暴力で怪我をさせる奴もいれば、殺す奴だっていることがある。わざわざ差別を禁止する法律や決まりを作り、なおかつ啓発しなけりゃならないのは、障害者を差別してはならないなんていう当たり前のことが、結局浸透していないからだ。昔よりはちょっとはマシになっているのかもしれないが、なくなったわけじゃない。

 もちろんここまでひどいことをするような奴は、俺ぐらいだろう。障害者と見れば襲い掛かり、ときには命を奪い、残った体まで傷つける。そこまでやるような奴は、俺のほかにはいないはずだ。いてたまるか!

 いや、何も程度の問題じゃない。障害者を差別するような、障害者を受け入れられないような、そんな奴は俺に限らず人間じゃない。

 だったらこの世界の人間は、皆俺と同じなのか。どいつもこいつも俺と同じ、反障害者障害なのか。

 それにお前は、確かに俺と一緒だな。子どもを堕ろしたのは、障害があるとわかったからだって、そう言ったよな。俺の子どもだからじゃない、反障害者障害の男の子どもだからじゃない、誰の子どもであったとしても、障害のある子どもを産む気はないって、そう言ったよな。だから堕ろしたんだよな。障害者を受け入れられないから、お前は人を、自分の子どもを殺したんだよな!


 それじゃあ、こいつはどうなってたんだ?

 俺はこれでいい。俺は今ここでくたばって、消えてなくなる。

 でも、もし俺がこいつを殺さずに死んでたら、こいつはどうなってた? 俺の死体を見つけて、それから先は?

 俺がそう望んだように、俺を忘れて生きていっただろう。障害者を受け入れられないからと、自分の子どもを殺すような、俺と同じく忌まわしい、反障害者障害の奴がだ。

 そんなこと、許されるのか? 聞くまでもねえな。許されるはずがない。でも、それに対して、誰が何をできる?

 そもそもこいつは自分が反障害者障害だって、気づいてさえなかった。だから自分で死ぬなんて、考えもしなかった。こいつが求めたのは、反障害者障害の俺と、何食わぬ顔して、人間として、この世界で、生きていくことだった。自分が反障害者障害だって気づいていないこいつを、誰が裁けるんだ?

 いや、気づいてはいたはずだ。ほかの連中も同じだって、そう言ってたからな。そのうえでこいつは、のうのうと生きていこうとしていたんだ。

 だったら気づいていたって、同じことじゃないか。反障害者障害の人間の存在を受け入れるこの社会で、誰が俺たちを裁いてくれるというんだ。誰も裁いてくれやしない。誰もが俺たちを人間だと見做して生かそうとする。そのために俺たちは障害者を殺してしまう。何の罪もない人たちを自分の障害のせいで死なせてしまう。たとえそこまでしなくても、障害者を受け入れられないなら、同じことだ。そんなこと許されない。許されていいはずがない。こいつは俺のことが反障害者障害だとわかったときに、俺にそうだと教えられたときに、俺を殺さなきゃならなかった。だから俺もそうしたんだ。誰も俺たちを殺さないから。誰も俺たちを裁かないから。

 うるせえ黙ってろ! どうせ手前らだって、手前じゃ手ぇ下せねえだろうが! 俺のことも、こいつのことも、せいぜい捕まえるだけじゃねえか! 役立たずどもが口出しするな! 文句があるなら俺たちのことをとっとと殺しておけ! それができないなら俺たちが障害者を殺していくところを指咥えて黙って見てろ! どうして何もしない! なぜ俺たちを止めようとしない! そんなにも障害者に生きていてほしくないのか! そんなにも障害者は死ぬべきだっていうのか!


 ああ、そうか、そうだったのか。

 これがこの世界の、本当の姿なのか。

 これがこの世界に生きる人間の、本性なのか。

 何もかもを自分の都合のいいように捻じ曲げて、自分の都合のいいように相手のことまで曲解する。

 健常者ではない俺には、ずっとわからなかった。

 だが今、よくわかったぞ。

 俺と同じで、何も変わらないじゃないか。

 この世界に、健常者なんて、いないんだな。すべての人間が、健常ではないのに、何らかの障害を抱えていながら、さも健常であるように装って、明らかに障害のある人たちを、ときに見下したり、逆に庇ったりして、まるで自分とは違うものみたいに扱ってる。

 そして俺の障害は、反障害者障害。俺は障害者を受け入れられない障害者。そしてこの世界は、反障害者障害の俺を受け入れている。障害者を受け入れられない俺に、生きろと言っている。

 反障害者障害の俺に生きろってことは、反障害者障害のままでいいってことだよな。反障害者障害の名のもとに、障害者を排除しろってことだよな。俺はこの社会から、この世界の全ての障害者を、排除することを求められているんだよな。そしてこの世界には、健常者などいない。全ての人間が障害者だ。

 だったら俺のやってきたことは、正しかったのかもな。これまで大勢の障害者を殺してきたことも、こいつを殺したことも、全て正しかったのかもしれん。

 反障害者障害の俺を受け入れるということは、障害者を受け入れなくていいってことだ。

 反障害者障害の俺を受け入れるということは、すべての障害者は死ぬべきだってことだ。

 反障害者障害の俺を受け入れるということは、すべての人間は反障害者障害だってことだ。

 すべての人間が反障害者障害なら、すべての人間は死ぬべきだ!

 だがすべての人間はこいつと同じだ。自分が反障害者障害だって気がついてすらいない。だから自分で自分を裁けない。自分で自分を殺せない。だったら俺がやってやる! 俺が全ての人間を殺してやる! 俺が全ての反障害者障害の奴らを殺してやる! 障害者を受け入れられないことが、人として生きるに値しない大罪であることを、この俺が教えてやる!

 次は誰にするかな。まずは家に帰るか。反障害者障害なんかの俺を、いつまで経っても見放さないでいる、俺の家族。あいつらがとっとと俺を見限ってりゃあ、俺はこんなに苦しむこともなかったし、俺のせいで苦しませる障害者もいなかったんだ! あいつらだってそうだ! ガキの頃からの俺の悪行で振り回されて、あちこち頭下げたり肩身狭い思いしたりしないでよかったんだ!

 その次はこいつの家に行くか。人を疑うことも知らない善人みたいな人たちだったな。こいつと別れた後で、俺が反障害者障害だから一緒にはなれないって言ってんのに、なのにあの人たちときたら、さすがにこいつの身内だわな。「あの子が選んだ人ならそれでいい」ってよ。黙って電話切ったが、聞いてやりゃよかったかな。「頭ン中何詰まってんだ?」ってよ。俺なんかを受け入れるな! それともあれか、俺と同じ反障害者障害だから、受け入れようってのか? だったら俺と同じなら、俺なんか受け入れずに、殺し合いでもしてとっとと死んでろよ!

 その後はどうする? もう誰でもいいか。誰でも同じだ。遍くこの世に蔓延る、人間の皮をかぶった反障害者障害者の全て。ただの一人も、生かしてはおかない。昔の俺と同じで、俺と同じだということに気づいていない奴ら。気づいたとしても、俺と同じようにはしない奴ら。

 もちろんいつか、あんたのところにも行ってやるぜ。どうせ俺を捕まえることなんて、できやしねえだろうしな! なんなら今すぐ来てくれてもいいぞ? 捕まえたところで罪に問えなくて釈放されるのがオチだろうがな! まあもう遅いけどな。今から来たところで、残ってるのは反障害者障害者一匹分の肉片と骨片と血溜まりだ。俺はもう行くぜ。こんなところでボヤボヤしてらんねえ。ぶち殺してやる! この世界の障害者の全て。反障害者障害者の全て。この世の人間の全て!


 ん? なんだこれ。

 こんなもん、人間の体にあったか?

 内臓じゃあ、ないっぽいな。お前変な病気、持ってたんじゃないよな? あるとすりゃあ、頭のほうだろうしな。俺と一緒で、俺たちと同じで、頭はどうしようもなかったろうがな。

 いや、ちょっと待てよ。

 おい、なんだよこれ。

 作りもんじゃ、ねえよな。

 食ったもんでも、ないよな。

 こんなもん腹の中に入ってるわけ、ねえよな。

 じゃあ、これって…。

 いやそんなはずない。嘘だろ。そんなわけあるかよ。

 お前これ、どういうことだ?

 お前、堕ろしたんじゃないのかよ。

 出生前診断、やったんだろ?

 腹の中の子どもに、障害があることがわかったから、殺したんじゃなかったのかよ。お前そう言っただろう。

 じゃあ、これはなんだよ。

 お前、俺に嘘ついたのかよ。

 堕ろしてなんかいないのに、堕ろしたって、嘘ついたのかよ!

 なんでお前、俺を騙したんだよ!


 ああ、俺はたしかに言ったな。堕ろしてくれって頼んださ。だがそれは俺の子どもだからだ。反障害者障害の俺の子どもだからだ。お前に問題があるわけじゃない。悪いのは全て俺だ。

 いや、お前に全く問題がないわけじゃないな。お前も反障害者障害なんだから、子どもなんて作るべきじゃない。産むべきじゃない。そもそも反障害者障害は生まれるべきじゃない。生きるべきでさえない。生まれてきちまったら速やかに死ぬべきだし、それができないなら殺すべきだ。お前は反障害者障害のくせにそんなことにも気がつかなかった。だから俺はお前を殺したんだ。だから俺は堕ろしてくれって頼んだんだ。

 だったらどうしてお前は、本当に子どもを堕ろさなかった。

 どうしてお前は、堕ろしてもいないのに、堕ろしたって嘘をついた。

 どうしてお前は、俺を騙した。

 そんなの、これしかない。

 考えられることは、ひとつだけだ。

 お前は本当は、反障害者障害じゃないってことだ。

 俺とは違う、本当にまともな人間だってことだ。

 じゃあどうしてお前は、自分が反障害者障害だって、偽った。いや、そこまでは言ってないな。反障害者障害なんて、俺のほかにはいるはずがない。いるべきじゃない。だがそうまで言ってなくても、障害者を受け入れることはできないとか、俺と同じだとか、みんな同じようなものだとか、どうして思ってもいないような恐ろしい嘘までついたんだ。

 お前、どうしたかったんだよ。

 俺に嘘ついて、俺のこと騙して、俺と同じ反障害者障害のフリまでして、そうまでして俺のことを受け入れて、その後でどうしたかったんだよ。

 ああ…わかってるさ。

 そうまでしてでも、俺と一緒にいたかったんだよな。

 そうまでして、俺のことを、愛してくれたんだな。

 人殺しの俺を愛するために、俺に人を殺させた俺の障害を受け入れるために、自分も俺と一緒だって、無理して言い張ったんだろうな。

 馬鹿だなあ。俺の障害を受け入れるなんて、しちゃいけないことなんだよ。障害者を受け入れられない障害だと? そんなもん、人間じゃないんだよ。この世界で生きてちゃあ、いけない奴なんだよ。生まれてきちゃ、いけない奴なんだよ。うっかり生まれてきちまったら、とっとと殺さなくちゃいけない奴なんだよ。忌まわしい存在なんだよ。人間として認められてはいけないんだよ。そんな奴を受け入れるな。俺を愛するな。俺と同じなんかじゃない。お前は俺とは違う。お前は生きるべきだった。俺を捨てて生きるべきだった。お前は人間だ。人間として生きるべきだった。障害者を受け入れて生きるべきだった。違う! 俺のことじゃない! 俺は障害者じゃない! 何が反障害者障害だ! そんな障害、存在しない! してたまるか! そんなのは障害者を忌み嫌うだけの、ただの異常な健常者だ!

 いや、それでもお前はきっと、俺を受け入れたんだろうな。それでも俺を、愛したんだろうな。

 それなのに、どうして俺は、お前を受け入れられなかったんだろうな。

 ああ、今ならわかるさ。もうわかっているさ。

 俺が受け入れられないのは、お前じゃなかったんだ。

 俺が受け入れられないのは、俺のほうなんだ。

 今だってそうだ。俺は俺を受け入れられないんだ。だから俺は、俺を受け入れようとするお前のことまで、拒絶しなけりゃならないんだ。じゃあどうして、どうして俺は、俺を受け入れられないんだ。

 それは、やっぱり俺が、人間じゃないからだろうな。反障害者障害。障害者を受け入れられない障害。そんな奴は人間じゃない。だから俺は俺を受け入れられない。

 あるいは俺が、人間であるために、俺は俺を受け入れられないんだ。反障害者障害である俺は、障害者を受け入れられない障害を持つ俺は、人間として生きてはいけない。だからこうするんだ。こうしなくてはならないんだ。

 俺を愛そうとするお前を、俺を受け入れてくれる人たちを、俺の大切なこの世界を、もうこれ以上傷つけないために。この反障害者障害という、人間でありながら、人たるに値しない生き物を、自らの手で、始末しなけりゃならないんだ。

 そしてそれだけが俺にできる、人間であることの証なんだ。俺が俺を受け入れるための、唯一の方法なんだ。


 でも、俺はもしかしたら、生きていけたのかな。

 こいつとだったら、俺も人間のフリして、一緒に生きられたのかな。

 反障害者障害であることを隠して、こいつと二人で、じきに生まれてくる俺たちの子どももそこに加えて、そうやって生きることができたのかな。もう一人か二人、あるいはもっと、俺たちの子どもが増えたりも、してたのかな。俺ん家にこいつ連れていって、付き合ってる女だって、しばらくしたら子どもも生まれるって、紹介してやれたのかな。こいつの実家にもまた行って、籍を入れますって、挨拶できたのかな。

 もしかして、みんなそうして、生きてるのかな。一人では、そうやっては生きられないから、誰かと一緒に、そうして生きているのかな。

 もしかしてお前も、俺と同じように、一人でいた間は、苦しんでたのかな。俺と出会えたことで、救われてたのかな。お前はここに来て、俺と一緒に、お前自身のことも、救おうとしたのかな。

 もしかして俺は、俺と同じ生きモンを、自分で奪っちまったのかな。人間として生きる機会を、失っちまったのかな。今回だけじゃないのかな。ずっと昔からそうだったのかな。

 何にしても、もう遅いよな。俺はもう、生きていくことはできそうにない。俺はお前を失った。俺はこの手で、俺自身からお前を奪った。お前だけじゃない。俺とお前の子どものことまで、巻き添えにしちまった。

 俺にはもう、何もない。俺はもう、反障害者障害ですらない。これまでと違って、障害者を人間だと認められずに、殺したわけじゃない。障害者でもない人間を、障害者だと思い込んで、殺しちまったんだ。それもたった一人の、愛する女をだ。その女との間にできた自分の子どもまで巻き添えにして、殺しちまった。

 それとも今なら俺は、裁かれるだろうか。反障害者障害とは無関係に、障害者ではない人を殺したことで、今度こそちゃんと、人間として、罰せられるだろうか。

 それともやっぱり、俺があいつを殺したのは、俺の障害が俺に勘違いさせたせいだってことになって、釈放されるのかな。

 もう、どうでもいいな。どうでもいいんだ。俺は今から、ここで死ぬ。最初からそうしようと思っていたとおりだ。

 だが、それより早く捕まって、人間として裁かれて、罰せられるなら、それもまたいい。

 またろくに裁かれず、罰せられることもなく、釈放されたなら、それでもいい。そのときはまたここに来よう。俺を愛してくれた人が死んだここで、俺が愛した人たちが死んだのと同じこの場所で、今度こそ確実に、死ぬことにしよう。

 どちらにしても、ようやく俺は、人間になれるんだ。捕まって、裁かれて、罰せられる。あるいは自ら死ぬことで、人間であったという証明ができる。

 だからまずは、ここに来てくれ。

 こいつと、俺とこいつの子どもの二人を、人間として弔ってやってくれ。

 俺のことはどうでもいい。

 息があるようなら、二人の人間を殺した罪で、捕まえてくれ。くたばってたときは、そのまま打ち捨ててくれていい。この二人と一緒に、人間として弔ってくれるなら、それでもいい。

 いずれにしても、俺だけではそこまでできない。誰かの手を借りなけりゃ、それができない。

 だから、ああ? なんだこれ。

 なんかピーピーうるせえな。

 なんだこの音? あんたのほうか? いや、俺か? こっちか?

 ああ、あれか? バッテリー切れかなんかか? こりゃもうじき切れるな。

 まあいい。どうせもう、話も終わるところだ。

 じゃあな、後は頼んだぞ。

 あ? ああそうか、まだここがどこか、言ってなかったか。悪い悪い。うっかりしてたよ。ちょっとわかりにくい場所だから、間違えないようにしてくれよ。

 つくづくあいつ、どうやってここまで辿り着いたんだろうな。何をどうやって、調べ出したんだろうな。俺しか知ることがないって、そう思った場所だったのにな。それだけは、聞いておくべきだったかな。もしかしたらあいつも、ここに来たことがあったのかな。俺と同じようなこと考えて、結局やらずに帰ったのかな。それを聞いておけば、俺はこうならずにいられたのかもしれないな。やっぱり俺はいつも、やることが遅くて、そのせいで色んなことを失って、取り返しがつかなくなって…いや、もうやめにしよう。

 じゃあ言うぜ。

 今、俺がいる場所は、

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ