えんぴつ息子
古ぼけたアパートで、私が洗濯物を畳んでいると、学校帰りの息子が部屋に飛び込んできた。ひどく神妙な顔つきだ。
「母さん、答えてくれ。僕は人間の子なの?」
「何だい、出し抜けに」
「体の端々で滑らかな字が書ける。これじゃあ、まるでえんぴつだ」
息子はもう中学生、自分のルーツを知っておくにはよい頃合いかもしれない。私は息子の白いブリーフを畳みながら、正直に答えた。
「母さんは、その昔米軍基地で水商売をしていた。そこで行きずりの米兵と出逢った。母さんは、その米兵が胸に差していたえんぴつに抱かれた。あなたは、そのえんぴつと母さんとの間にできた子供よ」
息子が、血相を変えて怒鳴った。
「冗談じゃねえぞ、この糞ババア!」
「何をとんがっているの?」
「行きずりで抱かれるなら、百歩譲って米兵に抱かれろ!」
「何をカリカリしているの?」
「なんで筆記用具に抱かれてんだよ!」
「おやおや、この子ったら、芯の一本通った子だよ」
「いちいち、えんぴつになぞらえて上手いこと言うな!」
「人として生きるか、えんぴつとして生きるか、近い将来、あなたは、その岐路に立つでしょう。どちらの人生を選ぶのもあなたの自由。あなたの人生は、あなたが描くのよ」
「えんぴつの人生って何だよ! こえーよ! イカレたこと言ってんじゃねーよ!」
息子が呆れ果てた顔で、鞄を持って家を出ようとする。
「どこへ行くの?」
「塾だ!」
「えんぴつ持ったかい?」
「ふざけるな!」
その日から息子は、むしろ清々しいほどにグレた。中学を卒業すると家出をして、以後消息は掴めていない。親子の関係は修復できぬままだった。
五年の歳月が過ぎたある日のこと、私のもとに一枚の手紙が届いた。
お母さん、お元気ですか? 僕は元気です。
突然家を出てしまってごめんなさい。
今、僕は、筆箱の中にいます。
とある知人の紹介で、小学生の男の子の筆記用具として、毎日身を削って働いています。
母さん、色々考えたけど、僕は、えんぴつとして生きることに決めたよ。
小学生の男の子は、えんぴつの使い方が乱暴です。
かじったり、反対側を削ったり、僕の体は、もうボロボロです。
でも、後悔はしていません。
いつか、母さんの筆記用具として、母さんの筆箱の中に入りたいな。
大好きな母さんへ。
あなたが産んだ筆記用具より。
PS 僕ってHBだったんだね。重宝がられているよ。
ああ、息子の字だ。
私は、手紙を天に掲げ、拝むように泣いた。