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永遠に《とは》にちるらむ


“だから、あなたのせいではない。むしろあなたに会えて嬉しいのだ”


 そう言ってくれる顕頼様の言葉は本心のように聞こえる。でも、先日彼からいただいた文は、あの文は永遠の別れを告げる文だったのでは?


 戸惑う私に顕頼様は優しげに目を細めるとふすま(寝具)を除け寝所から身を起こそうとした。

 その背中を慌てて支え、肩に衣をかける。


「あなたの...せいではなく、わたしのせいだ。」



 そう言って顕頼様は、中島(庭園の池にある島)にゆっくりと体を向けた。


「...懐かしいですね。

 月夜にあの場所で...あなたを見ていた。


 あの時本当は...返歌を受け取り一目あなたを見たら、帰るつもり、だったのに。一度あなたを見たら...帰れなくなってしまったのですよ。」


 舞を踊るほど舞い上がるとはね、と可笑しそうに語る顕頼様に一瞬このままお元気になられるのではと錯覚してしまいそうになる。


「病に臥してしまい...この身が動かなくなってきていたときにもっと早くあなたを解放してあげたかったのに。私は、それが...できなかったのです。

 そしてついには、本当に粥すら、受け付けなくなったとき、やっと...私はあなた宛の最後の文をあなたの兄上に託しました。

 父上が、ちょうど...私を見限ったときですね。」


「道長様が見限るなんてことは......!!」


「父上は、自身の屋敷が私のせいで...喪に服すことを良しとしなかった。それが...私がいまここに、送られた、理由です。」


「......そんな。」


「気に、しないで、ください。

 父上にとって...私たち兄弟は、政治上の駒にしか、すぎない。あの方は...おおらかで、豪快で人を惹きつける光のような方だが、それでいて...隙がない野心を持っている。

 だから、使い道のなくなった私は...いつかは切られる運命だと...自ら出家の道を選ぼうとしました。


 ですが、...できなかった。


 あなたに最後に別れを告げる歌を、おくるはずが、それも...できなかった。

 出家後に、自分以外の誰かが...京に残るあなたと......添い遂げる未来を、想像することが辛かった。

 本当は愛しい人には、幸せになって...もらいたい、はずなのに...。

 あなたの前では、年上であるから、ずっと冷静でいたいのに、私の心は...本当に稚拙で...我儘で、冷静でなどいられ、なかっ...たのです。」


「だから、あんな歌を送って、しまった。」と顕頼様は目を伏せる。



「あんな歌...?」


 どういうことだろう。

 顕頼様は二度と会わないつもりであの文を私に送ったのではなかったということ?

 顕頼様からの歌をもう一度頭の中に思い浮かべてみようとしたとき、


「音緋向、あなたを、典侍にとの話が...出ています。」


 唐突に告げられた内容に私は目を瞬かせた。


「父上に、文を...送りましたね?

 さすが赤染の...血を継ぐ姫だと...いたく気に入られた、ようです。」


 2枚の料紙のうち、1枚目に歌を。2枚目は空白。

 それは音緋向の心の空虚を表すものであり、そして返信する料紙を用意するのも面倒でございますなら、こちらをお使いください。それほど返信を待つという意味だ。


 道長様は返信はくださらず、かわりに顕頼様ご本人がこの屋敷に来られることになったが。


「残される、あなたが...ずっと気がかりでしたから、気がかりなのに...心を...繋ぎ止めたく思って...しまう自分が心苦しかったから...。この話は私には、朗報でした。」


 朗報といいながらもどこかもの悲しげに小さく笑う顕頼様。


「残される、だなんて、残さないでくださいっ。私は顕頼様に元気になってもらいたいのに.....っ。」


 ふわりと庭からの風が吹く。


「愛しています。顕頼様...っ。」


 風情も雅さもない率直な私の告白に薄く目を開けて庭を眺めていた顕頼様の肩が驚いたように少し揺れ私を見た。その黒い瞳の奥の命の灯火よ、どうかまだ消えないでと、懇願するように私は彼をひたすらに見つめる。


「相変わらず、ですね、あなた...は。」



 そう言って、昔と同じ言葉で顕頼様は嬉しそうに微笑んだ。


「嫌われたのかと、思っていまし、た。いつ、からか、あなたからの文に...添えられるのは、花の、ない...折枝ばかり、でしたから。」


「それは...っ!」


 顕頼様がふふ、と小さく笑みを含んだ息を吐く。


「世間、では、男の、わた、し、が先にいうべきことをさらりと、当たり前かの、ように...言う、そんな、あなたを、私は...ずっと、愛しています、よ......。」


 ずるりと顕頼様の力が抜けて、私の肩に寄りかかっていた彼の体が私の膝へと落ちていった。


 ひゅうひゅうと吹く冷たい風に乗って庭の木々の枯れ葉が舞う。


「桜...でしょ、うか?」


 ぼんやりとした目でその枯れ葉を見る顕頼様が発したその言葉に私は思わず目を見開いた。



 今は秋。

 舞っているのは明らかに枯れ葉だ。



 顕頼様の意識はもう朦朧として、幻覚が見えているのかもしれない。


「ええ、桜かも、しれません。」


 嘘をつけない私は、かも、と言う言葉で誤魔化すのが精一杯だった。


「はは、そ...んなあなただから、そばに居たいと...、思ったのです。

 優しくて、まっすぐ...な、音緋向。

 叶うならば、毎年散っては...また花を咲かす、この花のように、何度生まれ変わっても...

 再び、あなたと...ともに...桜を......。」



 閉じていく瞳。冷たくなっていく体の温かさが少しでも逃げないように私はぎゅっと顕頼様を包むように抱きしめた。



 花を、添えれば良かった。

 文に花を添えればよかった。

 手折った花枝が枯れていく姿を、彼の衰えていく姿と重ね考えてしまい、怖くて添えることができなかったのだ。

 花を、桜を、美しい思い出を添えて最後まで文を送り続ければ良かった。



「ええ。いつかお元気になられた顕頼様と、私は、音緋向は必ず、いつか、いつか一緒に桜を見とうございます。約束ですよ。」


 彼からの最後の歌の意味に気付き、とめどなく溢れる私の涙は彼の冷たくなった頬を......濡らし続けた。





  ーーーいつか、約束ですよ。ーーー






◇夢うつつ 春のかほりの 音なふも

永遠(とは)に 君がため 花はちるらむ◇




訳:夢か現実かはわかりませんが

春の訪れの香りとともに

桜の花びらはせわしなく舞い散り続けているのでしょうね

時を超えても、あなたの前にいるだけで私の心の音がせわしなく打つのと同じように


藤原顕頼



   〈永遠に散るらんーTowa ni thiruranー 完〉

◇ブックマーク、評価で応援いただけたら嬉しいです。


◇このあとの話が実はあるのですが、人によっては蛇足となる場合もありそうなので、後日、別に投稿しようと思います

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